月より遠い恋をした

カエデネコ

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第83話

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 8月の終わりには稲刈りが始まる。

 ザクザクとコンバインが入れるように田の端っこの稲は手作業で刈る。桜音ちゃんが鎌を使って、母さんに教えてもらいながら、刈っている。稲を左手で一束グッと持って釜をスライドさせる。ザクッと音がして刈られた。

「ちょっとー。ハラハラして見ていないでコンバイン動かしなさいよ。桜音ちゃんは大丈夫よ。上手にしてるわよ」

 母さんが僕にそう言う。わかってるよ!とコンバインにヒョイッと乗ると、エンジンをかける。キャップ帽子を被り直す。

 手を切らなきゃいいけど……と心配してしまったけど、すごく上手くなっていて、テキパキと稲を束にして、あぜ道に並べている。

「このくらい刈ったら、コンバイン田んぼに入れますか?」

「えっ!……あっ!うん!ありがとう。もう大丈夫だよ」

 桜音ちゃんにいきなり言われて、じっと見ていたことがバレないように、目をそらして、ハンドルを握る。

 金色になった稲穂の中をザクザクと刈り進んで行く。田の中の一本の線になる。端まで行ったらグルっと回る。

 ダダダダダという音。溜まっていくお米。草や稲の香りがする。

 桜音ちゃんの居るところまでもう一度戻る。近づきすぎると粉で痒くなるから、コンバインから離れるようにと母さんに言われている。

 刈り取ったところにはバッタやカエルがピョンピョン慌てて飛び出して逃げていく。

 父さんがしばらくしたら軽トラを持ってくる。コンバインの米が満タンになったというブザーが鳴り出す。ホースのような部分を伸ばして、コンバインの大きな袋へザーーーっと米を入れていく。まだもみ殻が被った状態の米達がどんどん入っていく。

 満タンになったら、父さんがトラックを運転して、納屋の乾燥機へ入れに行く。僕はまた延々とコンバインを動かす。

 桜音ちゃんは退屈じゃないのかな?とちらっと見ると、せっせと次の田んぼにコンバインが入れるように刈っている。まだ気温が高いし、暑くないかな?顔、赤すぎないかな?水分とってるかな?僕はコンバインの座席に置いた飲み物を時々飲んでるけど……水分補給してるかな?

 次に米を入れるときに止まったら、ちゃんと水を飲むようにとか無理しないようにって言おう。

 どんどん田んぼが寂しげになっていく。稲穂の無い田んぼを見ると……秋が本格的にやってくることを感じる。青い空もどことなく高い秋の空。時々、目の前をトンボがビュンとすごいスピードで通り過ぎていった。

「みんなー!飲み物を持ってきたよ!」

 由佳さんが差し入れを持ってきてくれた。冷たいジュースやお茶を各自、好きな物を手に取った。シュワッとしたレモン入りの炭酸水がサッパリ美味しい。桜音ちゃんはスポーツドリンクにしている。

「そういえば、由佳さん、ありがとうございました。お父さんが家は私に残してくれるって言ってくれたんです」

 パッと由佳さんが明るい笑顔になった。

「ほんと!?よかったー!……もうひと暴れしなきゃダメかと思ってたわ」

 あ、暴れる!?どういうことだろう!?状況を見ていなかった僕はちょっと不安になった。由佳さんがその僕の視線に気づいて、やーねー!たいしたことしてないのよー!と笑う。

「皆、稲刈りが終わったら焼き肉か寿司を奢るからな。皆で食べに行こう。由佳さんも透《とおる》も!あと、樹《いつき》にもそう言っておいてくれ。農協はこの時期、大変だろう」

 父さんがそう言うと、ハーイと由佳さんが返事をした。

「桜音ちゃんもな」

「え!私もですか!?いいんですか?」

 父さんがもちろんだと言う。

「お礼といいつつ、皆で賑やかに食べたり飲んだりしたいだけなのよ。気にしないで来てちょーだい!」

 母さんにそう言われて、言い当てられた父さんは肩をすくめつつ、さて、皆、もうひと頑張りするぞーと声をあげたのだった。

 家族って良いですよねと呟く桜音ちゃん。

「あら、もう桜音ちゃんも栗栖家の家族じゃないのー!」

 アッハハー!と笑う母さんにややうつむき加減に頬を染めて、ありがとうございますと嬉しそうに言う桜音ちゃん………これはっ!

 ポンッと由佳さんが僕の肩を叩いてボソッと言った。

「可愛すぎるわ……ちゃんと卒業まで耐えなさいよ?」

「由佳さん……」

 僕の心読まないで……。
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