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春江望杏
retry2:感情とは?
しおりを挟むそれから、ミカは約束通りに望杏と話すようになった。
「おはよう四季ミカちゃん」
「ああ、おはよう。ところで、なんでフルネームで呼ぶんだ?」
「え?相手を知るにはまず名前からって聞いてたから忘れないようにしてるんだよ。みんなは違うの?」
「だいたいは苗字か名前のどちらかを呼ぶ」
「そっか。じゃあミカちゃんだね」
「そこで名前を選ぶのが春江くんらしいな」
「だって名前はその人だけのものでしょ?苗字は家族の人と同じだし」
さも当然のように言う望杏にミカは驚いた。確かにその通りだと。そう言われると自分も彼に対して苗字呼びはなんだかなと思いミカも望杏を下の名前で呼ぶことにした。
「なら私は春江くんのこと望杏って呼ぼうかな」
「うん、いいよ」
望杏は基本的に態度がハッキリしている。喜怒哀楽の感情が抜けているから、相手に対して躊躇うなどの類のものがないからだとミカは思った。彼が言葉にしたものは裏のない本心。そう思うと望杏との会話は、確かに厄介な時もあるけどそんなに嫌なことはないかな?と逆に気楽さを感じる。
「ーーねえ、なんでみんなは怒ったり笑ったりするの?」
彼と過ごすようになり数日。ある時に望杏が聞いてきたことがあった。その質問の意図がよくわからなかったけどミカは思ったことを答えた。
「人には喜怒哀楽があるからだよ」
「それっていつでもあるもの?」
「あるよ。……今話してるこの時も私には楽しいって感情がある」
少し考えた後にそう言ったミカの言葉に望杏は興味深そうにしていた。
「オレと話してるのが楽しいの?ミカちゃん変わってるね」
「そうかい?人の好みはそれぞれさ」
「他の人はオレと話すといつも怒るよ」
「望杏のことをよく知らないから、君の言葉や表情に困惑しているだけだ。君が人の気持ちを知りたがって、同じように生きたいだけだと知っていれば、きっとみんなは許してくれるよ」
「そっか。ならもっといろんなこと知りたいな。ミカちゃんはいつも教えてくれるから助かるよ」
望杏の言葉を聞きミカも嬉しくなった。喜怒哀楽を知らないまるで赤ちゃんのような彼と話すのはいろいろ発見があって面白い。
「なんで、あの人は嫌って言うのに授業を受けるの?嫌ならやらなきゃいいのに」
「本気で嫌なんじゃなくて、面倒という意味の嫌なんだ。やらなきゃいけないことは彼もわかっている。だから愚痴をこぼしつつ真面目にやるんだよ」
休み時間の度に望杏といるようになり、ミカは気づいたことがある。彼はよく人を見ている。それは彼自身が普通に人に関わりたくて、どうすればいいのかを模索するようになった故の観察なのだと思った。だからこそ、丁寧にミカは説明をする。その説明に望杏は「ふーん」と興味なさそうにする。
「じゃあ、なんであの人は怒ってるの?」
望杏は違う人をのことを示してまた聞いてきた。ミカはこれはどう説明しようかと考える。
「それは……本当に嫌なんだ」
「何が?」
「自分の意見が通らないことがだよ」
「でも、みんなは相手のことを考えて意見を言うんでしょ?なら通るはずだよ」
望杏の言葉にミカも確かにそうだと思った。けれど、その“相手”に問題があるのだ。
「そうだね。それでも素直に受け取れないのが心というものなんだ。だから、望杏が正しいと思って伝えたことも相手に受け入れられない場合がある。それほど心は複雑なんだと覚えておいて」
「うん。わかった」
「ありがとう」
素直な彼にミカもお礼を言う。自分の意見は間違っているかもしれないが、今の彼には指針が必要。その役割を少し担っているだけ。それだけのはずなのに……。ミカは望杏のことを理解した気でいた。望杏の疑問に真摯に答えることで、彼の未来は明るくなると勘違いしていた。
でも、それじゃいけなかった。
「うぅ……」
ある日、教室に入ると1人の女子が泣いていた。自分の席で顔を覆って嗚咽を漏らす彼女を慰めるように数名が優しく声をかけている。
「辛いよね、大好きだったもんね。ネコちゃん」
「長生きだから仕方ないとはいえ、気持ちが追いつかないよね」
「ずっと……病気でっ、頑張ってたの、にぃ」
「部活も休んでまで付き合ってたもんね」
聞こえてきた会話から察するに、どうやら飼い猫が亡くなったらしい。それであんなにも泣いているのか。まあ大切だと思っていた当人にとっては耐え難いのだろうなとミカはぼんやりと思っていた。
「よかったね」
その声は場の空気を凍らせた。ミカは聞きなれた“彼”の声にまさかと思い顔を向ける。泣いている女子の目の前で望杏は、いつもの無表情のまま、何の感情もない声色で、その言葉を口にした。
「猫に時間をとられないね。もう死んだのなら、苦しまないね」
ミカは急いで望杏のところにいき「違う」と肩を掴む。その瞬間女子は大きな声で泣き出してしまった。
「何か間違えた?」
望杏は不思議そうに首を傾げる。彼の気持ちは先程述べた言葉通りなのだろう。嫌味でもなんでもない。ただ泣いている女子と亡くなった猫に対して、望杏が思ったままに伝えただけ。相手の悲しみが理解できないからでた言葉。傷つけようだとか、彼にそんなつもりはないのはわかっていたが、このままでは望杏が悪者になってしまう。そう思い止めたのだが、間に合わなかった。
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