紀元7000年の冒険譚

胡桃幸子

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第二章 人魚の宴

4 夢が現実になった瞬間の高揚はヤバい

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「じゃあ、ちゃんと留守番してるんだぞ」
「……分かってるし」
『ぴゃう……』

 スズメさんの家の前でメイと彼女の抱えるざくろに言い聞かせる。一人と一体は不服そうにだが了承した。
 借りた部屋で留守番をさせてもよかったのだが、スズメさんの家の方が人通りのある道に面しているので念の為というやつだ。

「おい、もうすぐ船が出る時間だぜ」
「これ逃したら着くの明後日になっちゃうよ」

 くどくどと注意すべき事を言っていると後ろからスズメさんとランに急かされてしまった。もうそんなに話していたのかとはっとする。

「とにかくっ! 危ないことは絶対にしないように! いいな!!」

 こくりと頷いたのを確認してから少し歩いた先で待っている二人の元へ行く。

「待たせて悪いな」
「かまわねぇけどあんまり言い過ぎると嫌われるぞ、オニイチャン?」
「余計なお世話だっ!」

 スズメさんと軽口を交わしながら数歩歩いて、未だ歩き出さないランを振り返った。彼はメイの方をじっと見ている。

「ラン? どうした」
「いや……。何でもないよ、行こう」

 へにゃりと笑った彼は何事も無かったかのように駆けてくるが、やはり何か気になる事があるのかもしれない。

「気になる事とかあったら教えてくれたら嬉しいんだが……」

 自分より高いところにある彼の目を覗き込んで言ってみると大した事じゃないよ、と微笑まれる。
 ぐっ……。慣れてはきたけどやっぱりこいつ顔がいいな……! もう俺イケメンアレルギーになりそう。
 自分が悲しくなってきた俺は彼への追求を止めて港へと向かったのだった。


 さて、時は進みアカリ達が出発したその日の夕方。
 まさにその時スズメの家でメイは外出する準備をしていた。行き先は勿論、アカリ達が向かった集落である。
 アカリは忘れていたのだ。
 自分の義妹が決めたことをやり通す行動力の塊であるという事を。独学で魔術を呪文詠唱の域まで使用可能とさせたのにはセンスの他にも彼女のただならぬ実行力にあるという事を。
 彼女はガッツのある人間に行動力を与えたらどうなるか。そんな実験の結果のような少女である事を。

「よし、ざくろ。準備はいい?」
『キュイ!』

 自身の頭の上に乗ったざくろに言ったメイはその返事に満足げに笑う。兄とは違う空色の瞳が細められた。

「船の時間は調べてあるし、ちょこちょこお手伝いとかして貯めたお金もあるし! 行き先への乗り換えもちゃんと把握済み! ふふふ……我ながら完ッ璧な計画……!!」

 ガチャガチャと家の鍵を閉めながら自画自賛をする彼女に紅い子竜は同意するように頭をこすりつける。
 鍵がしっかりと閉まったことを確認したメイはそんなざくろに微笑んで軽やかに港へと駆けて行った。

 そのある意味で称賛に値する行動力にアカリが本気で頭を抱えるまで、あと数日。



 船を乗り換え乗り換え、そして辿り着いたマリテの北の大都市、ノーツ。
 アスター程ではないにしろ、やはり街は大きいし人も多い。アスターは物流の中心地なため明るく、賑やかな雰囲気だがこちらは軍港であるためか少々空気が硬い。

「何かあったのか? 前はこんなにピリピリしてなかった筈なんだけどなぁ」

 傾いてきた陽に照らされた道を歩きながらスズメさんが言う。
 前情報ではノーツはアーヴェン海域の入り口に当たる街で、そのために軍港となっている。それでも海域の各地で採れた海の幸が集まって、食の街でもあるらしいのだが。

「お店も閉まってる所が多いね。ディナーの時間はまだ終わってないのに」

 ランも不思議そうに辺りを見やる。
 くそう、俺めちゃくちゃノーツの料理楽しみにしてたのに。

「アカリ君、顔こわいよ」
「もうすぐ酒場だから、な? そこでヤケ食いなりなんなりしようや」

 二人に宥められるように言われてはたと自分の顔が強張っていたことに気付いた。
 母さんと師匠によく言われていたことを思い出す。
 “お前の食べ物の恨みは深過ぎる”
 仕方ない、だって美味いものを食うのが俺の楽しみなんだから。あ、あと作るのも好きだ。

「酒場に行きゃ飯は腹一杯食えるだろうし、この変な感じの原因も分かるだろうさ」
「もしその原因が海賊とかだったら俺は迷いなくそいつら叩きに行くぞ」
「マジトーンやめて、アカリ君」

 いいや俺はやる、絶対にだ。


「ええ、最近海賊の動きが活発化していて……。食材が手に入りづらくなったのよねぇ……」

 頬に手を当てて困るわぁ、と酒場の受付嬢は言う。
 オーケー、状況は理解した。

「そうなんですか……。すみませんお姉さん、今一番仕入れに影響を与えている海賊の拠点って分かります?」
「えっ」
「「こらこらこらこら」」
『キュイッ』

 恐い顔にならないように出来るだけ口角を上げた笑顔で尋ねると両隣からツッコミが入る。ランの頭の上でルリが咎めるように鳴いた。

「アカリ君? きみは何をしようとしているのかな?」
「やだなぁ、冗談だって」
「冗談なら僕の目を見て言ってもらえるかいあと目が笑ってないよ」

 しっかりと肩を掴んで言ってくるランにまたニコリと笑って返すも真顔で冷静に言われる。そうしているうちにスズメさんが受付嬢に今の忘れてくれ、と伝えてしまっていた。

「チッ」
「舌打ちもやめようね?」

 ベリッと受付の机から引き剥がされる。そのうちに手早くスズメさんが三人分の部屋を取っていた。
 今日はもう集落へと向かう船が無かったのでここで一泊だ。

「さぁて、空いてる席は……っと」

 受付の前からどいて、食事を取るための席を探して酒場の中を見回すとちょうどその時入り口の扉を押し開けて入って来た人物と目が合った。
 長いプラチナブロンドにベネディクトとは違う感じの人外じみた美形、そして首元を覆うマフラー。

「ワーナー、さん?」

 ぽそりと呟くと彼が軽く目をみはったのが見えた。


「なるほど、協会からの“頼み事”ですか」

 ゴクンと咀嚼していた魚を飲み込んで疑問が晴れたように言うワーナーさん。彼が酒場に入って来てからすぐに注文した料理は冷める間もなくそのほとんどが消えていた。大きな円形のテーブルにあるのはほとんどが空き皿だ。

「でなきゃ海賊が活発化してるってのにこんなところまで来ませんからねェ」

 空き皿を重ねて給仕に渡しながら得てしたように頷く。
 そんな彼にランが首を傾げた。同じようにルリも傾げる。

「じゃあワーナー君はどうしてここまで来てるんだい? 見た感じ仕事じゃなさそうだけど」

 その言葉にああ、と薄い唇が動いた。
 少し目が伏せられるが、やはりというか顔がいい。竜の巣の一件からたまに街で会う(おそらくバイトに出ているベネディクトの護衛)ことはあってもあまりまじまじと顔を見ることは無かった。
 よく見ると肌は白いしパーツも一つ一つが鋭く、綺麗だ。かつて本で読んだ人魚のように、あの王子とは違う、人を寄せ付けない美しさである。
 この賑やかな酒場の中でそれほど声を張っていないにも関わらず彼の声は心地よく耳に届いた。

「里帰りですよォ。何日か休みをもらって」

 里帰り、ということは。

「……ワーナーさん、ここらへん出身なんですか?」

 そう聞くと彼はここからもっと北に行ったところの、と答える。
 それにおお、と反応した声が上がった。スズメさんだ。

「もっと北ってことは、人魚族の集落がぽつぽつある辺りか?」
「……人魚族?」 

 人魚って本の中の存在じゃないのか?
 そう思って聞いてみる。するとスズメさんではなくワーナーさんに返された。

「その顔は空想上の存在だと思ってましたねェ? ……いますよォ。数はもうすっかり少なくなっちゃいましたけど」
「いるんだ!?」

 思わず声を上げると彼はくつくつと笑う。

「よかったですねェ。夢が一つ、現実になりましたよォ」
「ふおお……」

 いるんだ、本当に。
 テンションが上がった俺は次々と彼にまくしたてる。

「じゃ、じゃあ、皆凄く綺麗ってのは!?」
「本当ですよォ」
「音楽が上手なのは!?」
「それが特徴ですからねェ」
「水の魔法は!?」
「やろうと思えば出来ますよォ」
「じゃあっ、じゃあっ」
「一旦落ち着きましょう、鼻息荒いですよォ」

 どうどう、と手で制されてはっと我に帰った。無意識に身を机の上に乗り出してしまっていたらしい。少し恥ずかしい。
 いそいそと椅子に座り直す。俺が落ち着く為にグラスの水をちびちび飲みだしたのを見たワーナーさんはそうだ、とスズメさんに向いた。

「アンタもしかして、人魚族に興味があるんですかァ?」

 スズメさんはいつの間に出したのか葉巻に火をつけて一度吹かす。
 何度見ても様になっていてカッコいい……。あっ、吸わない、吸わないからその目を止めてくれ、ラン!

「アタシじゃなくてウラノスにいた時の知り合いが研究者でさ。人魚の歌を街や村を魔物から守るのに使えねぇか調べてる奴がいるんだが、肝心な人魚族にツテがねぇって嘆いてたんだよ。ほら、人魚族って警戒心強いだろ?」
「へェ……」

 聞きながらワーナーさんは酒の入ったグラスの縁を指先でなぞる。
 ふとランが何か言いたげに口を開きかけるがすぐに閉じてしまった。どうしたのか尋ねる前に追加の料理がドサドサと運ばれてくる。

「うぇっ……。ソレ全部食べるんですか」
「余裕ですよ」

 こうして、夜は更けていく。
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