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第1章
第14話 裏切りの乙女
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グランディール召喚士学園には数多くの部活動が存在するが、ここまで贅沢な部室を持っているのは生徒会だけだろう。その規模と煌びやかさにジンは度肝を抜かれた。
一部屋を与えられているのではなく、邸を丸々一つをクラブハウスとして使用しているのだ。
それも、大貴族が一家で暮らせるだろう大きさの館である。
外から見ても建物の作りは豪華絢爛。材木から窓ガラス、屋根瓦の全てが一級品。
それを名建築家が近代建築と近代芸術の技を組み合わせて作り上げたのだろう。屋敷の前には良く分からぬ銅のオブジェが並んでいた。
金が掛かっているのは分かるが、生徒会の人数に対して建物の規模がデカすぎるのではなかろうか。
ジンの隣でペドローがクラブハウスを見上げてしり込みしていた。
こんな財産があるのなら、下流階級の宿舎をもう少し環境の良いものにしてやったらどうだと考えるのは間違いでは無い筈だ。
驚きと呆れを引っ込めて、ジンは生徒会のクラブハウスへと乗り込む。その後ろをペドローが付いて歩く。
玄関入り口に鍵など掛かっておらず、警備の者などもいない為すんなりと中に入る事ができた。
随分と不用心な、と感じるが生徒会に無断で足を踏み入れる不敬な輩など過去に居なかっただろう。どんな処罰を負うかは火を見るより明らかだからだ。
エントランスを抜けて、廊下を進み、階段を上る。
初めて訪れる場所だが、ミノアからの事前情報で建物の構造は把握していたので向かうべき場所は分った。
それにジンは人の気配を感じるのが得意な為、それを感じる方向へと歩を進める。
小さな頃からそうやって危機を察知して逃げたり、獲物を見つけて捉えたり、彼の幼少期はそうしなければ生きていくことが出来なかったからだ。
幼少時代からの経験が、今になってしっかりと役に立っている事を実感する。
廊下の角を曲がったところ、そこに目的の部屋があった。運よく誰とも出くわしはしなかった。というのも、誰とも会敵しないように足を運んだのだから当たり前なのだが、給仕係の生徒が何人か屋敷内を歩いているのは感知していた。
両開きの扉の前に立ち、気分の高ぶりを感じる。自然と口角が上がり、声が漏れそうだ。
いよいよだ。
ついにここまでやって来た。
やって来てしまえば案外と呆気ないもので、今の今まで、全てジンの思う通りだった。もう少しで、目的は完遂する。
この部屋の中には相対すべき支配者が居る。
それを討つのがジンの目的。
だが、ここからでも感じる。かなりの強者だ。それでも不安は無い。
「やれ……ペドロー……!」
自分の少し後ろに立つペドローに命令を下すと、舎弟は肩を震わせた。
その手にはどういう訳でか大きな木槌が握られており、しんどそうに肩に担いでいる。
「な、なあ、兄貴……ほんとうにやんのか……?」
その為にこの男を連れて来たのだ。
絶対条件では無いが、たった一手間を加えるだけで華やかな贈り物が出来るというもの。
ペドローは重たい木槌を担がされここまでやって来て息は上がり気味。さらに緊張から少々顔が青ざめていた。
そんな彼に短く伝える。
「ああ。やれ」
ペドローは大きく深呼吸をし扉の前に両足を踏み締めて立つと、肩に担いだ土木作業用の木槌を自棄くそ気味に振りかぶった。
ただの思い付きだったのだが、生徒会の方々は喜んでくれるだろうか。
インパクトを出す為に扉を破って派手に登場してみようと、それだけの為にわざわざ大きな木槌を探してペドローに運ばせて、彼には扉を破るという大役を任せた。
ジンは最初、蹴破るか体当たりで登場しよいとしていたが、こんな立派な家屋の扉を道具無しに破るのは無理だったろう。
ペドローが腕を目一杯引き絞ったところで、グッと息を止める。
そして、力の限り木槌を扉のど真ん中に打ちつける。
──ドゴン!
「あら……?」
いい音がしたと思ったが、蝶番に負荷を与えて僅かに扉を開いたくらいで、破るには至らなかった。なるほど、見た目以上に頑丈な扉だ。
「ペドロー、離れた方が良い」
木槌を振り下ろした状態で止まっている舎弟に矢継ぎ早に指示を飛ばし、自身も扉から離れるが、ペドロ―の反応は一つ遅れた。
「え、なんでだ──」
ペドロ―が喋り終わる前に扉が内側から弾け飛び、それに巻き込まれた下流階級の不良生徒は、壁に激突してそのまま床に倒れ失神した。
だから離れろと言ったのに……。
目線を送るが心配の声は掛けない。
今はそれを出来るような状況ではない。
片側の扉が無くなり、部屋の中を覗くと入り口の真ん前には、生徒会副会長が蹴り上げた脚を床に置くところだった。
道具を使って破れなかった扉を蹴りで破壊するのだから常識はずれな武人だ。
ゆっくりと部屋の方へと近づき、内部を見渡し、他の生徒会メンバーの様子をうかがう。
ミノアからの情報で生徒会全員の顔と名前を知っていたが、実際に対面するのは殆ど初めての者だ。名前と顔を確かめるように、全員の顔をじっくりと見る。
フェラポント・イーリイチ。
バートラム・フローレンス。
ヴァイオレンタ・ロシリオン。
そして、副会長のジョン・ラリー。
生徒会長のリタ・ヒプノス。
ついでにカレン・ブラック。
登場にはちょっとばかし失敗してしまったが、それでも驚きをプレゼント出来たようだし、良しとしよう。
生徒会長、副会長以外の会員はギョッと顔を強張らせて、こちらに視線を送っていた。
その中にはカレンも含まれていて、彼女が一番の驚きを見せているので笑い声を必死に堪える。
「おう、邪魔するぞ」
怪しい笑顔を浮かべて手を軽く上げて雑な挨拶を済ませて入室を果たす。
ジョンが立ちはだかり追い出そうとするも、リタからの許可が下りた事で、普通ならば不可触民など絶対に立ち入ることは出来ない生徒会クラブハウスの、談話室へと足を踏み入れる。
歓迎はしてくれていないようだった。
その中でもジョンは好奇心を向けてくれているのも分かったが、バートラムは明らかに警戒し、ヴァイオレンタも表情はあまり変えないが敵意を剥き出しにしている。フェラポントはまるで汚物を見るような目でジンを射貫く。2人だけ居る下流階級の給仕係の生徒は怯えていた。
そして、生徒会会長のリタはというと、まるでこちらなど気にしていないかのように、優雅に椅子に座ったまま紅茶を飲んでいるのだった。
一先ず、一直線にリタの前まで迫る。
途中、カレンが冷や汗を流しながら熱い視線を送ってきたので、視線だけを返す。
お前がやりたいようにやれと目で合図を送る。伝わったかどうかは知らぬが。
リタのすぐそばまで迫り、呑気に座ったままの彼女に向け言葉を投げかけた。
「あんたが、リタ・ヒプノスだな」
「ええ、そうよ」
口元は緩めているが視線はジンには向けず、紅茶とカップに向けたまま。それでも言葉だけは返してくれる。
「俺と勝負しろよ」
不可触民は汚らわしい顔を、貴族様の端正に整った綺麗な顔にずいと近づけて言い放った。
カレンの時にもやった様にリタを挑発する。
それでリタが釣れなくてもいい。
他の連中が引っかかってくれれば返り討ちにし、そこから生徒会の評判を落としリタを引っ張り出す事ができる。
案の定、フェラポントとバートラムが下賤な輩に鉄槌を下そうと立ち上がろうとしていた。
「いい加減にしないか、ジン……!」
「良いのよ、バートラム、フェラポント。下がって」
だが、リタは余裕の表情を浮かべたままそれを口で制する。そしてまた紅茶を含む。
こうして顔を近づけていると、彼女からは女子特有の甘い匂いが香るな。なんてことをジンは考えていた。
それにしても冷静な女だ。安い挑発には乗らない。ならば、こちらももう少し楽しませてもらおう。
リタがティーカップをテーブルに置いた時だった。
ジンはテーブル縁に両手を掛けると、思い切りひっくり返す。
勢いよく宙を飛ぶテーブル、その上に乗っていた、カップにソーサー、スプーンに砂糖の入った瓶やお茶菓子、小さな花瓶などが一緒に舞い、そして、盛大な音を立てて床にぶちまけられる。
そして──
「ぶっ殺せ……!」
フェラポントの掛け声で、生徒会の面々が一斉に動き出した。
各々の指輪をジンに向けて取り囲む。
カレンも一緒になってこちらに指輪を向けているので吹き出しそうになった。訳も分からず言われた通り、周りの真似をして咄嗟に体を動かしてしまったのだろう。
「もう、良いって言っているでしょ? みんな下がって」
相も変わらずリタは表情を変えず余裕綽々。優雅に座したまま。
「だがリタ、こうも不可触民に侮辱されたとあっちゃ、生徒会の名折れだ!」
「安い挑発よ。乗ってあげる必要は無いわ、それこそこの人の思う壺よ、下がって……あ、そこのあなた、新しい紅茶を下さる?」
フェラポントを黙らせると、リタは目を丸くして驚いている給仕に紅茶を注文する。
ここまでやっても動じないし、乗っかってこない。
「怖気ついたのか生徒会長さんよ……? そんなんじゃ、他の生徒に示しが付かんだろう……?」
「うーん、むしろ、あなたなんかの挑発に乗ってしまう方が、他の生徒達に示しが付かないのよね、勝つにしろ負けるにしろ」
紅茶のおかわりを受け取ったリタは、涼しげにカップを傾けた。その後、給仕の生徒達が急いで散らかったテーブルを片付け始めた。
「だったら俺にやらせろリタ……! このクソ生意気な害虫野郎をぶっ殺してやる!」
「まあ、そんな下品な言葉を使ってはいけないわフェラポント……それに止めておくのね。このまま彼と戦っても、こちらには何もメリットが無いもの。ただ脅しと挑発で彼に踊らされるだけ。絶対にだーめ……それにあなた、さっきまでは彼の事なんて気にも留めて無かったでしょう?」
「気が変わった。というか、ここまでコケにされて黙ってられるか……!」
生徒会長は動かせそうにないが、このフェラポントという男なら動かせるかもしれない。ジンは標的を一度変えることにした。
「へー……だったら女の尻に敷かれてないで男らしく立ち上がったらどうだ……? それとも、女のケツが好みのドM君かな?」
「てんめぇ……ぶっ殺す!」
この中では一番短気な男だ。こんな軽いジャブ程度の挑発で易々と動いてくれた。
「フェラポントさん、抑えて……! 君もいい加減にしないか!」
ジンに殴りかかろうとしていたフェラポントを、バートラムが必死に抑えた。
彼もジンに良い感情を持ってはいないだろうが、ジンの実力を危惧したのか、それともリタへの忠誠心か。いずれにせよ良く躾けられている。
「なんだ、役立たず君じゃないか……!」
今度はバートラムをバカにしてやると、ヴァイオレンタが血相を変えてこちらに詰め寄った。こうして周りから崩してやれば、最終的にはリタへたどり着ける。
「いい加減になさい!」
しかしリタが一喝すると、興奮していた生徒会メンバーは一瞬にして押し黙った。
決して声を荒げた訳ではない。少し声のトーンと雰囲気が変わっただけで、その言葉に従った。
ここでは、決して生徒会長に逆らえない。頂点に立つ者の言葉には、絶対の服従を誓う。そのような全体意思が垣間見えた。
「でもよ、リタ……不可触民がここまで俺達を侮辱しているのに、見過ごすのか……?」
「侮辱された程度で腹を立てるのは、鍛錬が足りない証拠だわ。そんなの笑って見逃してあげればいいのよ。実害を被るワケでもなし……」
かなり人間が出来ているようで。
それなりに盛大にやったと思ったが、扉を壊したり、テーブルをひっくり返したりしても、彼女にとっては実害無しのようだ。
「こんな雑魚、軽くひねってやれば良いじゃないか……!」
それでもフェラポントは唯一リタに噛みついた。沸き上がった怒りを抑えられないのだろう。
「そうしてしまったら実害を被ってしまうのよ……冷静におなりなさい……」
結局、リタを崩すことは出来そうにないし周りを焚き付ける事も封じられてしまった。
こうなってしまえば、他の面々を挑発しても彼女がGOサインを出さない限り、勝負にはこぎつけない。
「私達はあなたと勝負する気なんてありませんから、お帰りなさい……これ以上の事をしますと、今度は教師の方々に動いて裁いて貰うことになるわ」
そう言われてしまうとジンは引き下がるしかない。
扉を壊したり机を壊したりの程度だったら、その持ち主が不問にしてくれると言っているし、教師にとやかく言われることも無い。教師側にもジンの協力者が居る事だし、どうとでもなる。
しかし、もっと乱暴な事を意味も無くしでかせばそうはいかない。
こちらは不可触民だ、あっけなく退学にさせられるだろう。それはジンの望むところではない。
ならば仕方無い、ジンは踵を返しリタに背を向けた。
「拍子抜けだな。なんか冷めた……」
「そう。こちらとしては、アトラクション感覚で少し楽しかったわ」
「邪魔したな、帰る」
別れの挨拶を送り、そのまま歩を進め談話室を後にしようとする。
こうなれば、最後の手段だ。最初からこうなる可能性が高いとは思っていたが。
「それじゃ、帰るぞ……カレン」
生徒会メンバーであるカレンに声を掛け、一緒に退室するように言葉を投げかける。
「あ、あなた……なにいって……!」
突然声を掛けられたものだから、カレンは慌てふためいた。
まさか、このタイミングで声を掛けられるとは思ってもいなかっただろう。
「だから、帰るぞカレン……もうちょっと面白い連中だと思っていたんだが、俺の思い過ごしだった。もうこいつらと一緒に居なくても良いぞ。わざわざ潜り込んでもらったが、悪かったな……さあ、帰ろう」
一体何を言われているのか、カレンは訳が分からないだろう。
しかし、以前からジンはどうしてもカレンが欲しいと考えていた。
我が野望の為に、この少女が重要な存在になるのだと感じていた。
最終手段となってしまったが、これは最良手段でもある。
「くす……ふふふ……あははははははははははっ」
突如、リタが笑い声を発する。
「あ~あ……なに? そういうことだったの、ああ、そう、ふーん……」
「か、かいちょう……?」
「最初から私はあなた達の掌の上で踊らされていたというワケね。とんだピエロだわ」
「かいちょう……これは……」
「グルだったのね……あなた達」
「ち、違うんです! 会長!」
次第にカレンも事の成り行きを理解しだしたのだろう。
必死にリタに誤解を訴えかけるが、生徒会長は聞く耳を持ってくれなかった。
「あなたが生徒会入りを必死に挑んだのは、そのアンタッチャブルの為だったわけで、エンリとの勝負に乗り出し、敗北したのも全部その人の命令だったのね……」
「誤解です、会長……!」
「カレン、もう隠さなくてもいい」
「黙って! あなたもいい加減言わないで!」
いくらカレンが誤解を解こうとしても、リタはそれを聞こうとしない。
それに、カレンの言葉に説得力はない。
彼女自身、ジンとの関りをもってしまったのは事実で、強く否定も出来ない。
この男が何かをしようとしていることは知っていたが、それを誰にも言わなかったし、彼女の生徒会入会にはミノアの助言を通して彼が関わってしまっている。
それらを誰にも伝え無かったのは口止めをされていたからであるのだが、どれだけカレンが言葉を重ねても、それは言い訳にしか聞こえず、こうして慌てて声を荒げているのが更に疑いを濃いものとするだけだった。
リタの推測は外れているし、当たっているとも言える。動機は違うし、カレンにそんな気は全くなかった。
しかし、結果としてカレンとジンはグルとなってしまっていた。
「カレン、まさか……でも確かに、エンリと戦っている時の君は様子がおかしかった……」
「わざと負けた……その不可触民の為に……」
「はんっ……! そういうことかよ……!!」
「…………」
もはや、生徒会にとってカレンは敵だった。
「ち、ちがうんです……」
カレンは恐怖から後退る。
「カレンさん……あなた、クビよ」
「待ってください会長!」
「待つ? 一体何を待つというの? この期に及んで誤解ですって? では、全てを説明して頂戴」
「そ、それは……」
カレンは何も言えない。もう少し冷静になれれば順序立てて説明ができるだろう。しかし、それをジンは許さない。
「良いって。無理すんなカレン」
怯える彼女の肩に優しく手を置く。
そうする事でカレンに安心感を与え、そして、生徒会には二人が仲間であるという事を印象付ける。
「とんだお転婆さんだこと……」
リタがようやく立ち上がった。
「ジン……と言いましたわね……。それとカレンさん、私達生徒会はあなた方を成敗して、この学園から追い出さなくてはならなくなりました」
きたっ!
ジンは歓喜から口元を歪める。
「そ、そんな、待ってください会長、お願いです……!」
「あなたのお願いを聞く必要はないわ……それに、つい今しがた言ったばかりじゃない。『次は無い』って……次も何も、あなたは初めから私達を裏切っていたのだけどね」
「初めから裏切っていたならば、それは裏切りとは言わないさ」
「ええ、そうですわね。訂正をどうもありがとう」
「どういたしまして」
先程までのように、ただ挑発して感情を揺さぶるだけならば、リタは絶対に動かなかった。しかし、カレンがこちらの手の者と知れば、動かざるを得ない。
「私達は、生徒会の貴重な情報をべらべらとあなたに流していたという訳ね……」
ジンはニコリと嗤う。
彼女達には、カレンがジンの送り込んだスパイに見えているだろう。
彼女は生徒会に入ってから今日まで真面目に活動をする傍ら、会議に参加し、生徒会だけが保有する貴重な資料や蔵書に目を通し。大事な情報をジンに伝えていた。という風にリタ達には映っている。
それを野放しにして、放置するわけにはいかない。
それに──
「スパイをみすみす内部に引き入れて、いいようにかき乱された。こんなことが知れたら、生徒会の面子が丸つぶれだわ……まあもう潰れているのだけど、後始末はきちんとしないといけないわね……」
生徒会がこうも踊らされていたら、それこそ他の生徒に示しが付かない。
少々侮辱された、程度の話じゃない。
今後の生徒会の活動や周りからの支持に大きく影響を与えるような、それこそ実害が被る程の失態だ。
「あなたに正式に決闘を申し込むわ」
「受けて立つ……!」
勝負の場は整った。
のだが、思いもよらなかった花が添えられる。
「会長……! 止めておいた方が、良いとおもいます……!」
そう、カレンが言ったのだ。
それを聞いたリタは、初めて怒りの感情を顕わにした。
「それは、私では彼に勝てないということかしら……っ!」
リタの圧力に気圧されカレンは足を退いた。だが否定をしなかった。その事がリタを更に怒らせたことだろう。
「はははは……! だとよ生徒会長……何ならやめておくか?」
「そんな選択肢は無いわ。あなたこそ、ここまでの事をしてくれたのだから、今更待ったということはありませんわね?」
「もちろんだとも」
まさか、カレンがあんなことを言ってくれるとは少し以外だった。
彼女としてはリタを心配しての事だったのだろうが、それがリタの怒りに火を点けた。やはり、上流の生徒が言う言葉には重みが伴ってくる。
「それじゃあ、先に外に出て待っているとしよう。そちらも準備ができたら来てくれ……一緒に行くだろう、カレン?」
カレンはジンと生徒会の面々を交互に見て逡巡したが、彼女達は既にカレンに対し敵意を向けている。その恐怖から彼女は、ジンに付いて行くしかなかった。
カレン・ブラックは、ジンの手に堕ちた。
彼女を引き連れて、談話室から出る。クラブハウスを後にする前にすっかり伸びてしまったペドローを連れて行かなければ。
舎弟の上に覆いかぶさった扉をどかし、ペしぺしと頬を叩いた。
「おい、起きろペドロー。行くぞ?」
「んあっ……いて、え、あ、え、兄貴……どうなったんだ?」
何が起こったのか、今どうなっているのかすっかり混乱している。
しかし、いちいち説明してやれるだけの時間も余裕もない。
「良いから行くぞ。さっさと立て」
「ちょっと、まってくれよ……なんか、いろいろと痛いんだよ……!」
愚痴を零すペドローを無理やり起こして、クラブハウスを後にする。
ペドローはどうしてカレンが一緒について来ているのか不思議そうだったが、カレンも何がどうなっているのか理解が追い付かないみたいだった。
とにかく、あと少しで片が付く。
一部屋を与えられているのではなく、邸を丸々一つをクラブハウスとして使用しているのだ。
それも、大貴族が一家で暮らせるだろう大きさの館である。
外から見ても建物の作りは豪華絢爛。材木から窓ガラス、屋根瓦の全てが一級品。
それを名建築家が近代建築と近代芸術の技を組み合わせて作り上げたのだろう。屋敷の前には良く分からぬ銅のオブジェが並んでいた。
金が掛かっているのは分かるが、生徒会の人数に対して建物の規模がデカすぎるのではなかろうか。
ジンの隣でペドローがクラブハウスを見上げてしり込みしていた。
こんな財産があるのなら、下流階級の宿舎をもう少し環境の良いものにしてやったらどうだと考えるのは間違いでは無い筈だ。
驚きと呆れを引っ込めて、ジンは生徒会のクラブハウスへと乗り込む。その後ろをペドローが付いて歩く。
玄関入り口に鍵など掛かっておらず、警備の者などもいない為すんなりと中に入る事ができた。
随分と不用心な、と感じるが生徒会に無断で足を踏み入れる不敬な輩など過去に居なかっただろう。どんな処罰を負うかは火を見るより明らかだからだ。
エントランスを抜けて、廊下を進み、階段を上る。
初めて訪れる場所だが、ミノアからの事前情報で建物の構造は把握していたので向かうべき場所は分った。
それにジンは人の気配を感じるのが得意な為、それを感じる方向へと歩を進める。
小さな頃からそうやって危機を察知して逃げたり、獲物を見つけて捉えたり、彼の幼少期はそうしなければ生きていくことが出来なかったからだ。
幼少時代からの経験が、今になってしっかりと役に立っている事を実感する。
廊下の角を曲がったところ、そこに目的の部屋があった。運よく誰とも出くわしはしなかった。というのも、誰とも会敵しないように足を運んだのだから当たり前なのだが、給仕係の生徒が何人か屋敷内を歩いているのは感知していた。
両開きの扉の前に立ち、気分の高ぶりを感じる。自然と口角が上がり、声が漏れそうだ。
いよいよだ。
ついにここまでやって来た。
やって来てしまえば案外と呆気ないもので、今の今まで、全てジンの思う通りだった。もう少しで、目的は完遂する。
この部屋の中には相対すべき支配者が居る。
それを討つのがジンの目的。
だが、ここからでも感じる。かなりの強者だ。それでも不安は無い。
「やれ……ペドロー……!」
自分の少し後ろに立つペドローに命令を下すと、舎弟は肩を震わせた。
その手にはどういう訳でか大きな木槌が握られており、しんどそうに肩に担いでいる。
「な、なあ、兄貴……ほんとうにやんのか……?」
その為にこの男を連れて来たのだ。
絶対条件では無いが、たった一手間を加えるだけで華やかな贈り物が出来るというもの。
ペドローは重たい木槌を担がされここまでやって来て息は上がり気味。さらに緊張から少々顔が青ざめていた。
そんな彼に短く伝える。
「ああ。やれ」
ペドローは大きく深呼吸をし扉の前に両足を踏み締めて立つと、肩に担いだ土木作業用の木槌を自棄くそ気味に振りかぶった。
ただの思い付きだったのだが、生徒会の方々は喜んでくれるだろうか。
インパクトを出す為に扉を破って派手に登場してみようと、それだけの為にわざわざ大きな木槌を探してペドローに運ばせて、彼には扉を破るという大役を任せた。
ジンは最初、蹴破るか体当たりで登場しよいとしていたが、こんな立派な家屋の扉を道具無しに破るのは無理だったろう。
ペドローが腕を目一杯引き絞ったところで、グッと息を止める。
そして、力の限り木槌を扉のど真ん中に打ちつける。
──ドゴン!
「あら……?」
いい音がしたと思ったが、蝶番に負荷を与えて僅かに扉を開いたくらいで、破るには至らなかった。なるほど、見た目以上に頑丈な扉だ。
「ペドロー、離れた方が良い」
木槌を振り下ろした状態で止まっている舎弟に矢継ぎ早に指示を飛ばし、自身も扉から離れるが、ペドロ―の反応は一つ遅れた。
「え、なんでだ──」
ペドロ―が喋り終わる前に扉が内側から弾け飛び、それに巻き込まれた下流階級の不良生徒は、壁に激突してそのまま床に倒れ失神した。
だから離れろと言ったのに……。
目線を送るが心配の声は掛けない。
今はそれを出来るような状況ではない。
片側の扉が無くなり、部屋の中を覗くと入り口の真ん前には、生徒会副会長が蹴り上げた脚を床に置くところだった。
道具を使って破れなかった扉を蹴りで破壊するのだから常識はずれな武人だ。
ゆっくりと部屋の方へと近づき、内部を見渡し、他の生徒会メンバーの様子をうかがう。
ミノアからの情報で生徒会全員の顔と名前を知っていたが、実際に対面するのは殆ど初めての者だ。名前と顔を確かめるように、全員の顔をじっくりと見る。
フェラポント・イーリイチ。
バートラム・フローレンス。
ヴァイオレンタ・ロシリオン。
そして、副会長のジョン・ラリー。
生徒会長のリタ・ヒプノス。
ついでにカレン・ブラック。
登場にはちょっとばかし失敗してしまったが、それでも驚きをプレゼント出来たようだし、良しとしよう。
生徒会長、副会長以外の会員はギョッと顔を強張らせて、こちらに視線を送っていた。
その中にはカレンも含まれていて、彼女が一番の驚きを見せているので笑い声を必死に堪える。
「おう、邪魔するぞ」
怪しい笑顔を浮かべて手を軽く上げて雑な挨拶を済ませて入室を果たす。
ジョンが立ちはだかり追い出そうとするも、リタからの許可が下りた事で、普通ならば不可触民など絶対に立ち入ることは出来ない生徒会クラブハウスの、談話室へと足を踏み入れる。
歓迎はしてくれていないようだった。
その中でもジョンは好奇心を向けてくれているのも分かったが、バートラムは明らかに警戒し、ヴァイオレンタも表情はあまり変えないが敵意を剥き出しにしている。フェラポントはまるで汚物を見るような目でジンを射貫く。2人だけ居る下流階級の給仕係の生徒は怯えていた。
そして、生徒会会長のリタはというと、まるでこちらなど気にしていないかのように、優雅に椅子に座ったまま紅茶を飲んでいるのだった。
一先ず、一直線にリタの前まで迫る。
途中、カレンが冷や汗を流しながら熱い視線を送ってきたので、視線だけを返す。
お前がやりたいようにやれと目で合図を送る。伝わったかどうかは知らぬが。
リタのすぐそばまで迫り、呑気に座ったままの彼女に向け言葉を投げかけた。
「あんたが、リタ・ヒプノスだな」
「ええ、そうよ」
口元は緩めているが視線はジンには向けず、紅茶とカップに向けたまま。それでも言葉だけは返してくれる。
「俺と勝負しろよ」
不可触民は汚らわしい顔を、貴族様の端正に整った綺麗な顔にずいと近づけて言い放った。
カレンの時にもやった様にリタを挑発する。
それでリタが釣れなくてもいい。
他の連中が引っかかってくれれば返り討ちにし、そこから生徒会の評判を落としリタを引っ張り出す事ができる。
案の定、フェラポントとバートラムが下賤な輩に鉄槌を下そうと立ち上がろうとしていた。
「いい加減にしないか、ジン……!」
「良いのよ、バートラム、フェラポント。下がって」
だが、リタは余裕の表情を浮かべたままそれを口で制する。そしてまた紅茶を含む。
こうして顔を近づけていると、彼女からは女子特有の甘い匂いが香るな。なんてことをジンは考えていた。
それにしても冷静な女だ。安い挑発には乗らない。ならば、こちらももう少し楽しませてもらおう。
リタがティーカップをテーブルに置いた時だった。
ジンはテーブル縁に両手を掛けると、思い切りひっくり返す。
勢いよく宙を飛ぶテーブル、その上に乗っていた、カップにソーサー、スプーンに砂糖の入った瓶やお茶菓子、小さな花瓶などが一緒に舞い、そして、盛大な音を立てて床にぶちまけられる。
そして──
「ぶっ殺せ……!」
フェラポントの掛け声で、生徒会の面々が一斉に動き出した。
各々の指輪をジンに向けて取り囲む。
カレンも一緒になってこちらに指輪を向けているので吹き出しそうになった。訳も分からず言われた通り、周りの真似をして咄嗟に体を動かしてしまったのだろう。
「もう、良いって言っているでしょ? みんな下がって」
相も変わらずリタは表情を変えず余裕綽々。優雅に座したまま。
「だがリタ、こうも不可触民に侮辱されたとあっちゃ、生徒会の名折れだ!」
「安い挑発よ。乗ってあげる必要は無いわ、それこそこの人の思う壺よ、下がって……あ、そこのあなた、新しい紅茶を下さる?」
フェラポントを黙らせると、リタは目を丸くして驚いている給仕に紅茶を注文する。
ここまでやっても動じないし、乗っかってこない。
「怖気ついたのか生徒会長さんよ……? そんなんじゃ、他の生徒に示しが付かんだろう……?」
「うーん、むしろ、あなたなんかの挑発に乗ってしまう方が、他の生徒達に示しが付かないのよね、勝つにしろ負けるにしろ」
紅茶のおかわりを受け取ったリタは、涼しげにカップを傾けた。その後、給仕の生徒達が急いで散らかったテーブルを片付け始めた。
「だったら俺にやらせろリタ……! このクソ生意気な害虫野郎をぶっ殺してやる!」
「まあ、そんな下品な言葉を使ってはいけないわフェラポント……それに止めておくのね。このまま彼と戦っても、こちらには何もメリットが無いもの。ただ脅しと挑発で彼に踊らされるだけ。絶対にだーめ……それにあなた、さっきまでは彼の事なんて気にも留めて無かったでしょう?」
「気が変わった。というか、ここまでコケにされて黙ってられるか……!」
生徒会長は動かせそうにないが、このフェラポントという男なら動かせるかもしれない。ジンは標的を一度変えることにした。
「へー……だったら女の尻に敷かれてないで男らしく立ち上がったらどうだ……? それとも、女のケツが好みのドM君かな?」
「てんめぇ……ぶっ殺す!」
この中では一番短気な男だ。こんな軽いジャブ程度の挑発で易々と動いてくれた。
「フェラポントさん、抑えて……! 君もいい加減にしないか!」
ジンに殴りかかろうとしていたフェラポントを、バートラムが必死に抑えた。
彼もジンに良い感情を持ってはいないだろうが、ジンの実力を危惧したのか、それともリタへの忠誠心か。いずれにせよ良く躾けられている。
「なんだ、役立たず君じゃないか……!」
今度はバートラムをバカにしてやると、ヴァイオレンタが血相を変えてこちらに詰め寄った。こうして周りから崩してやれば、最終的にはリタへたどり着ける。
「いい加減になさい!」
しかしリタが一喝すると、興奮していた生徒会メンバーは一瞬にして押し黙った。
決して声を荒げた訳ではない。少し声のトーンと雰囲気が変わっただけで、その言葉に従った。
ここでは、決して生徒会長に逆らえない。頂点に立つ者の言葉には、絶対の服従を誓う。そのような全体意思が垣間見えた。
「でもよ、リタ……不可触民がここまで俺達を侮辱しているのに、見過ごすのか……?」
「侮辱された程度で腹を立てるのは、鍛錬が足りない証拠だわ。そんなの笑って見逃してあげればいいのよ。実害を被るワケでもなし……」
かなり人間が出来ているようで。
それなりに盛大にやったと思ったが、扉を壊したり、テーブルをひっくり返したりしても、彼女にとっては実害無しのようだ。
「こんな雑魚、軽くひねってやれば良いじゃないか……!」
それでもフェラポントは唯一リタに噛みついた。沸き上がった怒りを抑えられないのだろう。
「そうしてしまったら実害を被ってしまうのよ……冷静におなりなさい……」
結局、リタを崩すことは出来そうにないし周りを焚き付ける事も封じられてしまった。
こうなってしまえば、他の面々を挑発しても彼女がGOサインを出さない限り、勝負にはこぎつけない。
「私達はあなたと勝負する気なんてありませんから、お帰りなさい……これ以上の事をしますと、今度は教師の方々に動いて裁いて貰うことになるわ」
そう言われてしまうとジンは引き下がるしかない。
扉を壊したり机を壊したりの程度だったら、その持ち主が不問にしてくれると言っているし、教師にとやかく言われることも無い。教師側にもジンの協力者が居る事だし、どうとでもなる。
しかし、もっと乱暴な事を意味も無くしでかせばそうはいかない。
こちらは不可触民だ、あっけなく退学にさせられるだろう。それはジンの望むところではない。
ならば仕方無い、ジンは踵を返しリタに背を向けた。
「拍子抜けだな。なんか冷めた……」
「そう。こちらとしては、アトラクション感覚で少し楽しかったわ」
「邪魔したな、帰る」
別れの挨拶を送り、そのまま歩を進め談話室を後にしようとする。
こうなれば、最後の手段だ。最初からこうなる可能性が高いとは思っていたが。
「それじゃ、帰るぞ……カレン」
生徒会メンバーであるカレンに声を掛け、一緒に退室するように言葉を投げかける。
「あ、あなた……なにいって……!」
突然声を掛けられたものだから、カレンは慌てふためいた。
まさか、このタイミングで声を掛けられるとは思ってもいなかっただろう。
「だから、帰るぞカレン……もうちょっと面白い連中だと思っていたんだが、俺の思い過ごしだった。もうこいつらと一緒に居なくても良いぞ。わざわざ潜り込んでもらったが、悪かったな……さあ、帰ろう」
一体何を言われているのか、カレンは訳が分からないだろう。
しかし、以前からジンはどうしてもカレンが欲しいと考えていた。
我が野望の為に、この少女が重要な存在になるのだと感じていた。
最終手段となってしまったが、これは最良手段でもある。
「くす……ふふふ……あははははははははははっ」
突如、リタが笑い声を発する。
「あ~あ……なに? そういうことだったの、ああ、そう、ふーん……」
「か、かいちょう……?」
「最初から私はあなた達の掌の上で踊らされていたというワケね。とんだピエロだわ」
「かいちょう……これは……」
「グルだったのね……あなた達」
「ち、違うんです! 会長!」
次第にカレンも事の成り行きを理解しだしたのだろう。
必死にリタに誤解を訴えかけるが、生徒会長は聞く耳を持ってくれなかった。
「あなたが生徒会入りを必死に挑んだのは、そのアンタッチャブルの為だったわけで、エンリとの勝負に乗り出し、敗北したのも全部その人の命令だったのね……」
「誤解です、会長……!」
「カレン、もう隠さなくてもいい」
「黙って! あなたもいい加減言わないで!」
いくらカレンが誤解を解こうとしても、リタはそれを聞こうとしない。
それに、カレンの言葉に説得力はない。
彼女自身、ジンとの関りをもってしまったのは事実で、強く否定も出来ない。
この男が何かをしようとしていることは知っていたが、それを誰にも言わなかったし、彼女の生徒会入会にはミノアの助言を通して彼が関わってしまっている。
それらを誰にも伝え無かったのは口止めをされていたからであるのだが、どれだけカレンが言葉を重ねても、それは言い訳にしか聞こえず、こうして慌てて声を荒げているのが更に疑いを濃いものとするだけだった。
リタの推測は外れているし、当たっているとも言える。動機は違うし、カレンにそんな気は全くなかった。
しかし、結果としてカレンとジンはグルとなってしまっていた。
「カレン、まさか……でも確かに、エンリと戦っている時の君は様子がおかしかった……」
「わざと負けた……その不可触民の為に……」
「はんっ……! そういうことかよ……!!」
「…………」
もはや、生徒会にとってカレンは敵だった。
「ち、ちがうんです……」
カレンは恐怖から後退る。
「カレンさん……あなた、クビよ」
「待ってください会長!」
「待つ? 一体何を待つというの? この期に及んで誤解ですって? では、全てを説明して頂戴」
「そ、それは……」
カレンは何も言えない。もう少し冷静になれれば順序立てて説明ができるだろう。しかし、それをジンは許さない。
「良いって。無理すんなカレン」
怯える彼女の肩に優しく手を置く。
そうする事でカレンに安心感を与え、そして、生徒会には二人が仲間であるという事を印象付ける。
「とんだお転婆さんだこと……」
リタがようやく立ち上がった。
「ジン……と言いましたわね……。それとカレンさん、私達生徒会はあなた方を成敗して、この学園から追い出さなくてはならなくなりました」
きたっ!
ジンは歓喜から口元を歪める。
「そ、そんな、待ってください会長、お願いです……!」
「あなたのお願いを聞く必要はないわ……それに、つい今しがた言ったばかりじゃない。『次は無い』って……次も何も、あなたは初めから私達を裏切っていたのだけどね」
「初めから裏切っていたならば、それは裏切りとは言わないさ」
「ええ、そうですわね。訂正をどうもありがとう」
「どういたしまして」
先程までのように、ただ挑発して感情を揺さぶるだけならば、リタは絶対に動かなかった。しかし、カレンがこちらの手の者と知れば、動かざるを得ない。
「私達は、生徒会の貴重な情報をべらべらとあなたに流していたという訳ね……」
ジンはニコリと嗤う。
彼女達には、カレンがジンの送り込んだスパイに見えているだろう。
彼女は生徒会に入ってから今日まで真面目に活動をする傍ら、会議に参加し、生徒会だけが保有する貴重な資料や蔵書に目を通し。大事な情報をジンに伝えていた。という風にリタ達には映っている。
それを野放しにして、放置するわけにはいかない。
それに──
「スパイをみすみす内部に引き入れて、いいようにかき乱された。こんなことが知れたら、生徒会の面子が丸つぶれだわ……まあもう潰れているのだけど、後始末はきちんとしないといけないわね……」
生徒会がこうも踊らされていたら、それこそ他の生徒に示しが付かない。
少々侮辱された、程度の話じゃない。
今後の生徒会の活動や周りからの支持に大きく影響を与えるような、それこそ実害が被る程の失態だ。
「あなたに正式に決闘を申し込むわ」
「受けて立つ……!」
勝負の場は整った。
のだが、思いもよらなかった花が添えられる。
「会長……! 止めておいた方が、良いとおもいます……!」
そう、カレンが言ったのだ。
それを聞いたリタは、初めて怒りの感情を顕わにした。
「それは、私では彼に勝てないということかしら……っ!」
リタの圧力に気圧されカレンは足を退いた。だが否定をしなかった。その事がリタを更に怒らせたことだろう。
「はははは……! だとよ生徒会長……何ならやめておくか?」
「そんな選択肢は無いわ。あなたこそ、ここまでの事をしてくれたのだから、今更待ったということはありませんわね?」
「もちろんだとも」
まさか、カレンがあんなことを言ってくれるとは少し以外だった。
彼女としてはリタを心配しての事だったのだろうが、それがリタの怒りに火を点けた。やはり、上流の生徒が言う言葉には重みが伴ってくる。
「それじゃあ、先に外に出て待っているとしよう。そちらも準備ができたら来てくれ……一緒に行くだろう、カレン?」
カレンはジンと生徒会の面々を交互に見て逡巡したが、彼女達は既にカレンに対し敵意を向けている。その恐怖から彼女は、ジンに付いて行くしかなかった。
カレン・ブラックは、ジンの手に堕ちた。
彼女を引き連れて、談話室から出る。クラブハウスを後にする前にすっかり伸びてしまったペドローを連れて行かなければ。
舎弟の上に覆いかぶさった扉をどかし、ペしぺしと頬を叩いた。
「おい、起きろペドロー。行くぞ?」
「んあっ……いて、え、あ、え、兄貴……どうなったんだ?」
何が起こったのか、今どうなっているのかすっかり混乱している。
しかし、いちいち説明してやれるだけの時間も余裕もない。
「良いから行くぞ。さっさと立て」
「ちょっと、まってくれよ……なんか、いろいろと痛いんだよ……!」
愚痴を零すペドローを無理やり起こして、クラブハウスを後にする。
ペドローはどうしてカレンが一緒について来ているのか不思議そうだったが、カレンも何がどうなっているのか理解が追い付かないみたいだった。
とにかく、あと少しで片が付く。
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