アオハル・リープ

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丸井秋斗

retry11:友達に

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 丸井は授業態度は真面目、休み時間になると骨伝導イヤホンをつけてスマホをいじる。その間、誰とも喋らない。そして放課後、丸井は今日も早々に教室を出て図書室へ行こうとする。ミカもすかさず後を追った。気づかれないように、一定の距離を保つ。

「……はぁ、なんなんだよ」

 しかし、バレていたようだ。ミカは顔には出さないが慌ててしまう。その隙にどんどん丸井の態度は不機嫌になっていた。

「朝からずっと見てきやがって。言いたいことがあるなら言えよ」

 敵意の目がミカを貫く。心の杭が気になって様子を見てたなど口が避けても言えない。ならばと、ストレートに告げることにした。

「君の作った曲に興味がある」
 
 凛とした声でそう言うミカ。丸井は予想外の言葉に呆気に取られてしまったが少し煩わしそうにするだけで、ミカがついていくのを許してしまった。

「勝手にしろ」

「ああ、もちろんだ」

 許可がおりたと解釈してミカは丸井の隣に並ぶ。堂々としたその振る舞いに丸井は苦虫を噛み潰したような顔をし、ため息を吐く。

「まさかガチでついてくるとは思わなかった」

「まあな。でも私の知らない世界だから興味があるのは確かだぞ」

「……あっそ」

 2人は図書室に着くまで無言で歩く。2人が中に入ると誰もいなかった。それをいいことに丸井はそのままいつも座る窓際の席に座る。そして鞄の中からノートPCを取り出して開いた。すると、その画面をミカに見せてきた。画面には五線譜が並び音符も描かれていた。

「へぇ、これが君が作ってる曲か。音は出るのか?」

 ミカに丸井は無言で骨伝導イヤホンを渡す。それをつけてしばらくすると、音が聴こえてきた。

 鮮やかなメロディの合間に刻まれるビート。疾走感あるその音にミカも思わず感嘆の声をもらす。

「凄いな」

「……そうかよ」

 素直な感想を言ったミカに、丸井は少し嬉しそうにしながら返事をする。さらに曲を聴きたいが、それでは彼の曲作りの邪魔になるだろうと判断してミカはイヤホンを外すと丸井に返した。

「ありがとう。私はこの曲、好きだな」

「まだ歌詞もついてないど素人の作った曲だけどな」

「だが、魂が籠っていていい曲だと思うぞ。私は好きだ」

 ミカは素直に感想を言うと丸井は少し照れたようにそっぽを向いた。その反応にミカは少しだけ驚く。彼はあまり褒められ慣れていないのか?と。

「そ、そうかよ……」

「ああ」

 そのまま曲作りの作業を始める丸井にそう返事してミカも彼の隣に座る。作業に集中する丸井の姿を眺めながら、ミカは心の杭を確認した。あれ以来ヒビは入っていない。

「……なあ」

 しばらくしてから丸井が口を開く。

「お前に質問がある」

 ミカは頷いた。すると、丸井は自分の作業中のパソコンから目を離して、ミカに顔を向ける。

「俺はずっと自分のやりたいことを親に反対され続けて、それでも諦めきれなくて、それで今こうしてるけど……」

 そこまで言うと丸井は口を噤む。その続きを聞きたいとミカは思ったが、彼が言いたくないなら無理に聞くことはない。

「お前は将来のこととか考えてるのか?」

 先程の言葉の続きというよりは、あえて別の話題に丸井は変えてきた。その気持ちを汲み取りミカは聞かれたことに真摯に答える。

「人と関わらない職業にしようと思っている」

「……それは、またなんで?」

「自分がそうしたいからだ」

 ミカの気持ちは正直だった。自分の平穏の為に選択したもの。

「私は他人の傷付く姿を見たくない。だから人と関わらない方がいいと思っている」

 大半の原因は心の杭なのだが、その説明はできない。けれど伝えた事は本心である。そうはっきりと言い切ったミカに丸井は少しだけ息を呑んだ。そしてすぐに同じ口調で皮肉る。

「人と関わらない方がいい……ねぇ。なのに俺を監視してたのか?」

 その言葉にミカは一瞬固まってしまう。けれど、彼の言い分は最もだ。ミカは一つ息を吐いてから、丸井の目を見る。

「君の曲に興味があるのは確かだ。関わりたくないから、それは別に諦めてもいいものだった。でも、私は聴きたいから選んだ」

「それはまた、えらく自己中な選択だな」

「そうだな。でも君もなかなか厄介な性格だろう?」

 ミカの言葉に丸井は顔を顰める。

「もともと私は君と関わりたくはなかったから、同じクラスだけど話もしないし近付かなかった。けれど、君のことを知りたいと思い話しかけたら、君は応えてくれた。それでわかったことがある」

 そこで一度区切ると、ミカは少し口元を緩めた。その仕草は丸井にも伝わり、彼は困惑した顔をする。しかしそのままミカの話が続く。

「君は案外、お人よしらしい」

「はぁ?」

「いや、違うな。人がいいというべき、か?」

「おい、何言って……」

「君は自分に好意を持って接してくれる人を無碍にはできない。だから、その人の言葉で悩むし、その人が思い描く自分でありたいと願ってしまう」

 ミカの言葉に丸井は驚いて目を見開く。

「だから、私は君と話したいと思ったんだ」

 これは心の杭を見た上でのミカの本心。目の前の丸井がいったい何を後悔しているのか、どうしたら最悪なことにはならないのか、そう思っての行動。

 そして、そんなミカのその言葉は丸井にとって衝撃的だった。今まで誰も自分の内面を知ろうとしなかったから、思わず悪態をついてしまう。

「……お前って変わってるな」

「そうか?」

 そんな丸井の言葉にミカは首を傾げるがすぐに元に戻る。そしてまた口を開いた。

「まあ、そんな訳で私は君と友達になりたい」

 その言葉に今度はさらに驚いた顔をする丸井。その反応にミカも驚く。


「なんだ、その顔は?」

「いや、お前……さっきと言ってること違いすぎだろ。人と関わりたくないのに、なんで俺とわざわざ友達に?」

「……友達なら、君のピンチに駆けつけられるだろう?」

 ミカの言葉に丸井はまた驚く。

「他人よりかは友達でいる方が、君にとって身近な存在になれる」

「それはまた、現実的で実直な考えだな」

 そう吐き捨てた丸井の心の杭にヒビがまた入る。ミカはしまったと焦るが、表情には出さない。しかし、このやり取りの中で何が原因なのか解き明かすのも難しかった。

「だいたい、何がピンチだ。俺はそんなん思ってもねぇし、お前に助けられるほど落ちぶれてねぇよ」

「そうか。でも、友達なら助けたいと思うのは普通の事だろう?」

 ミカの言葉に丸井は今度こそ絶句する。そして無言でノートPCを閉じてから立ち上がった。

「もうやめるのか?」

「……ああ、集中できなくなったからな」

「そうか、わかった」

 それだけ言い残すと丸井はそのまま図書室を出ていってしまう。その後ろ姿を見送りながら、ミカはひとまず良かったと安堵する。心の杭にヒビは入ってしまったが、まだ壊れそうではない。というか、心の杭がとか口が滑ってしまいそうになるのをよく堪えたなと自分を褒めたかった。

 思わず友達なんてワードを使ってみたが、ミカ自身それには驚いていた。以前まで、そんな選択肢なんて存在すらしていなかったから。これが望杏やリイと関わった影響なのかと、ミカは自分の変化を自覚する。

 丸井のピンチなんて心の杭に何かある時だ。そんなこと起こってはほしくない。それならば友達になんてならずに終えられる方がよほどいい。

 ミカは少し焦りすぎたなと反省する。望杏やリイの心の杭の件で過敏になっていたらしい。もともとは他人なんてどうでもいいはずなんだ。

 ーーきっと、丸井も大丈夫。

 そう信じて、ミカも帰ることにした。

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