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二話
しおりを挟む「そう、それで彼女は君のお母様によって作られた青あざをつけたまま学園に来たんだ。お友達は大激怒、ますます君の家は敵視される」
そう言って笑ったのは幼馴染であるカイル・レンダークだ。国有数の魔法使いとしても名高い子爵令息。シュッとした切れ長の碧眼を細め、形の良い唇を歪める微笑みは芸術品のように美しい。
美しい、のだけれど。
「あっはっは!そのせいで君は今泥に塗れて無様に這いつくばっている訳だ。うんうん最高に面白いね!」
「馬鹿みたいに笑っているところ悪いのだけれど、早く手伝ってくださる?土魔法で沼を作られて抜け出せないの」
泥まみれになった制服や髪をなんとかしようと奮闘している時に笑われたら、いくら天使のように優しくても気分が悪い。それにこの性格が壊滅的な男の笑みはロクなものじゃないと幼少期から知っている。
「確か、魔女と聖女だっけ?君達姉妹につけられたセンスの良い渾名は」
「それをセンスが良いと思う貴方のセンスは最悪ね。……あぁもう、スカートが汚れてしまったわ」
汚れたスカートをつまんで舌打ちをする。泥沼に落とすなんて幼稚で下品な悪戯をするなんて、貴族としてのプライドがないのかしら。それとも、リリスのご友人は庶民だったのかしら。土魔法なんて証拠が出やすい魔法を使って悪戯するなんてどこまでも頭の足りない人だったに違いない。
カイルは悪戦苦闘する私を愉快そうに見ながら特に何もしない。余計なことをされるよりはマシだけれど、どこまでも奴の性格は終わっていると再確認した。
そして更に“終わってる”のはカイルが私の婚約者であるということ。魔力の釣り合いだとか家格の調整だとかで進められている婚約だ。もしこんな奴と結婚したら碌でもないことになるに決まっている。
そんな未来は絶対に回避してやろうと睨みつけても、カイルは朗々と歌うようにお喋りをして全く気にかけない。
「それにしても魔女である君が彼女を虐めていると学園中が信じて疑っていない構図は出来の悪い喜劇のようだ。あまりにありふれていて、面白みがカケラもない」
「彼女――リリスが学園中を味方につけている、というのは私にとっては悪夢でしかないわ。学園なんて無くなってしまえば良いし、面白半分な野次馬も消し飛べば良いのだわ」
「酷いな、ここに君の物語を楽しみにしている観客がいるというのに。僕のことは無視するのかい?」
「観客ならば登場人物たちからは見えなくてよ。それに手伝いもしないならさっさとお帰りになって」
しっしっと追い払おうとするも、カイルは諦めず私の手を取り身体を自分の方に引き寄せた。
至近距離で見た顔は相変わらず憎たらしいほど美しい。そして更に顔が近づき、そっと耳に吐息がかかる。
「つれないことを言わないで。僕は本当に君を思っているんだから」
蕩けそうなほど甘く、甘く囁かれた言葉。それに対して私は――思いっきり足を踏みつけた。
「痛っ!」
「いい加減素直に吐いたらどう?貴方は、私が、困っている姿を見るのが好きだって、ね!」
「いやそれももちろん好みだが君の嫉妬で煮えたぎる感情の方がより好みというか……」
「ふぅん?誰が、誰に嫉妬しているですって?」
「それは君がリリス嬢に……痛っ!」
学園の制服といっても女子用はそこそこヒールがある。それで思い切り踏んだものだからカイルは足を押さえてぴょんぴょん飛んだ。その様はひどく滑稽で、間抜けで。腹の底から笑ってしまった。
「ふっ、ふふ、貴方が子ウサギのように飛び跳ねるのを見たら憧れている女子達はなんて言うかしら」
「相変わらず君は性格が悪いな!」
「あらお互い様じゃない?」
小さい頃から性格が歪みまくっていたカイルによって私まで性悪になってしまったではないか。この責任はいつかとって貰おうと考えている。……主に新しいドレスとかで。
「君の性格が悪いのはお母様譲りだと思うけど。有名だからね、ラザーノ伯爵夫人のヒステリックは」
「人のお母様に対して随分だこと」
まぁ、否定はしない。お母様は普段は貴婦人であろうと努力しているのだが、それがプチンと切れてしまうのだ。リリスに関することは特に。
とある小さなお茶会でリリスの話題が出た時喚き散らして遂には泣き出したものだから、貴族の間では有名になってしまったのだ。人の噂は早く、ラザーノ伯爵家の弱みとして知られてしまいお父様は激怒した。それで余計にお母様のヒステリックに拍車がかかったのだが。
「なのにラザーノ伯爵令嬢である君はこーんなに冷めているから魔女だなんて呼ばれるんだよ。君、人前でチラリとも表情を変えないし」
「……別に、表情を変えるのが面倒なだけよ」
「それでラザーノ伯爵家は我が子に対して愛を注がず、冷え切った家族関係だと思われている。そこに哀れにもリリス嬢が養子として迎え入れられたから、さぁ大変!元は庶民であり現在は聖女とも名高い彼女がそんな家でやっていけるのか……今貴族達の間で大注目イベントだね」
「…………」
「何でもリリス嬢は伯爵の隠し子だという噂まであるとか……事実かは不明、だが現在リリス嬢がラザーノ伯爵家で不遇の扱いを受けているのは事実。さて、真実は如何に?」
ふうっとため息をつく。カイルのこういうところが嫌いなのだ。芝居がかった大袈裟な動作で私を茶化してみせるところが。
人の弱みを面白おかしく引っ掻き回して、遠くから眺める彼の姿を知るのはほんの数名。そのせいで年頃の令嬢達の中ではカイルは優良物件だと評判だ。実際はこんなにも性格が悪いのに。
カイルの性格が悪いのは百も承知なのだから、無視すればいい。何を言われても反応しなければいい。それなのに、そのはずなのに。
「何回聞いても酷いなこれは。僕だったらもう少しマトモな脚本を書くとも。少なくとも君は親の犠牲者だ――ってね」
「……うるさいわよ」
「それなのに君ときたら、一緒になってリリス嬢を憎むんだから救えないよ」
「……黙りなさい」
「知ってるかい?リリス嬢が今一番仲が良いのは第二王子殿下さ。他にも騎士団長の息子だとか勇者の子孫だとか、あぁ公爵令嬢様とも親友と呼べる間柄なんだっけ?みんな慈悲深く美しい彼女に首ったけ。その内ラザーノ伯爵家は潰されるかもしれないね」
「黙れと言っているでしょう!…………それでも、私はお母様を愛しているわ」
続けた声は自分が思うより細く頼りない。頑なな私にカイルは呆れたようだった。お手上げだと言わんばかりに肩をすくめ、泥で汚れたスカートや髪をじろじろと眺めて言う。
「惨めじゃないか。あの母親は君を愛していないのに」
「関係なくてよ。別に愛されたくて愛しているんじゃないわ」
「……うーん、相変わらず分からないなぁ」
心の底から不思議だ、と首を傾げられる。私も理解して貰おうとはしていないから好都合だった。
その場から立ち去ろうとした私にカイルは最後、「そのまま外に出る気?ほら綺麗にしてあげるよ」と水魔法を使ってきた。セクハラだわ、と口から出かけた言葉を飲み込み大人しく魔法をかけられる。
肌を走る清浄な水が荒ぶった心を少し落ち着かせた。カイルは繊細な魔法の使い方が上手いのだ。絶対に言ってはやらないが。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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