月より遠い恋をした

カエデネコ

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第70話

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 梅雨の合間の晴れ間で、ハウスの中はジメジメ暑い。ムワッとするような空気とトマトの良い匂い。

 トマトの苗が大きくなってきて、青い実が少し色づいているのもある。私も種をポットに蒔くのを手伝ったので、なんだかここまで大きくなると、嬉しくて可愛く感じてしまう。

 葉に触れると香りが強くなり、トマトの匂いがしてくる。隣に植えてある緑の葉はなんだろう?ハーブ?匂いが混ざりあうとなんだか……どこかで食べたことある物が頭に浮かんでくる。

「トマトはハウスの中で育てるんですね?トマトの横に植えてある葉っぱはなんですか?」

「そうそう。トマトは雨に弱くて根腐れしてしまうからこっちのほうが安全なんだ。横のハーブはバジル。トマトの水分調節に良いんだ。トマトが甘くなる。コンパニオンプランツっていう方法なんだ」

「バジル……あっ!だからパスタとかピザとかの匂いがするんだって思いました」

「アハハ!なるほどね!美味しそうな匂いだった?トマトがたくさん採れるようになったらパスタやピザを作るよ」

 イタリアンの方も作れるのね……。自家製トマトソース美味しいよと言う。私、いつか料理の腕、追い付けるのかな……。

 そんなことを話しつつ、ハサミで丁寧に脇芽をとっていく作業をしている。私も間違えないようにと、ドキドキしながらしているので、手は遅い……千陽さんはいつもテキパキとしていて、あっという間に終わる。

 ハウス横にある水道の蛇口をひねり、ハンドソープをつける。手を洗うと……。

「千陽さん……私の手の泡が、黄色いです!」

「え?……アハハ!桜音ちゃん、素手でトマト触ったね!?」

「トマトの脇芽をとったやつ、集める時に手袋外していました。……あっ!そのせい!?」
 
「そうだよー。手袋、なるべくしてないとダメだよ。茄子のヘタも触るとトゲトゲしてて、痛い。たまに刺さるから意外と野菜も危険なんだよ」

 新鮮すぎる野菜はすごい……。

「私、キュウリや茄子がこんなにトゲトゲしてるって初めて知りました。私、負けてます」

「え!?勝ち負けなの……!?時々、桜音ちゃんは面白いこというよね。茄子の棘は僕も刺さるよ」

 可笑しそうに笑って、私の脱ぎ捨てた手袋を持ってきてくれて、ちゃんとつけるように渡………ええっ!? 

 手を握られて、つけられる!?自分でできます……と思ったけど声は出なかった。

「手が荒れるし、傷ついたら困るし、なるべく手袋していてよ」
 
 ハイ……とドキドキした心臓の音を隠すように返事をした私だった。私ばっかりドキドキしてる。千陽さんみたいに、余裕ある人になりたいなぁ。パッと顔をあげると顔が近くて……目が合う。千陽さんはなぜか慌てたように目をそらして、手を離す。

 そして、いきなりさっき捨てたトマトの脇芽の話をする。

「そういえば……トマトは強くてさ、桜音ちゃんがとってた脇芽、それを植えておくと、根がついて大きくなる」

「えっ!?これ……食べれるくらいになるんですか!?」

「なるよ。育ててみる?」

 してみたいです!と言うと千陽さんは野菜のポットに土を無造作に入れて、トマトの脇芽をグサッと刺した。

「これでいいよ。水を最初のうちは根付くまでこまめにあげるといいよ。根付いたら、大きい植木鉢かプランターに植え替えしてね」

「こ、これだけで!?できるんですか!?」

「できるんだ。トマトの生命力すごいだろ?」

 私はもらったトマトのポットを持ち帰って育ててみることにした。 
 
 家へ帰る前にふと、明日から月曜日で学校だと気づく。

 あれから松沢くんは教室で何度も声をかけてきたり、電車に乗るとわざわざ同じ車両に来たりする。
 
 それに「新居って塾とか行ってないのに頭良いよなぁ?勉強教えてよ」とか「一人暮らしって聞いたけどほんと!?なんで!?」とか、すごく踏み込んでくる。

 明日から月曜で、また電車で会うのかなと思って、なんとなく憂鬱なため息がはぁ……と出たのだった。

 茉莉ちゃんが言うように私だけ好意を持っている感じではなく、クラスの皆にも好かれてていつも彼の周りは賑やかで友達がたくさんいた。

 悪い人じゃないのに、ちょっとめんどくさい人だなって気持ちを持っちゃう私自身が問題あるのかもしれないと罪悪感を感じてしまう。

「ん?どうしたの?」
 
 千陽さんが私の少し暗い雰囲気に気づく。

「明日から月曜なので、なんだか憂鬱なんです」

「なるほど……じゃあ、僕は元気になれるように美味しいお弁当作るよ。何かリクエストある?」

「いつもお弁当には元気もらってます!そんな……リクエストなんて……あ!でもトマトのなにか食べたいです。トマトのスイッチ入りました」

 わかったよ~とニコニコする千陽さん。その笑顔だけで、元気になれそう……と私もニッコリしたのだった。

 
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