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02:アッチェレランド:だんだん速く
09−05 最後の駆け
しおりを挟む「俺は何の目的でフロスト区へ行くか伝えていたか?」
「聞いていない。だが、どうせウィンター——氏にでも会うつもりだったんだろう」
「何故そう思う? 俺の担当だったからというだけでは固執出来ないだろ」
「そのウィンターと」
そこまで言うと、ミランは出かかった言葉を堰き止めるように歯を噛んだ。白く綺麗で、隙間のない歯並びだった。ぼんやりとケヴィンはそう思った。
「ウィンター氏とあなたが以前会っているのを見たことがある、とだけ言っておく。細かいディティールは聞かないでくれ、言いたくもないし、思い出したくもない」
「仕事に支障が出るようなら聞かないさ」
「たいへん親しげな様子だった、顔を顰めたくなるほどには」
「聞いてないからな、俺は」
ミランがペリエを飲んだ。まだ炭酸が抜けていないだろうに結構な量を一気に飲む。それでいて咽せることもなく飲み干すのだ。
「で、どうする?」
「何が」ミランはもう一口ペリエを飲むか迷っているようだ。
「恋人同士なんだろ? 俺たちは」
パキ、と乾いた音がした。
「キスでもしておくか? コーヒーと煙草の後で良いなら」
「……結構だ」
「だろうな」
「勘違いしないでくれ。時間がないんだ」
ミランがペリエの残りを飲み干した。そして空になったボトルの底で壁の時計を指す。
十七時四十五分。そろそろ動き出さなければならない。だがどう考えても一分は余裕がある。
「お前」ケヴィンが片方の眉を歪めた。「もしかしてムードから作らないと気が済まないタイプか?」
だが、ミランは首を横に振った。そして感情の読めない白い目をケヴィンへ向けた。
「五、」首を振る。「十分は欲しい」
「やっぱり、無いな。お前とだけは」
「ドミトリを起こしてきてくれ。本当に寝てるなら起こすのに時間がかかる」
「了解、ボス」
背中に突き刺さる氷のような視線を手で払い落とし、ケヴィンはスタジオを出た。
ドミトリは一階にある空室の一つにいた。そこは楽屋のように一段高いフロアが部屋の半分を占めており、そこに簡単なハンガーラックやドレッサー、テーブルとソファベッドがある。ドミトリは背もたれを倒して出来たベッドに、スタジオを後にしたままの格好で横向きに寝ていた。両耳にはイヤホンが差し込んである。
「ボス」と、ケヴィンは呼びかけた。「ボス二号、パパ? ママが起きろと言ってる」
ドミトリはピクリともしない。健やかな寝息は礼儀正しい子供のようだ。大きなオムライスでトランポリンでもする夢を見ているのかもしれない。
だが今はそのオムライスの頂上にあるオムレツを破き、チキンライスをぶちまけなければならない。ケヴィンはドミトリの耳に付けられたままのイヤホンを抜いた。
途端、ブウン、という巨大な虫の羽音に似た音が漏れる。
ギョッとしてイヤホンを自分の耳に当てると、続け様にガシャガシャと瓦礫が崩れるような音が続く。
「むぐ」
それはドミトリの口から漏れた声だった。有線イヤホンが張り詰めて、下にしている耳にもう片方が引っかかったらしい。
ケヴィンはイヤホンが接続された携帯を拾い上げた(それはドミトリの腹のそばに転がっていた)。携帯は有名な動画投稿サイトのページを開いている。動画を再生中に眠ったらしい。
再生中の曲名、この場合は動画名が横長の画面に流れていく——エンダー廃棄工場、その作業音。
ギギイイ! と鋼鉄を切断する重々しいチェーンソーの回転音がイヤホンから聞こえてくる。
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