BUT TWO

寒星

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01 意外なオファー(Unexpected Offer)

01-04

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「ハア」
 アレクシスは肩をすくめて息を吐いた。こめかみを指で掴んで揉む。「目が痛い……」
 ラニウスはアレクシスの頭上に手をかざした。そのとき丁度室内の照明が点灯し、あたりがパッと明るくなる。
「これで終わりか?」
「ああ、ワンちゃん……お待たせ」
 アレクシスは自分の目元にかかる影の中で眠たげに瞬きをした。
 先ほどまで強烈な光の中にあってなおそれらを手懐けていた男がゆったりと瞬きする様は余りに無防備で、ふとその横顔を目にした数名のスタッフは思わず目を背けてしまう。まるで女の裸を目にしたように。
「帰るぞ、ワンちゃん」
 アレクシスに促されるまでも無くラニウスもその場を後にした。万華鏡のようにきらびやかなライトアップの世界ではほんの数分の出来事のように思われたが、現実ではとうに四時間以上が経過していた。
 車が街を走る。アレクシスは完全遮光のスモークガラスに囲われた後部座席で携帯をいじっている。暗がりの中でブルーライトに照られた顎のラインは白く、ふと目を離せば体ごと消えていそうなのに、先ほどの撮影で塗ったリップが残ったままの唇の艶だけがやけに生々しく生命力に満ちている。
「明日も来い」
それは実質的な正式採用の宣言だった。アレクシス・バックマンのボディガード。華やかな業界に住むことが許される市民権の付与。
「無理だ」
だが、ラニウスは言った。アレクシスはちらっと視線だけを運転席へ向けた。
「無理?」アレクシスは目を細めた。「返事はイエスか喜んでだ。俺の貴重な時間をくれてやって職場見学までさせてやった。それを全部無駄にする気か? お前の判断で?」
「明日はマイアミ・ブルーシーズの試合がある」
「マ____」アレクシスが口を開けたまま固まった。「なんだって?」
「マイアミ・ブルーシーズ」
ラニウスは機械のように復唱した。道路は昼間以上に混んでいて、遠くに見える信号機はもう何度も青と赤で入れ替わっているのにその距離は縮まらない。
ラニウスは後部座席で携帯画面を指がたたく音を聞きながら、ハンドルを切って横道へ逸れた。
「……子供のテニスサークルしかヒットしないぞ、どこの球団だ?」
「それだ」
「どれ?」
「マイアミのサークル。中学生未満の子供たちが有志で結成してる地域チームだ。俺はそこで臨時コーチをしてる」
 アレクシスはまだ口を開けたままだった。訝しみ、眉を寄せ、肩を浮かべ、それから手元の携帯に映る子供たちの笑顔と、素人感丸出しの(よく言えば非常にアットホームな)サイトを見て____それからもう一度運転席に座っているラニウスの上腕二頭筋の太さだとか、ゼロミリに刈り取られた彼の頭髪だとか、バイオ・ハザードのウェスカーがかけているようなサングラスを見た。
「……あー、その」
 アレクシスは言葉を探した。だがそれは車内の床やリクライニングの隙間には落ちていなかった。
「つまり……ああ、子供たちの……すごく楽しそうで、とても……その……」
 ラニウスは細い路地裏へ車体を滑り込ませるようにハンドルを切っていた。
「……明日の対戦相手はどこ?」
「フロリダ・ブッチャーズ」
「ブッフ!!!!」
 運転席のリクライニングが衝撃で揺れた。アレクシスの振り上げた足が思い切り蹴り飛ばしたのだ。だがアレクシスの笑い声の激しさを思えば、その衝撃を限りなく軽減したリクライニングがいかに高品質だったのか思い知る。
 安い車であれば今頃脳震盪を起こしていただろう。ラニウスは今運転している車種を買い替えリストに書き加えることにした。


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