BUT TWO

寒星

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01 意外なオファー(Unexpected Offer)

02-01 マイアミ・ブルーシーズ(The Blue Match)

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 マイアミはラニウスの出生地ではないが、故郷ではある。
 地区の運動センターで開かれたマイアミ・ブルーシーズとフロリダ・ブッチャーズの合同試合は白熱していた。この手の話になると公式試合でもない所詮子供たちの運動サークルと侮るものが多いが、フロリダ・ブッチャーズとマイアミ・ブルーシーズの因縁は深い。特に親世代など前世の敵かと思うほどの熱量だ。

 とはいえ幸いにして、前世で互いの血で血を洗ったかもしれない彼らは、今世ではスポーツマンシップに則ってお互いをぶちのめすことを選んだ。実に文明的かつ民主的な決闘方法である。

「マーク、疲れてるな」

 コートチェンジのタイミングでうなだれて帰ってきたマークに、ラニウスは彼の水筒を差し出した。1リットルサイズの水筒には彼の親からの期待と彼のやる気が詰め込まれていたが、その重さは今やマークの疲れた腕や足をさらに痛めつけた。

「うん……」マークはタオルを頭からかぶり、観戦席にいるはずの両親の視線から逃げるようにラニウスの体の陰に座った。

 試合の状況はけっして良いとは言えなかった。コートを取り換えた反対側のフロリダ・ブッチャーズの観戦席はすっかり勝利を確信している。7歳のマークは小柄で、向こうの選手が若干九歳にしては大柄なのもあるだろう。
 第一試合のケビンは序盤に緊張して凡ミス連発し、強打型の相手に押された。2-6で敗戦したチームメイトの姿がなおさらマークにプレッシャーを与えている。

 ラニウスは腕時計を確認した。マークが再びコートへ戻るまで、ローカルルールであと10分ある(観客席の子供たちがしばしばトイレに立ったりはしゃぐためだ)。

「マーク、相手の選手は強いか?」
「強いよ……僕よりずっと大きいし、サーブを打ち返すと手が痛いんだ」
「だが打ち返せてる」ラニウスはマークの隣に座り、硬くなった手のひらをマッサージした。「君は相手より体重も軽いし力も弱い。だが打ち返せてる」

 マークは怪訝そうに口をすぼめた。ラニウスが促すと水筒のドリンクを飲む。
 ラニウスはコートのスコアボードを指した。3-5。状況は危機的だが、試合開始直後は0-3だったことをラニウスだけが覚えていた。

「君はさっきのセットで3点取った。一点目は相手のミス、二点目はボレーショット、三点目は相手がボールを追うのをあきらめた。その後、相手は強烈なサーブとスマッシュで二点連続で点を取った」

 マークが頷く。ラニウスも頷いた。

「相手は君を恐れてる」
「嘘だ、僕なんて怖くないよ」
「いいや」

 ラニウスはサングラスをちょっとずらして、歓声が上がる相手サイドを見た。「相手はわかっているんだ。君に粘られたら終わりだと。君が粘り強くボールにかじり着いたら、必ず自分が先にしくじる。だからパワーで何とかしようと焦る」

 マークがラニウスの肩越しにちらっと相手を見た。それから

「僕はどうすればいい?」
「焦るな」ラニウスは言った。「それだけで相手が負けてくれる」

 後半戦のホイッスルが鳴った。「マーク!がんばれ!」観客席から激励が飛ぶが、マークは振り返らなかった。そのままコートに入り、ラケットを構える。
 後半戦はラリーの応酬だった。相手の激しいショットにマークはかじり着き、ボールは高く跳ね上がり、コースは平凡なものだった。だがその平凡なラリーに音を上げるのは、いつも相手側だった。
「マーク!決めろ!」スコアが盛り返し、周囲がそう急かしてもマークはただひたすらにボールを相手のコートへ打ち返した。安全に、必ず。

 そしてついにスコアは5-5と並び、6-5とマークが逆転した。さらに激しさを増す相手のボールに、ただただマークは食らいついた。相手はラケットをぶるんと振るう___バックアウト。

 スコア7-5。

「やった!」マークは審判が勝利宣言が言い終わらないうちに飛び上がった。「やったぞ!」
 
 ラニウスはサングラス越しに目を細め、そして試合後の握手へとマークを促す。相手先週はもはや顔をしかめる気力もないのか、汗を滴るほど垂らしてマークと握手を交わした。
 ラニウスは次の選手であるソフィアにウォーミングアップさせようと観客席を振り返った。
 感激するマークの両親、まだ幼い妹、そしてチームメイトたち。

 その一団から少し離れた最も最後列の隅に、ラフな格好に黒いキャップを目深にかぶった男が座っていた。

「コーチ?」
「____なんでもない。ソフィア、次は君の番だ。準備をして」

 ソフィアが小鹿のようにベンチから飛び降りてコートへ向かう。彼女は助言を必要としていなかった。ラニウスは黙ってソフィアを送り出し、入れ違いに戻ったマークの汗みずくの笑顔をかるくつねった。
 観客席最後列に座った男は、この日はラニウスと同じようなミラーレンズのサングラスをつけていた。髪もほとんどがキャップに仕舞われている。だが体格や座り方、そして一見地味なウインドブレーカーの肩についたロゴはその男がアレクシスだとラニウスに教えた。
 そしてラニウスが悟ったことをアレクシスもまた悟ったかのように、最後列の男はひらりと気取った仕草で手を振った。

「コーチ」ストレッチと軽いウォーミングアップを終えたソフィアがラニウスの手を引いた。「私もマークやケビンみたいに泣きべそかいたほうがいい?」

 ラニウスはコートへ向き直った。そして膝をつかず、腰ほどもない背丈の少女を見下ろしたまま(膝をついて目線を合わせるほうが彼女の機嫌を損ねる)言った。

「君の分は相手が泣いてくれる」
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