BUT TWO

寒星

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01 意外なオファー(Unexpected Offer)

02-02

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 マイアミ・ブルーシーズの勝利に沸き、そして水平線の向こうへ沈みゆく西日を追うように一人また一人と子供たちが帰路につく。
 最後まで自主練習に残っていたケビンとマークは、一旦先に妹や荷物を家に帰してくるとコートを離れた親が戻ってくるのを待っている間にすっかり寝入ってしまった。
 ラニウスは疲れて眠りこんだ二人に挟まれるようにして観客席に座っていた。その横顔を強烈な西日が焼き付ける。

 あるとき、その西日がふっと消えた。黒い日傘を携えたアレクシスが西日を遮るように傘をさし、斜め後ろに座っている。キャップを脱いで、サングラスはかけたまま。透けるような銀髪を手でかきあげる。

「ボランティアが趣味だなんて学生みたいだな」
「趣味じゃない」ラニウスは日傘の影に入るように右隣のケビンの頭を膝に乗せた。「双方の提示する条件が合致した。それだけだ」
「子供が好きか?」
「このチームが好きだ」
「……そ」

 その時、ケビンが寝返りを打った拍子にむにゃむにゃ言いながら目を開けた。「パパ?」

「パパはまだだ」ラニウスが言った。「もう少し寝てろ」

 ケビンの目はすぐに見慣れない男を見つけた。体を起こし、ラニウスの体を盾にするようにしてのぞき込む。

「誰?」
「ハーイ」アレクシスは落ち着きのある声で応じた。「こんにちは、俺は君たちのコーチの知り合いだ」
 ラニウスは黙っていた。ケビンはラニウスの顎のあたりを見上げ
「コーチの新しい恋人?」
 と口に手を当てて囁いた____本人は囁いたつもりだったのだろうが。ラニウスは当然、アレクシスの耳にもはっきりと聞こえた。アレクシスは平然と言った。「恋人? ああ、そうだよ。よろしく」

「恋人じゃない」
「ふーん、前の人より美人だね」
「ぼく、ルッキズムって知ってるか? 俺が美人なのは事実だが発言には気をつけろよ、炎上するぞ」
「やめろ」
「……コーチ、この人ほんとに恋人なの?」
「そうだぞガキ。だから敬語使え」
「違うと言ってる」

 そのとき、コートにケビンとマークの母親たちがやってきて息子を呼んだ。ケビンがマークをゆすり起して二人分のリュックを腕にぶら下げる。「行こう、マーク! 今日だけは持ってやる!」
 先に駆け出したケビンをマークは寝ぼけ眼のままで追いかけた。二人はもつれあうように互いにじゃれつきあいながらコートを走り抜け、そして外通路の曲がり角で見えなくなる。その寸前、二人の「”それだけで勝手に相手が負けてくれる”!」という歓声がこだました。

「マセガキが」アレクシスが傘を差しなおして言った。
「自己紹介か?」ラニウスは足元に置いていたスポーツバッグを手に取った。

 アレクシスがじろりとラニウスを睨んだ。ラニウスは右手に車のキーを持っていた。車はコート外の駐車場に停めてあった。シルバーのジープ・グランドチェロキー。歩けば十分とかからず乗り込み、そして帰宅できる。
だが、アレクシスが眠る子供たちに日傘の影を分け与えた件について、まだ誰もそれに報いていなかった。そしてここにはもうラニウスしかいなかった。

「ケビンとマークへの厚意に免じて空港までなら送ってやるが、どうする。それともタクシーを呼ぶか?」
「海が見たい」

 アレクシスは言った。西日を睨み返し、あっちか、と呟く。その声が存外無垢だったので、ラニウスもまた「あっちだ」と言った。溜息を誤魔化すためでもあった。「……少し待て、荷物を車に置いてくる」

 夕暮れの海はジンジャーエールのように輝いていた。砂浜に打ち付けては白く泡立ち、砂浜をオリーブ色に染めていく。
 サーファーや散歩する市民はちらほらといたが、強烈な西日がアレクシスの存在をかき消した。アレクシスは日傘を畳み(そして当然のようにラニウスに持たせ)、サングラスを外した。

「”目が痛い”んじゃなかったのか?」
「ブルーライトじゃないから平気だ」アレクシスは鼻で笑った。そして波打ち際に蠢く人々の黒い影を横目に歩いた。「海なんて……」

 潮風が吹き付け、人々がざわめき、誰も彼もが行き過ぎていく。彼らの頭の中は空腹を満たすこととシャワーを浴びることで一杯だ。
 アレクシスは時々立ち止まり、じっと海を眺めたりした。このときのアレクシスはひどく無口で、そして明らかに疲労を押し殺していた。

「何故来た? 観光というわけでもないだろう」
「お前が俺にくだらないでまかせを言ったのかどうかを確かめに来ただけだ」
「それだけなら別の人間を寄こせば済む」
「俺の横を歩かせるかもしれない奴を選ぶのに、他人になんて任せられるか」
 
 ラニウスは黙った。アレクシスの物言いには自分の矜持よりも、他人への軽蔑そのものが色濃く現れていた。むしろその不信感こそが彼の矜持なのかもしれなかった。
 昨日。
 スタジオで見た彼は常に自信に溢れ、生気に溢れていた。誰もが彼に従い、彼のために尽くすことに違和感すら抱かなかった。彼が横柄に振舞うことすら望んでいた。
 だが、今西日に照らされている彼は無口で、もう随分長い間飲まず食わずで歩き続けた老人のようだった。その目は悟りを開き、深い諦観に沈んでいる。一人だけ周囲とは異なる時間の流れにあって、周囲の鈍重さに辟易としているようにも見えた。

「疲れてるな」

 と、ラニウスが言った。アレクシスは少し遅れて反応し、そして挑発的に笑った。

「……今度は俺にラケットの振り方でも教えてくれるのか? それとも”焦るな”って?」
「テニスがしたいなら教えるが、それよりもまずは生活習慣を整えることだ」
「それが出来るならそうしてる」
「何故出来ない?」
「仕事があるからだ」
「仕事を管理しろ。仕事に管理されるな」

 管理部門は何をしている?
 そう言いかけて、ラニウスは口を噤んだ。アレクシスとその所属事務所が緊張関係にあることは既にいくつものウェブニュースやゴシップが報じている。
 だがアレクシスはその沈黙を「勘違いするなよ」と一蹴した。

「勘違いするな、俺は哀れな労働者じゃない。俺がやることのすべては俺の意思だ」

 アレクシスの瞳には輝きがあり、それは優美というよりも痩せぎすの獣が持つ激しい光だった。
 その瞳を見たとき、ラニウスには直感があった____この状況におけるすべては作為的なものだと。メディアや芸能業界にとって門外漢である自分が、その業界の最前線に立つ男とこうして向き合っていること、そして今感じているすべて。
 アレクシスに感じた好感すらも、それ自体は嘘ではないが、誘導されている。
 レイリーの顔が一瞬よぎった。だがラニウスは早々に、あの得体のしれない人生の先達者に対する疑念を捨てることにした。彼はかつてFBI捜査官として、そして今は管理者としてその職務に精励している。そのことに疑いはない。
 なにせラニウスが陸軍からFBIへ異動・・したとき、二年もの間ラニウスの面倒を見たのはレイリーだった。その二年間がもしすべて噓偽りだったとしても、ならば猶更レイリーはラニウスの尊敬を勝ち取るだけだ。

 ともかく、ラニウスは認めざるをえなかった。アレクシス・バックマンは傲慢な男ではあるが、その根幹には揺るぎない信条があり、規則がある。彼はその自らが定めた規律を守るべくして自分の体に鞭を打っている。
 その価値観や振る舞いは、ラニウスが愛さざるを得ないあり方だった。
 ラニウスは車から持ち出してきた未開封のペットボトルを差し出した。

「なんだよ?」アレクシスは眉を寄せた。
「水だ」
「はあ?」
「水を飲め」

 アレクシスはぽかんとしていたが、差し出されたペットボトルが完全に未開封であると察して受け取った。滴るほど結露に濡れたペットボトルのふたを開け、一口飲む。それから勢いよく半分ほど飲み干した。

「飲み終わったら空港まで送る」
「なんだ? 急に」
「ビジネスクラスかファーストクラスだろう。出発までラウンジで寝ろ」
「命令するな」
「睡眠をとることを推奨する」

 アレクシスはラニウスを数秒見つめた。それから「そうする」と小さく呟いた。
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