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一話
しおりを挟むパシン!
目の前にある扉の奥から鋭い音が聞こえた。使用人に連れられて追い出された部屋からは二人分の高い声。優雅なお母様とのお茶会に現れたのは、最近家族になったリリスだった。リリスは元平民で、聖女候補に選ばれるほど強い光の魔力を持つため、私の家に養子として入ってきたのだ。その件がお父様の独断だったものだから、最近屋敷の中はひどく荒れている。
彼女がいるとお母様の機嫌は急降下してとても手につけられない。なにか悪いものが取り憑いたかのようにリリスと口論するのだ。せっかく、久しぶりに穏やかだったのに。
ため息をついた私に使用人が声をかけた。
「ミラ様。そろそろお稽古の時間でございます」
「知っているわ。……自分で行くから先に行って」
「かしこまりました」
ぼうっと扉の前に立ち尽くす。見えていないのに、私は鮮明に向こうの光景を思い浮かべることが出来た。
「このっ……!汚らわしい、豚の娘め!」
「っ!……ねぇ、お義母様。私を叩いて満足するのならそれで良い。でも、私のお母さんを侮辱するのだけはやめてください。お母さんは、とても立派な人だった!」
可憐な、しかし意志の強さを感じる声だ。きっと頬を叩かれても、泣き出しもせずに見つめ返しているのだろう。暴力に訴えず、言葉だけで相手に寄り添おうとする。あぁ、それは、
――なんて、生意気な。
腹の内から炎のように狂い出す熱が、全身を焦がしていく。歪んだ顔はきっと他人に見せられるものではなかった。
常に淑女であれ。常に落ち着いて、仕草は優美に、感情は穏やかに。それが学園で習う淑女の鉄則ではあるけれど。このままじゃ淑女とは口が裂けても言えない。
「汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい!何もかも奪っておいてっ……何でわたくしがお前など!」
「ッ……ひ、ぐぅッ!」
部屋の中で物凄い音を立てて、何かが倒れた。先程まで使っていたカップはもう割れているだろう。お母様のお気に入りだったから、きっと不機嫌になる。
「ほら、ほら、立ちなさい!あの女みたいに立ち上がりなさいよ!」
「…………」
「ふ、ふふふ、無様だわ。貴女、なんにも出来ないんだもの。魔法も、礼儀作法も、流行も知らないんだもの。わたくしのミラに敵うはずないものねぇ?」
お母様の言っていることは的外れだ。彼女はつい最近貴族としての教育を受けることになったのだから、何も知らなくて当たり前。でも、宝石や流行で自分の権威を高めることしか出来ないお母様からしたらそれは格好の弱点でしかない。
そろそろ落ち着いてきたかしら。部屋の中は静かになって、時折お母様の声が聞こえるくらいだ。それなら、大丈夫。私はそう思って扉の前から立ち去った。
彼女が言った言葉も知らずに。
「お義母様……貴女は、哀れですね」
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