最低召喚士の学園制覇録

幽斎

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第1章

第15話 学園の女王

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 生徒会クラブハウスから程なくの場所にある広場。よく生徒会の面々が訓練の為に使い魔を戦わせている専有の場所だ。この対決においてここを使わせてもらうことにした。人通りはあまり無いが、校舎からは近い。

「ペドロー、仕事だ。これから俺とリタ・ヒプノスが決闘をすることを、兎に角騒ぎ立てて宣伝して回れ」

「え、なんでだ?」

「一人でも多くの観客が欲しいんだよ。早く行け」

「分かったぜ、兄貴!」

 舎弟は大きく頷くと、駆け足で校舎の方へ向かって行った。そして「生徒会長とアンタッチャブルのジンが決闘だ!」と大声が木霊する。ペドローなど最初は役に立たないかと思っていたが、存外に居てくれると助かる場面もあるな。
 雑用としては有用かも知れない。

「人を集めて、いったいどうする気なの?」

「ただの証人だ。こんな決闘はパフォーマンスの一環にすぎん。どうせ勝敗は見えている」

「随分な自信ね」

「俺は自分が勝つなんて一言も言って無いんだがね。でもあんたは俺が勝つと信じてくれているようだ」

「…………」

 カレンはグッと歯を噛んだ。悔しさからだ。

「結局、全てあなたの計画通りというワケね。私達は、あなたの駒に過ぎないのね……」

「駒は自分で動かさなければならないが、あんたらは勝手に動いてくれる。これほど楽な事は無いさ」

「人をバカにするのも大概にして!」

 ついにカレンは吠えた。うっすらと目が赤らむ。

「私は、あなたを許さないわよ。やっとの思いで生徒会に入ったというのに、全てを台無しにして……!」

「悪いとは思っているさ。これでもし俺が負けたら、あんたは生徒会だけじゃ無くて、学園からも去らなければならない。生徒会にスパイ活動を行った謀反人としてな」

「いい加減にしなさいよ! こんな事をして、あなたは一体に何をしようと言うの!」

「前にも言っただろ? てっぺんに立つ。リタ・ヒプノスはいわばラスボスなんだよ。もうすぐ全てが終わる」

 いつものように怪しい笑顔を浮かべながら淡々と告げるジン。
 カレンはこのやるせなさの吐き場所を求めるが、この男に関わってしまったのが運の尽きだ。

「あんたは俺の事が嫌いだろうが、俺はあんたに感謝をしているんだ……安心しろ、万が一にも負けたりはしない。カレン、あんたは俺がこの学園をひっくり返す場面を見ていてくれ。特等席でな」

 珍しく、不気味な嗤いでは無く、屈託の無い笑顔を浮かべるジン。

 そして、リタ率いる生徒会が決闘の場に姿を現した。
 広場には次第に野次馬根性を現した見物人が増え始める。ペドローはしっかりと仕事をこなしてくれたようで、その数は段々と増えていき、広場の周りには多くの生徒達でごった返した。

 アンタッチャブルのジンは、今学園で最も注目度の高い生徒であり、そしてその対戦相手が現時点で頂点に立つ生徒会長。人々の興味を駆り立てない筈が無い。

 一仕事を終えたペドローが人込みをかき分けて、こちらに戻ってくる。ジンは心の中で労いの言葉を唱えた。

 ジンの正面、十メートル程離れた位置で立ち止まったリタが、不可触民に向かい口を開いた。

「あらあら、随分と人を集めましたのね……わざわざ自らの醜態を晒そうとは、あなたの方が変態さんなのではないかしら?」

「否定はしない。見られるのは嫌いじゃないんでね……生徒会長さんはこうやって人の注目を浴びるのはお嫌いか?」

「私は常に注目を浴びているから、どうという事もないわ……ただ、ここに集まった人たちはあなたの敗北がお望みみたいよ……?」

 早くも水面下では口撃の応酬が始まる。
 相手を侮辱し、揺さぶりをかけ、優位に立とうとする。

 その辺は流石のリタも心得ており、寧ろジンよりも一歩及んだ。

 彼女の言う通り、集まった群衆から発せられる声はジンをののしる言葉ばかり、罵詈雑言ばりぞうごんの嵐。リタの応援ムード一色だ。
 しかし、中には汚い言葉も混じり、それをリタは不快に思う。品の無い言葉は彼女の好みではない。

「さて、皆さんお待ちかねのようですし、そろそろ始めようかしら……私が勝った暁には、あなたとカレンさんには学園から出て行ってもらうわ」

 そう言われると、カレンは不安そうに肩を震わした。
 特に反論もせず静かに頷く。

「更に、あなたの使い魔は生徒会が貰うわ……不可触民が王たるレヴィアタンを付き従えるなんて、本来あってはならない事だもの」

 そうきたか。とジンは口角を上げる。
 負けた時の条件などジンにはどうでも良かった。
 負けたら、それは何もかもが終わりを迎える時であり、どうなろうが知ったことではない。負ける不安など考えない。
 重要なのはどうあっても勝たなければならないという事だ。

「ああ、分かった。その代わり、俺が勝ったら生徒会を貰う」

 ならばこちらも交渉が出来るので都合が良い。

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」

 リタの後ろで様子を伺っていたフェラポントが声を荒げるが、生徒会長が手を上げて黙らせる。

「こっちは王様を掛けるんだ。むしろ、クラブ一つじゃ吊り合ってないくらいだぞ?」

「ええ、そうだわね。良いでしょう。その条件、飲みましょう」

 リタは優雅に右手を掲げ、指輪を構えた。
 ジンは今一度集まった見物人達を眺める。
 その中にはキヤルの姿があり、ミノアも居た。
 他にも雑草会のラヴィッチ、ジンをいじめていたハッサンにゴルトバ、それにアマンダも。
 後ろの方ではきらりと銀髪が光り、ラグナも来ているみたいだ。
 まさしく、学園中の全てがこの戦いに注目していた。

(これは、本当に負けられないな……)

 ジンは自嘲気味に笑う。
 背後に控えたカレンとペドローも固唾かたずを飲んで見守っていた。

「おいで、我が忠実なる僕……サモン!」

 リタの人差し指に嵌められた契約の指輪より眩い光が発せられ、颯爽と使い魔が現れる。

「果敢な挑戦者にご紹介しましょう。私の使い魔を……夢の世界を飛び回る、妖精世界の女王〈ティターニア〉その名をバーバラ。いま、ここに……!」

 体長は成人女性の平均身長くらい、骨格は人間に近い。
 すらっと伸びた手足に棚引く金の髪の毛。煌々こうこうと光る体に、絹の衣をまとっていた。頭にはオリーブの葉で編んだ冠を乗せ、背中からは蝶のような一対の輝く羽を生やし宙に浮いている。

 妖精の女王〈ティターニア〉のバーバラは瞼を開け、金色に輝く瞳でジンを射貫いた。
 その神々しき姿に、今まで散々騒ぎ立てていた群衆は一瞬にして黙る。
 さしものジンも、その御姿を前に膝をつきそうになった。

「くくく……」

 リタの異名『女王』の由来たるティターニア。その階級は王級、ジンの連れている使い魔と同じ階級。

「素晴らしい、美しい姿だ……!」

 素直な感想を述べ、こちらも左手の指輪を構えた。

「ならばこちらも紹介しよう……サモン!」

 ジンが詠唱をすると、禍々しい光を放ち使い魔が現れる。

「これが俺の使い魔。レヴィアタンのヴィクトリアだ!」

 現れたるは海の王。
 レヴィアタンは四肢で地面を掴み、鎌首をもたげて対戦相手となる女王にその眼を向ける。

「……凄い、本当にレヴィアタンだわ」

 リタは気を引き締めた。
 立ち並ぶ二体の王級の魔物。

「―――――――――!」

 ヴィクトリアは威嚇の咆哮をあげる。

 一啼ひとなきしただけで空気を裂き、ビリビリとプレッシャーを与えるが、女王には効果は無いようだ。相も変わらず美しく凛としたまま。

「さあ、それでは始めましょう……!」

「ああ、終わらせる……!」

 決戦の火蓋が切って落とされた。

「バーバラ、最初から全力よ! アローレイン!」

「ヴィク、向かい討て! ウォーターブレスだ!」

 主人の指示に従いバーバラが腕を振るうと、背後から数十本の光の矢が現れる。羽を羽ばたかせ飛翔し舞いながら全ての矢を発射した。

 対するヴィクトリアスは息を吸い肺を満たすと、それを水に変換し勢いよく吐き出す。吐き出された水の激流が矢を飲み込み、妖精の女王もろとも沈めようとするが、ティターニアはひらりとかわす。

 そして、再び精製された矢が放たれ、今度はしっかりとレヴィアタンに命中させた。しかし飛来する矢の雨も竜の堅い鱗には刺さらない。

「そんなんじゃ、ビクともしないぜ……!」

「ええ、その様ですわね」

 リタは余裕の表情を崩さない。再度使い魔に指示と魔力を送ると、バーバラは腕を振るう。すると手中に弓が現出し、精製した矢を一本取り構えた。

「穿て、ドリームアロー」

 放たれた矢は先ほどまでとは比にならないスピードでヴィクトリアに迫り、首の根元に直撃。ぐらりとレヴィアタンの巨体が揺れ、苦しそうなうめき声が発せられる。

「ヴィク、大丈夫か?」

 問うと、使い魔は首を振り一つ啼いて戦闘の意欲を見せた。
 侮っていたつもりなど無いが、やはり王級使い魔。これだけ体格に差があろうとも軽く覆してくる。

「さあ、まだまだ行きますわよ!」

 二本目の矢が装填され、射出された。
 ヴィクトリアが体をくねらせて何とか逃れようとするも、その速さに回避しきる事は叶わず、次々と放たれる矢をまともに食らってしまう。
 運良く外れた矢は地面を抉り、大木を消し飛ばし、その威力を物語っていた。
 安全を危惧した外野連中が悲鳴を上げながら、決戦の場から離れて行く。

「お返しだ、ヴィクトリア! ウォーターカッター!」

 ジンとヴィクトリアは反撃に転じる。
 手足、胴、首、頭部を固定し砲台のように構え、口から水を吐き出す。
 威力と密度を先程より数倍も上げ、ティターニアを襲う。
 飲まれた妖精の女王は勢いよく飛ばされる。
 だが――

「甘いわね」

 光輝くの盾を広げ展開ししっかりと防御してみせ、一切の傷を負っていなかった。けろりとした様子で、また元の位置に戻り、再び矢を番える。

「ちっ……!」

 ジンに、焦りの色が見え始めた。

     ◇

 レヴィアタンとティターニアの戦いは熾烈しれつを極めた。
 光の矢が幾重にも飛び交い、水のブレスが飛沫しぶきを上げる。
 二体の王の本気のぶつかり合いを、カレンは先程から呼吸をするのも忘れそうになるくらい、ただただ夢中に眺めるばかりだった。

 ジンとリタ。もはや二人とも学生の域からは逸脱していた。

 しかし、少しずつではあるが、戦況はリタの方に傾きつつあるように見える。

 次第にジンの横顔からは焦燥しょうそうが現れ、額からは汗を流し、歯を食いしばっていた。
 そんな不可触民の表情を初めて見た。
 いつもの気味の悪い余裕は無く、目の前の敵にいっぱいいっぱいといった様子であった。

 ドリームアローの一撃をもろに被弾したヴィクトリアの体が傾く。
 先ほどから、ジンの戦いに違和感を拭えなかった。
 カレンは知っている。
 ジンはレヴィアタンの他にも、同じ王たる使い魔、ベヒモスを有している。
 なぜ、ジンはベヒモスを出さないのか。

(複数を同時に扱うことは出来ない……?)

 王級ともなれば、一体でも相当の魔力が必要になる。それが二体ともなると、とんでも無い量の魔力供給量が必要になるのは想像に難くない。

 ジンが出し惜しみをしている風には見えないし、恐らくは二体同時の使用が出来ないのだろう。

 あるいは、例え二体同時に召喚したとして、数が増えれば指揮も複雑になってくる。コンビネーションも考えなくてはならないし魔力の分配にも気を配らなくてはならない。それを嫌って一体に留めているのかも知れない。それに、単純に数が増えたからと言って、それが有利になるとも限らない。
 どちらにせよ二体目の使い魔を召喚する雰囲気は無かった。

 少しづつ、ジンが押されつつある。

「兄貴………!」

 隣に立つペドローが不安の声を洩らした。
 この者が隣に立っている事に若干の嫌悪はあるが、今はそれどころでは無い。
 カレンの運命は今やジンに握られている。

 こんな不可触民、負けてしまえば清々するのだが、そうなれば、カレンはこの学園を退学させられることになるだろう。必死に事情を説明すれば、難を逃れるかもしれない。
 しかし、自分でも不思議なのだが、彼の負ける姿を見たくない、と心のどこかで思っているのだった。

「勝ちなさいよ……!」

 ぽつりと漏らした言葉は、魔物同士による激しい戦闘音。周りに集まった野次馬達の喧騒に消え、誰にも拾われはしなかった。

     ◇

 負けるわけにはいかない。
 そう考えれば考える程、勝利が遠のいて行く。
 もはや、こちらの攻撃は当たらなくなってきた。それに反し、ティターニアからの攻撃はヒットを重ねる。
 水竜の頑丈な鱗のお陰で致命傷を間逃れているがダメージは蓄積している。ここいらで逆転の一発が欲しい所だ。

 ヴィクトリアの放ったウォーターカッターが空を切った。
 バーバラの放つドリームアローが、海の王の首の中央を穿つ。

「ぐっ……!」

 ジンは歯を食いしばった。

「まだまだ行きますわよ。バーバラ、キューピッド・アロー」

 指示を受けたティターニアが放ったのは、ピンク色に輝く矢だった。
 避ける間もなくレヴィアタンに直撃するのだが、さっきまでの矢と違い威力がないのか、水竜は何事も無かったかのように爪で矢のぶつかった箇所を掻く。

「あらあら、雄だったら先程の攻撃でバーバラにメロメロになるのに……その子、雌なのね」

「見れば分かるだろう」

「うーん。どうも竜は性別の判断は難しくて」

「つーか女の子っぽい名前だろうが」

「あら、それもそうですわね」

 ジンは呆れの溜息を吐きながら、対戦相手を見据えた。

 ヴィクトリアに供給しなければならい魔力は相当な量だ。勝負が長引けば長引く程ジンの負担は大きくなる。それはリタも同じ筈であるが、彼女はまだ余裕を残していた。
 これは、単純に召喚士としての経験を積んだ時間の差か。

「随分と苦しそうですこと」

「なに、そんな事も無いさ」

 ジンは強がって見せた。
 リタは薄く笑う。

「さあ、そろそろ決着の時だわ」

 ヴィクトリアの突進を華麗に飛んで躱したバーバラが矢の雨を降らす。ダメージ量の多くないレインアローでも、今の水竜には鬱陶しそうだ。

「本来、このような力比べは私達の趣味じゃないのよ」

 そう言うリタは指輪を掲げ、一層使い魔に込める魔力を強めた。

「ティターニアは夢の世界を統べる妖精の女王。この子の真の力を見せてあげますわ」

 途端、バーバラの蝶のような羽がより強い輝きを放ち、ヴィクトリアを包むように両手を広げる。
 そして、妖精の女王の目の前には大きな光の球体が出現した。レヴィアタンの巨体をすっぽり覆うくらいに大きな光輝く球が。

「お眠りなさい……ミッドサマー・ナイト・ドリーム」

 バーバラが球体をほうる。

 水竜はどうにか避けようとするが、大きすぎてそれも叶わない。
 巨大な光の弾はレヴィアタンに吸い寄せられ、すうー、と包み込み、その後、光が弱まったと思うとゆっくり音もなく消えてしまった。

 一見、何事も起こらなかったようだったが、レヴィアタンの動きがピタリと止まってしまった。

「ヴィク……!」

 瞼が重く閉ざされ堪えきれなくなったヴィクトリアはドシンと大きな音を立てて地面に倒れた。

「何も殴り合いだけが戦いじゃないのよ……? ティターニアの本来の力は敵を眠らせ、夢を見させる事。きっとその子も良い夢を見ているわ」

 リタがそう語ると、ジンは歯噛みする。
 彼女の言う通りレヴィアタンは寝息を立て、気持ちよさそうに眠っている。これでは戦えない。ジンの前に戦える使い魔が居なくなってしまった。

 しょうがない、と不可触民がグロスターの指輪を構える前に、バーバラは動き出していた。

「さあ、これであなたの使い魔は居なくなった。私の勝利ね……でも、あなたも散々他の方々を侮辱して陥れたのだから、落とし前が必要でしょ? 貴方がエンリにやった様に」

 既に、ティターニアはジンの目の前に迫りその手をかざしていた。
 見物人達からリタの勝利を祝福する声が送られるのをどこか別の場所で聞いているような気分だった。
 それなのに、学園最強の生徒会長の声だけは凛と響く。

「おやすみなさい、悪い夢を。ナイトメア……!」

 ティターニアがぱちんと指を鳴らすと、ジンの視界は一瞬でブラックアウトし、意識が遠のいた。
 ガクッと全身が落ちていく浮遊感に襲われる。

「ジンっ……!」

 遠くでカレンが叫ぶ声が聞こえた気がした。
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