NOT THE GAME~現実世界とリンクする

伊瀬カイト

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プロローグ

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 2029年6月21日。
 生まれたばかりの子供から余命間近の老人まで、地球に生きる全ての知的生命体に、とある荷物が届けられた。
 それは誰もが忙しなく働く都市部のビジネス街から、住民が殆んど存在しない辺鄙な島。
 本来ならば部外者の出入りが許されない軍事施設や、外部から誰も入れる筈のない航行中の宇宙船にも渡った。

 真新しい茶色のダンボールと白のガムテープで厳重に包装されたその荷物を開封すると、最新型よりもスリムで軽く、一人一人のサイズに合わせたVRゲーム機と封筒が封入されていた。
 封筒を開いてみれば、白地に金色の装飾が施されたB6サイズの手紙にはこう書かれていた。

『NOT THE GAME』 第1次プレイヤー募集。先着順にて最大10億人まで。同梱のゲーム機にて登録手続き可。1次登録期限2029年6月27日23時59分59秒まで。

「1次で10億人ってどれだけ頑強なサーバー使ってるんだよ。SNSで話題になってるいし、試しに登録してみるかな」

 期限内に登録を済ませたのは、先進国の若者と貧困層を中心に8億4286万5396人に上った。
 そして2029年7月1日、日本時間12時、全世界で『NOT THE GAME』のサービスが開始された。

__________

『NOT THE GAMEの世界へようこそ。貴方の登録名は成木原裕哉です。胸の前で1本指を立てるとステータスが表示されます。ご確認下さい』

「おっと?ユーザー名もアバター登録も無しなのかよ。しかも本名って…。個人情報ガバ過ぎ…って、そもそも世界中の人間にゲーム機を配布してるんだよな。個人情報なんて最早あってない様なもんか」

 名前:成木原裕哉

 年齢:18歳

 所属:埼玉30エリア

 状態:非常に良い

 活力:38

 力:11

 耐力:10

 技力:23

 速力:18

 知力:21

 武器適性:銃

 武器:鉄の銃(威力5 射程5 無属性)

 装備:無し

 スキル:無し

 特性:無し

「アバターまんま俺かよ。強いのか弱いのかわからないな。活力が何を意味しているのかわからない。エリアってのは、サーバーみたいなものか?まあ考えてもわからんな。ステータスを見続けても仕方がないから先に進めるか」 

『NOT THE GAME内では全プレイヤー、NPCに共通言語が適用されます。地球上に存在する全ての言語が自動的に翻訳され、人種を問わず全ての人々とタイムラグ無しで会話が可能です。世界中様々なプレイヤーとのコミュニケーションをお楽しみ下さい』

「最近のAI技術は進んでるな。外国人プレイヤーと会ったら試してみるかな」

『NOT THE GAMEは1日24時間までプレイ可能です。これは現実時間の2時間に当たり、NOT THE GAME内では体感時間を12倍に引き延ばしています。なお、プレイ時間がNOT THE GAME内の24時間に満たない場合、足りない時間はNPCとして処理されます』

「何だそのとんでも技術は。ファンタジー作品にあるフルダイブゲームみたいじゃないか。1日最大2時間だったら、手隙の時間にプレイすればあっという間か」

『NOT THE GAMEは現実とリンクします。こちらを努々お忘れなきよう。それでは、NOT THE GAMEの世界をお楽しみ下さい』

「現実とリンク…?言ってる意味がわからないが、そういう設定って事か?リンク…何だろう。例えばゲーム内で稼いだ金を賞金として受け取れる…とか?ポイ活ゲーで見掛ける仕様だが…。まあ、わからん。ところで、もう終わりか?チュートリアルとか無いのか?何だ…?頭がくらくらする…。これは…ヤバい…」

 フルダイブVRにログインするってのは、こんな感覚なのだろうか。
 さっきまではVRって感覚だったのに。
 目の前が真っ暗になって気を失って、気が付いたら知ってる天井を見ていた。

「ここは…どう見ても俺の部屋だよな?」

 驚くほどリアルに。
 俺の頭の中からそのまま映し出したみたいに。
 完全な形で俺の部屋が再現されている。
 違いはリアルで着けている筈のVRゲーム機は無く、腰にホルダーが巻かれていて、ファンタジーっぽい拳銃と腰に吊り下げるタイプのポーチが装備されているってところだろう。

「どんな技術なんだ?いや、考えても仕方が無いか。外はどうなってるのかな?っと。何だありゃあ」

 カーテンを開けて窓から外を見てみると、道路に這いずるアメーバみたいなやつがいた。
 あれはファンタジーもの登場する可愛くない方のスライムだろうか。

「ここから狙えるかな?」

 拳銃を抜き、銃口をスライムに向けて構える。見たところ拳銃には撃鉄も弾倉も無いので、引き金を引くだけで弾が発射されるのだろう。
 何たるファンタジー仕様だろうか。

 スライムの弱点と言えば核ってのが定番だが、2階の部屋からでは核の位置なんて見えやしない。

「アバウトに狙うか。そもそも核があるのかもわからんからな」

 取り敢えずスライムに当たりさえすれば問題ないだろうと引き金を引く。
 すると銃口から光の弾が飛び出し、スライムまで届かず消えた。
 どうやら銃の射程が足りていないみたいだ。

「射程は凡そ5mってところか?思ったよりも接近戦になりそうだ」

 窓から狙えないのであれば、家から出て近付くしかない。
 部屋を出ると見慣れた廊下。
 アメリカに留学中の妹の部屋と1階に続く階段。

 今さら気付いたが、思いっきり靴を履いている。
 土足で我が家を歩き回るのもどうかと思うが、現実では無いのだから気にしなくて良いだろう。

 妹の部屋を素通りして1階に下りる。
 リビングにはソファーで寛ぐ母の姿。
 確か母はNOT THE GAMEに登録していないと言っていたが…。

「あら、裕哉じゃない。まだ家にいたのね。外には魔物がいるんだから、お出掛けするなら気を付けないさいね」

 見た目は完全に母親だが、口にした内容に強烈な違和感を感じる。
 寧ろ違和感しか感じない。
 これは本当に母なのか?とよく見てみれば、頭の上にNPC成木原郁子と黒文字で表示されていた。

「おいおい、未登録の実在する人物まで再現されてるのかよ…」

 あまりの手の込みように、凄いと思う反面、呆れや恐怖すらも覚える。
 NOT THE GAMEを作った人物は、俺や家族の、他の人々の、どこまで詳しいパーソナルデータを持っているのだろうか。

「母…さん…?」

 これを母さんと呼ぶのは違和感が凄いがあって、気持ち的には憚られるが…。

「母さん、このゲームについて知っている事があれば、詳しく教えてくれないか?」

 NPCならば、プレイヤーの俺が知らない情報を持っているかもしれないと、期待しての質問だ。

「ゲーム?これは現実じゃない。裕哉は頭でも打ったのかしら」

 残念ながら何の情報も得られなかったので、リビングを出て、玄関を出た。
 スライムがいたのは、我が家と幼馴染が住む隣の家との間だった。
 向かってみれば、スライムは何処へ行こうとしているのか、ゆっくりと這いずって、向こう側にゆっくり移動している。

「よし、ある程度近付いて狙いを定めて…」

 これだけ動きが鈍いのならば、近距離まで近付いても大丈夫だろう。
 それにスライムの進行方向は向こう。
 こっちからなら背後を取れる。

 そう考えて、迂闊にもスライムから1mの距離まで近付いてしまった。
 するとスライムは打ち寄せる波のように体を広げた。

 視界がスライムの色に染まった―――。

__________

 スライムは一瞬にして裕哉を飲み込んだ。
 突然息が出来なくなった裕哉は、パニック状態に陥った。
 まるで蒟蒻ゼリーの中に入り込んで、全身を包まれているよう。
 藻掻こうにも動きが阻害され、スライムの体液が裕哉の体を這いずりまわる。

 強酸性の体液が裕哉の皮膚を焼く。
 体が溶かされるような痛みは、切り傷や刺し傷、火傷の感覚とも違い、ゲームとは思えない激痛を与えた。

『ヤバいヤバいヤバい!死ぬ…死ぬ…死ぬ!』

 その痛みはまるで現実のよう。
 裕哉に【ここで死ねば本当に現実世界でも死ぬかもしれない】と恐怖を植え付けるのに十分だった。

 裕哉は手に持っていた拳銃の引き金を引き、スライムへの攻撃を試みるも、殆んどダメージは入っていない。
 逆に裕哉は硫酸でも浴びたように、皮膚に火傷の痕が広がっていく。
 ステータスの状態も、非常に良いから良い、良いから普通へと変化する。
 死へのカウントダウンは確実に進んでいる。

『痛い…痛い…痛い!息が苦しい!くそっ!こんなところで死ぬのかよ!こんなところで!』

 この最悪を超えた状況から逃れるきっかけはないか。
 裕哉は我武者羅に腕を伸ばした。
 すると指先にゼリーとは違う感触を感じて、更に数㎝手を伸ばして掴んだ。
 それはピンポン玉ぐらいのサイズで、人の体温よりも僅かに温かい丸石だった。

『これが核だ!絶対にスライムの核だ!これを撃つしかない!』

 それは事実、スライムの核であった。
 スライムの核はスライムの弱点である。
 核を破壊すれば、スライムは生物としての活動が不可能になり、死を迎える事となる。
 核自体は脆い物なのだが、常にスライムの体内を移動していて、狙って核だけを攻撃するのは容易ではない。
 加えて今の裕哉はスライムの体内にいるので、目を開けて狙いを定める事も出来ない。
 そんな事をすれば眼球にダメージを受けて失明をするなり、輪をかけて悲惨な状況になるのは明らかだからだ。

 偶然にもスライムの核を掴めた今が、最初にして最後の最高のチャンス。
 なれば裕哉が取れる手段は一つしかない―――。

『このまま撃ち抜いてやるよ!』

 裕哉は自分の手ごとスライムの核を撃ち抜いた。光の弾丸は想像していたよりも遥かに威力があって、裕哉の左手は手首から先が吹き飛んだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…。がぁぁぁぁぁあああっ!いってぇぇぇっ!」

 核を失ったスライムから解放され、その場に転げまわって悶絶する裕哉だが、それも当然。
 服はボロボロ。
 剥き出しの皮膚は焼け爛れ、更に左手を完全に失った状態なのだ。
 平和な日本で生きていれば、熊にでも襲われない限り感じる事のない痛みだと言えよう。

 ステータスの状態は最悪になっていて、裕哉の実感としてはGAMEOVER寸前の瀕死状態にすら思えた。
 実際はまだそこまでの状態ではないのだが、裕哉にとっては死を明確に意識するだけの痛みと恐怖を感じている。

「誰か…ヒーラーとか…ポーションとか…無いのかよ…」

 周囲には誰もいない。
 しかし、縋る様に呟いた裕哉に幸運が味方する。

『青の扉が出現しました。プレイヤー成木原裕哉に優先入場権が与えられます。優先入場権の制限時間は10分間です』

 ナビゲートの音声が流れ、裕哉の前に制限時間の表記された青色の鉄扉が出現。
 10分のカウントダウンが始まった。
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