セーニョまで戻れ

寒星

文字の大きさ
34 / 85
02:アッチェレランド:だんだん速く

09−05 最後の駆け

しおりを挟む

「俺は何の目的でフロスト区へ行くか伝えていたか?」
「聞いていない。だが、どうせウィンター——氏にでも会うつもりだったんだろう」
「何故そう思う? 俺の担当だったからというだけでは固執出来ないだろ」
「そのウィンターと」
 そこまで言うと、ミランは出かかった言葉を堰き止めるように歯を噛んだ。白く綺麗で、隙間のない歯並びだった。ぼんやりとケヴィンはそう思った。
「ウィンター氏とあなたが以前会っているのを見たことがある、とだけ言っておく。細かいディティールは聞かないでくれ、言いたくもないし、思い出したくもない」
「仕事に支障が出るようなら聞かないさ」
「たいへん親しげな様子だった、顔を顰めたくなるほどには」
「聞いてないからな、俺は」
 ミランがペリエを飲んだ。まだ炭酸が抜けていないだろうに結構な量を一気に飲む。それでいて咽せることもなく飲み干すのだ。
「で、どうする?」
「何が」ミランはもう一口ペリエを飲むか迷っているようだ。
「恋人同士なんだろ? 俺たちは」
 パキ、と乾いた音がした。
「キスでもしておくか? コーヒーと煙草の後で良いなら」
「……結構だ」
「だろうな」
「勘違いしないでくれ。時間がないんだ」
 ミランがペリエの残りを飲み干した。そして空になったボトルの底で壁の時計を指す。
 十七時四十五分。そろそろ動き出さなければならない。だがどう考えても一分は余裕がある。
「お前」ケヴィンが片方の眉を歪めた。「もしかしてムードから作らないと気が済まないタイプか?」
 だが、ミランは首を横に振った。そして感情の読めない白い目をケヴィンへ向けた。
「五、」首を振る。「十分は欲しい」
「やっぱり、無いな。お前とだけは」
「ドミトリを起こしてきてくれ。本当に寝てるなら起こすのに時間がかかる」
「了解、ボス」
 背中に突き刺さる氷のような視線を手で払い落とし、ケヴィンはスタジオを出た。
 ドミトリは一階にある空室の一つにいた。そこは楽屋のように一段高いフロアが部屋の半分を占めており、そこに簡単なハンガーラックやドレッサー、テーブルとソファベッドがある。ドミトリは背もたれを倒して出来たベッドに、スタジオを後にしたままの格好で横向きに寝ていた。両耳にはイヤホンが差し込んである。
「ボス」と、ケヴィンは呼びかけた。「ボス二号、パパ? ママが起きろと言ってる」
 ドミトリはピクリともしない。健やかな寝息は礼儀正しい子供のようだ。大きなオムライスでトランポリンでもする夢を見ているのかもしれない。
 だが今はそのオムライスの頂上にあるオムレツを破き、チキンライスをぶちまけなければならない。ケヴィンはドミトリの耳に付けられたままのイヤホンを抜いた。
 途端、ブウン、という巨大な虫の羽音に似た音が漏れる。
 ギョッとしてイヤホンを自分の耳に当てると、続け様にガシャガシャと瓦礫が崩れるような音が続く。
「むぐ」
 それはドミトリの口から漏れた声だった。有線イヤホンが張り詰めて、下にしている耳にもう片方が引っかかったらしい。
 ケヴィンはイヤホンが接続された携帯を拾い上げた(それはドミトリの腹のそばに転がっていた)。携帯は有名な動画投稿サイトのページを開いている。動画を再生中に眠ったらしい。
 再生中の曲名、この場合は動画名が横長の画面に流れていく——エンダー廃棄工場、その作業音。
 ギギイイ! と鋼鉄を切断する重々しいチェーンソーの回転音がイヤホンから聞こえてくる。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

処理中です...