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第75話
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花火大会の夜、出かける前、栗栖家は騒々しかった。
「おばあちゃーん!帯ってどこかしら?」
「やだ、早絵さん、昨日、茶の間に置いていましたよ」
そうだったわねとバタバタしてる母さん。しばらくして、ヒョコッと居間に桜音ちゃんが現れた。深い紺色の浴衣に朝顔の模様。髪の毛は少し横に垂らして、横は編み込みし後ろの髪は纏めあげ、白いうなじがきれいに見える。
僕の顔を見て、母さんがニヤッとした。
「あー、千陽、お礼は良いのよ~。ふふふっ。あんたのその顔、何も言わなくてもわかるわよ~。母さんに感謝しなさい!」
母さんが桜音ちゃんにせっかくだから浴衣にしなさいよ。着せてあげるから!と言って勧めていたから、確かに母さんのおかげだけど……。
息子の心を見透かすなと思う。でも僕が見惚れていたことは事実で、それは顔と態度に出ていたらしい。
頬を赤くして、桜音ちゃんは言う。
「早絵さん、ありがとうございます。私、浴衣着たいなって思っていたんですけど、着れないので諦めてました……あの……千陽さん、浴衣似合ってます!素敵です!」
「えっ!?僕のこと!?……いや、桜音ちゃんには敵わないよ。似合ってるよすごく……」
今、ここで褒められるのは僕じゃないだろ!?
母さんがニヤニヤし、ばあちゃんとじいちゃんは素知らぬ顔でテレビを見ているが聞き耳たてているのがわかる。父さん……絶対寝たふりだよな?
だから、それ以上は言えなかった。さっさと行こう……。
「じゃあ、行こうか」
ハイと言って、車に乗る。花火大会の会場は三十分ほど走るとあるけど、混んでるところが嫌だから、海にかかる橋で見ることにする。花火を狙って、やってきたのは僕たちだけじゃなくて、何組かいた。けっこう橋から見る花火スポットは有名だ。
「はい。ジュース」
「準備良いですね」
アハハと僕は笑う。
「準備ってほどのものじゃないな。いつも花火大会は新太のところの船で飲み会だからね。用意するのはジュースの一、二本って量じゃないんだ」
「あっ!新太さんたちは良かったんでしょうか?」
「いつも飲んでるメンバーだから、まったく気にしないで大丈夫だよ」
そうですか?と言いつつ、冷たいジュースを口にする桜音ちゃん。新太が桜音ちゃんのことを船の飲み会に誘っていたことは内緒にしておく。あいつらに、絶対浴衣の桜音ちゃんは見せたくないな。
「私、冬になったら運転免許とりますね。そしたら、私が運転するから、千陽さん、来年は飲めます」
来年も……来年もここにいてくれるのかな?そんなことをふと思いつつ、ありがとうと僕は言う。
橋の下にはゆらりゆらりと暗い海が揺れている。街の明かりが向こう側に見える。そろそろ開始時間になる。
「あの……私、実は……」
なにかを桜音ちゃんが言おうとした瞬間、ヒュウと音がしてパッと赤い花が夜空に咲いた。ドンッと重い音がなる。続けざまに黄色の大きいな花。ドンッとまた耳に響く音が続いていく。
溶けるように流れる火花。パッと花びらが舞う夜空。
「うわぁ。綺麗ですね。ほら!あれ、ハートの形の花火でしょうか!?」
花火に桜音ちゃんの目は負けないくらいキラキラしてて、楽しそうだった。時々、僕の浴衣の袖を引っ張って、見てください、今の見てました?と聞く。
僕はそんな彼女が可愛くて愛おしくなる。つい花火より桜音ちゃんの方を見てしまうというか、目がいってしまう。
消えてはまた咲く花火に魅入る。チカチカと煌めいて、消える。最後はどんどん息をつく暇もないくらいのスピードで花火が打ち上げられていく。明るく光る空。
花火会場には聞こえないだろうけど、橋の上の観客たちは花火師たちに称賛の拍手を最後におくった。僕と桜音ちゃんも手を叩く。
突然終わる花火。静けさを取り戻す空と海。 ふと横を見ると、じっと黒い目で、僕を見る桜音ちゃんがいた。何を思っているのかはわからないけど、目が合うと、ニコッと笑い返してくれる。
「桜音ちゃんが、いつか今日のことを忘れてしまう日が来ても、僕はずっと覚えていると思う」
「私も覚えています。千陽さんと花火を観れたこと、ほんとに嬉しいんです。私にとってこの恋は奇跡みたいなもので……」
花火が終わったあとの煙が残る空、海面に月が静かに姿を揺らめかせて映っている。
……そっと手を伸ばして、抱き寄せる。桜音ちゃんは何も言わずに海に映ってる月のように静かに僕の腕の中におさまった。
ずっと傍に居て欲しい。遠くに行かないで欲しい。そんな願いを口にしたい。最後の花火じゃないって思いたい。僕は桜音ちゃんの選ぶ道を見守るんじゃなくて、物分りの良い大人ぶった自分を捨てて、僕の傍にただ居てほしいんだって言いたかった。
でも桜音ちゃんには自由に進路を選んで欲しい。……ギュッと腕に力をこめる。僕は強さが欲しい。僕のために君のために、覚悟を忘れないようにしたい。
「おばあちゃーん!帯ってどこかしら?」
「やだ、早絵さん、昨日、茶の間に置いていましたよ」
そうだったわねとバタバタしてる母さん。しばらくして、ヒョコッと居間に桜音ちゃんが現れた。深い紺色の浴衣に朝顔の模様。髪の毛は少し横に垂らして、横は編み込みし後ろの髪は纏めあげ、白いうなじがきれいに見える。
僕の顔を見て、母さんがニヤッとした。
「あー、千陽、お礼は良いのよ~。ふふふっ。あんたのその顔、何も言わなくてもわかるわよ~。母さんに感謝しなさい!」
母さんが桜音ちゃんにせっかくだから浴衣にしなさいよ。着せてあげるから!と言って勧めていたから、確かに母さんのおかげだけど……。
息子の心を見透かすなと思う。でも僕が見惚れていたことは事実で、それは顔と態度に出ていたらしい。
頬を赤くして、桜音ちゃんは言う。
「早絵さん、ありがとうございます。私、浴衣着たいなって思っていたんですけど、着れないので諦めてました……あの……千陽さん、浴衣似合ってます!素敵です!」
「えっ!?僕のこと!?……いや、桜音ちゃんには敵わないよ。似合ってるよすごく……」
今、ここで褒められるのは僕じゃないだろ!?
母さんがニヤニヤし、ばあちゃんとじいちゃんは素知らぬ顔でテレビを見ているが聞き耳たてているのがわかる。父さん……絶対寝たふりだよな?
だから、それ以上は言えなかった。さっさと行こう……。
「じゃあ、行こうか」
ハイと言って、車に乗る。花火大会の会場は三十分ほど走るとあるけど、混んでるところが嫌だから、海にかかる橋で見ることにする。花火を狙って、やってきたのは僕たちだけじゃなくて、何組かいた。けっこう橋から見る花火スポットは有名だ。
「はい。ジュース」
「準備良いですね」
アハハと僕は笑う。
「準備ってほどのものじゃないな。いつも花火大会は新太のところの船で飲み会だからね。用意するのはジュースの一、二本って量じゃないんだ」
「あっ!新太さんたちは良かったんでしょうか?」
「いつも飲んでるメンバーだから、まったく気にしないで大丈夫だよ」
そうですか?と言いつつ、冷たいジュースを口にする桜音ちゃん。新太が桜音ちゃんのことを船の飲み会に誘っていたことは内緒にしておく。あいつらに、絶対浴衣の桜音ちゃんは見せたくないな。
「私、冬になったら運転免許とりますね。そしたら、私が運転するから、千陽さん、来年は飲めます」
来年も……来年もここにいてくれるのかな?そんなことをふと思いつつ、ありがとうと僕は言う。
橋の下にはゆらりゆらりと暗い海が揺れている。街の明かりが向こう側に見える。そろそろ開始時間になる。
「あの……私、実は……」
なにかを桜音ちゃんが言おうとした瞬間、ヒュウと音がしてパッと赤い花が夜空に咲いた。ドンッと重い音がなる。続けざまに黄色の大きいな花。ドンッとまた耳に響く音が続いていく。
溶けるように流れる火花。パッと花びらが舞う夜空。
「うわぁ。綺麗ですね。ほら!あれ、ハートの形の花火でしょうか!?」
花火に桜音ちゃんの目は負けないくらいキラキラしてて、楽しそうだった。時々、僕の浴衣の袖を引っ張って、見てください、今の見てました?と聞く。
僕はそんな彼女が可愛くて愛おしくなる。つい花火より桜音ちゃんの方を見てしまうというか、目がいってしまう。
消えてはまた咲く花火に魅入る。チカチカと煌めいて、消える。最後はどんどん息をつく暇もないくらいのスピードで花火が打ち上げられていく。明るく光る空。
花火会場には聞こえないだろうけど、橋の上の観客たちは花火師たちに称賛の拍手を最後におくった。僕と桜音ちゃんも手を叩く。
突然終わる花火。静けさを取り戻す空と海。 ふと横を見ると、じっと黒い目で、僕を見る桜音ちゃんがいた。何を思っているのかはわからないけど、目が合うと、ニコッと笑い返してくれる。
「桜音ちゃんが、いつか今日のことを忘れてしまう日が来ても、僕はずっと覚えていると思う」
「私も覚えています。千陽さんと花火を観れたこと、ほんとに嬉しいんです。私にとってこの恋は奇跡みたいなもので……」
花火が終わったあとの煙が残る空、海面に月が静かに姿を揺らめかせて映っている。
……そっと手を伸ばして、抱き寄せる。桜音ちゃんは何も言わずに海に映ってる月のように静かに僕の腕の中におさまった。
ずっと傍に居て欲しい。遠くに行かないで欲しい。そんな願いを口にしたい。最後の花火じゃないって思いたい。僕は桜音ちゃんの選ぶ道を見守るんじゃなくて、物分りの良い大人ぶった自分を捨てて、僕の傍にただ居てほしいんだって言いたかった。
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