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休日デート?②

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 広場にあるベンチに座って茉央が鞄から取り出したのは弁当箱だ。
 どうやら昼食をご馳走すると言っていたのは手製の弁当を作っていくという意味合いだったらしい。
 蓋を開けると中は鶏の唐揚げと焼いたウインナーに卵焼き、プチトマトが入ったサラダとごま塩ご飯の、これぞ弁当というシンプルなラインナップだ。

「はい、あーん」

「自分で食えるんだが?」

 そう言いながらも口に詰め込まれた唐揚げをもぐもぐと咀嚼する伊織。

「美味しい?」

「まぁまぁかな」

「でしょう?今日のは自信作なのよ」

 一見噛み合っていないように思えるが、伊織のまぁまぁは美味しいと同義なので噛み合ってはいる。
 カップルと言うよりは餌付けのように次々に弁当を口に運んでいく茉央。

 幼い頃から目を放すとヤバいことを始める伊織の面倒を見ていた茉央は、最早オカンのようだ。
 いや、茉央の方はあからさまにアピールしているのでオカンではないのだが、可愛ければどんな女の子にでもとりあえず靡く伊織がそよ風ほども靡いていないのは、まあ色々と事情があるのだろう。
 それでも茉央の方は楽しそうだし、伊織も面倒臭そうにしながら付き合っているので、周りがどうこう言うことでもない。

「いおちん」

「ん?」

 食事を終えて水筒に入れたお茶を飲みながら、茉央が伊織に話掛ける。
 その表情はさっきまでのニコニコとニヤニヤの間ぐらいではなくて、優しく微笑むようなものだ。

「私達のライブ良かったでしょ」

「ん」

 茉央の言葉に、殆んどノータイムで返事をした伊織。
 素直に褒めることなど滅多にしない伊織からしても、VOLCANYOSのライブは会心の出来だったのだ。
 自分がそこで歌っていないことを残念に思い、嫉妬するぐらいには。

「いおちんもバンドやりなよ。オナ前の仮性神じゃなくって、ヴォーカリスト亀頭伊織のバンドをさ」

 そう言った茉央が向けているのは穏やかで、それでいて期待の籠った眼差しだ。

「うーん…誘われちゃいるんだが、どうもこうビビっとこないんだよな。やるかって思えるような決定打がない」

 伊織の頭に浮かんでいるのは入学式の日にバンドに誘ってきた稔琉のことだ。
 しかし腕を組んで首を傾げる仕草から、あまり乗り気ではなさそうである。

「とりあえずやってみれば良いのに。一度合わせてみなきゃ相性なんてわからないんだし」

「それはそうだけどな。何かこう、面白が欲しいんだよな。そう来たかって意外性を俺は求めている」

「あー…」

 伊織の言葉を聞いて茉央が難しい顔をした。
 こういう時に伊織が言っていることは、あまりにも感覚的で、直感的で、どこにきっかけとなるトリガーがあるかは本人にもわからないのだ。
 本人にわからないのだから、周りがわかる筈もない。
 何か伊織の心を動かす出来事が起こればすんなりとバンドを組むだろうし、それがなければいつまで経っても組まない。そんな状況である。

「ま、彼に期待するしかないかな。
 そろそろ行こっか。次はカラオケ行って、その後はうちでご飯ね。おばさんには晩ご飯いらないって言ってあるから」

「お前なぁ。その自分勝手で人の言うこと聞かない性格は直した方がいいぞ」

「いおちんには言われたくないよ!私はいおちんにしかやらないから良いんですぅ。他の人には迷惑掛けてないもん」

「俺の迷惑を考えろよ」

 茉央がグイグイ引っ張って伊織が文句を言いながらついていく。
 付き合いの長いVOLCANYOSのリョウとダンが見たら、いつもやつだなと興味なさそうに呟く光景である。
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