紀元7000年の冒険譚

胡桃幸子

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第一章 大いなる海竜種

16 出発の時

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 二人が出て行った後の部屋で、ランにこの後どうする、と聞く。
彼は鍋をぐるぐるとかき混ぜながら答えた。

「僕はある程度薬を作り終わったら早めに寝ようかな」

朝弱いんだよねー、と笑う彼に今日起きてたじゃん、と言うとルリのおかげ、と返される。

「水被ると一瞬で目覚められるよ。君もどう?」
「俺は朝強い方だから遠慮しとく‼」

俺はお前みたいに魔術で服を乾かせないんだよ‼



 ランの部屋から自室に戻る。取り敢えず今日は明日に備えて武器や持ち物の整理をすることにした。
準備は出来る時に出来るだけしたほうがいい。

「よし、と」
「兄ちゃん」
「何だ?」

あぐらをかいて座り込み、鞄をひっくり返そうとしたところでメイに声を掛けられた。
メイ、お兄ちゃんこれから整備するところなんだけど。
彼女は鞄を持ち上げたままの体勢でいる俺に構わず小首をかしげた。
うん、可愛い。流石俺の妹。

「毎回思うんだけど、なんで整備する時前髪そんなふうにするの?」
「え、邪魔だから」

俺の前髪は普通より少し長いくらいだ。勿論、普段の生活や戦闘に支障はない。てか支障が出てたらこの習慣が付く前に師匠に坊主頭にされる。
だが、下を向いたり細かい作業となる整備の際にはそれを髪留めで上げていた。たまに紐でチョンマゲにしたりする。別に人に見せるもんじゃないし多少不格好なのは気にしない。

「切ればいいじゃん」
「前回の旅で師匠に前髪を切られた時に自分に短い前髪は似合わないと学習した」
「なんで、兄ちゃん美形だからだいたい何でも似合うよ。切らせてー」
「おっとお兄ちゃんそれお前が切りたいだけってわかったぞ⁉ やめろこれは俺のアイデンティティーの一つなんだから‼」
「ちっ、気付かれた」
「舌打ちすんな‼」

彼女の本意に気付いた俺は必死に前髪をハサミを持った妹から守った。シャキンシャキンってハサミで音立てながら近づくのはやめてくださいめっちゃ恐い。

しばらく攻防戦が続き、なんとか死守することに成功した俺は座り直して今度こそ鞄をひっくり返す。
魔術で中の空間を広げているそれから、ドサドサドサッと色んな物が落ちてきた。

財布、応急処置セット、手ぬぐい数枚、風呂敷に包んである着替えなどの生活用品から、
閃光弾、音響弾、小型の爆弾などの戦闘補助道具(閃光弾五百コリト、音響弾四百コリト、小型爆弾千二百八十コリト。全部セットで買うと千九百八十コリトのお買い得品)。

そこから閃光弾をいくつか取り出し、鞄のベルトと交差になるように腰に巻いているベルトに付けていく。これで目くらましは大丈夫だろう。
次に太腿に普段から差しているナイフを研いでおく。旅において、ナイフは意外と刀よりもよく使う。これは俺が始めて旅に出た時から愛用しているものだ。元は船長からのお土産で、切れ味がいいので重宝している。


 今思うと我ながら本当に馬鹿だったと思う。
十三歳の小僧がナイフ一本という貧相な装備でなんとかできるはずも無く、旅に出たその日の晩に魔獣に囲まれて死にかけた。
その時颯爽と助けてくれた人にホイホイ付いていったのが見ようによっては運の尽きだった。
その人は人さらいとかそういうのではなかったが、とんでもないスパルタ変人刀使いだったのだから。あ、駄目だ遠い目になってしまう。


 頭を振って師匠を脳内から追い出してからナイフをしまい、刀の確認をする。
昨日研いでもらったばかりなのでその刀身は反射白く光っていた。

「頼むぞ、相棒」

小さく呟いて柄に戻し、よ、と掛け声を付けて立ち上がる。

「そろそろ晩飯でも食いに行くか‼」
「魚‼ 私お魚食べたい‼」
「おっし、明日に備えて腹一杯食うぞー‼」
「わーい‼」


 隣の部屋

「うん、元気なのはいいことだけど……。寝れないなぁ……」

ランはシーツを被って苦笑いをした。



 部屋を出て一つ、大きなあくびをする。
目がしぱしぱしてけっこう凶悪な顔になっているのが自覚できた。
今は人に会いたくないな……。

「くあ……。やっぱ日の出前に起きるのはキツいな……」
「遅くまで刀とか色々磨いてるからだよ」
「眠れなかったんだよ……」

そうメイと言い合っていると隣のドアがキィと開く。見ると

「ふゎ……。あ、おは」

「いやぁぁぁぁぁ‼ お、おば、おばぁぁぁぁぁっ‼」
「うわぁぁぁ悪霊退散悪霊退散ありおりはべりいまそかりありおりはべりいまそかりぃぃぃっ‼」

なんかめっちゃ怖いの出たぁぁぁっ‼
なんか川とか海とか井戸とかからべちゃ、べちゃ……って出てきそうな感じのが出てきたぁぁぁっ‼

「え、ちょ、ま……っ」

「ぴぎゃぁぁぁ‼」
「のあぁぁぁっ‼」

「……ッ、僕だよ‼」

出てきた濡れた髪で顔が隠れている何者かはばっと両手で髪をどける。
それを見て抱き合って叫んでいた俺とメイは叫ぶのを止める。

「……あ、ランさんか」
「ったく、驚かすなよなー」
「それは反省してるけど……。君たちの反応も中々のものだよ……」

まったくもー、と彼は手で撫で付けるように前髪をかき上げた。
普段は前髪に隠れている額が顕になって、少し大人びて見える。
顔がいいと何をしても様になるからほんとに羨ましい。

「たった今ルリに起こされてさ、乾かす間もなくって」
「あー、なるほど。まあこの暑さだし、すぐ乾くと思うぞ」
「うん、そうだね」

言葉を交わしているとメイが俺のジャケットの裾を引っ張った。

「ていうか早く行かないと日が昇っちゃうよ、兄ちゃん」
「あ、ほんとだヤベっ。早く行こうぜ」
「受付嬢の人に部屋の鍵も返さなくちゃならないしね」



 日の出前の薄暗い道を並んで歩く。時間帯的にすれ違う人はほとんど居らず、いたとしても飲み会帰りであろう地元民だったり、早朝から漁に出るために港へ向かう漁師達だ。

「昼間と随分印象が違うね」
「ああ、すごい静かだな」
「大きな街は昼夜のギャップが激しいからなぁ。工業が発展しているところとかエンターテイメントが盛んなところは夜も賑やかだよ」
「へぇ、それは楽しそうだな」
「工業地帯は少し街と空気が汚かったけどねぇ……。エンターテイメントの街はとても楽しかったな」

そう語るランを見て、本当に色々なところを旅してきたんだな、と思う。

「ウラノスにある街の一つなんだけどね、浮遊島《ふゆうじま》一つで一つのアミューズメントパークになっているんだ。ご飯とか美味しかったよ。見た目もなかなかインパクトがあって。人を楽しませるのに長けた街って印象だな」
「ほー、行ってみたいな。マリテの次はそこにしようか。な、メイ」
「やったー‼ 絶対楽しい‼」

メイが手を上げて喜ぶがランが少し遠い目をして言う。

「……けど物価、というか一流のものにはそれ相応の値段、って感じだったよ」
「……お金が貯まったら行こう」
「我慢します」
「うん、それがいいよ。僕はたまたま薬が高く売れた時に行ってみただけだからね」



 そうやって喋りながら歩いているうちに東の港に着いた。
港は先日の襲撃騒ぎから驚くべきスピードで復興していたが、端の方がまだ崩れて水に浸かっているままだったりと、未だ爪痕が残っている。

その港の、一番北の桟橋。

そこに停留している船は明らかに軍艦と分かるもので、その大きさにほう、と息を吐く。
桟橋には前にアルバート王子が言っていた酒場への依頼、ということでそれを受けることを生業としている冒険者達がいた。自分の実力に見合った依頼しか受けることは出来ないから、彼らはかなり手練なのだろう。
軍艦から降ろされた階段を順に上っていっている。

うわ、緊張してきた。

ごくりと生唾を飲み込む俺をよそに、メイがのんきに大きい~、と声を上げる。

「へえ、随分と小さめの船で行くんだね」
「小さいのかあれで⁉」

ランが独り言のように呟いたそれに思わず反応してしまう。だってあんなにデカイんだぞ⁉

「この国の軍艦にしてはね。海洋国家を舐めてはいけなちよ。あれの何倍も大きな船がいっぱいあるんだから」
「そうだぞ、海の王者の名は伊達じゃないからな‼」

船の近くに寄って話していると、上から声がかかり、そちらを見る。すると、ベネディクトが船の上から身を乗り出して手を振っていた。近くにいた旅人や、冒険者たちがざわめく。

「あの階段上ってきてくれなー‼」
「おー、りょーかーい」

そう返すとさらにざわめきが大きくなった。
周りの注目が集まっているのを感じる。

そりゃ目立つよなー、相手王子だもんなー。

ベネディクトが王子らしくなく奔放な性格であることを直に体感している俺にはもう彼のことが普通の青年にしか思えないわけだが、他の人はそうではない、ということはよく分かっている。
だからそんな彼と軽く口をきいている俺が注目されるのは当然のことだが、すごく見られてて恥ずかしい。

階段をすいと眺めたランはふぅ、と息をつくと肩に乗せているルリに何事か話す。ルリはそれを聞いて一瞬のうちに最終形態になった。
ざわめきが今度は興奮の叫びに変わる。

「ごめーん、僕ああいうので高いとこいくの無理なんだ‼ だからルリに乗っていくね‼」
「おー、いいぞー」
「いいなぁ‼ 私も乗りたい‼」
「お、俺も‼」

メイに続いて言ったが、ランは僕とメイちゃんが限界ですー、またのご利用お待ちしておりまーす。と、ふざけて言った。

「じゃ、先行っとくね」
「あ、おう」

力強く羽ばたくルリは二人を乗せてあっという間に甲板まで上がっていった。

「……あんちゃん、元気だしな」
「うん、なんとなく予想はできてた」

心優しい冒険者がポン、と俺の肩を叩く。
なんだか目の前がぼやけた気がした。
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