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第50話
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「今回はたまたま無事だったからよかったんだ。はっきりいって、フランとシアを狙った事件は何も解決していない」
ヴォルフがすでに殴られたことなど忘れたように飄々としている。頬にも筋肉あるのか?頑丈な男だと呆れる。
「でもあれから何もないんやし、ちょっと敏感になりすぎちゃう?」
「相手が手出しできない状況を作り出している。だから何も起きないとも言えるだろう」
「せやかて、いつまでもこんなこと……」
言い合いになりかけたところで、ドアがノックされる。どうぞと言われて入ってきたのはシアだった。
「お仕事中、失礼いたします」
オレとヴォルフは静かになる。
「あの、アル?……その……ちょっといいでしょうか?」
躊躇いながらはにかむような様子にヴォルフが察して部屋からスーーーッと消えた。オレは少し戸惑う。こんなシア、あまり見たことがない。
「どうしたんだ?」
「えっと……二つお願いしたいことがあるんです」
珍しい。お願いごとだって?こんな夜に来ることもなかなかない。少しドキリとした気持ちを隠すように、オレは立ち上がる。たまにはいいかなと赤色の葡萄酒を棚から出す。
「よかったら飲むか?」
「いいんですか?」
「いいよ。たまにこうやって誰かと夜に飲みたい時がある」
「ヴォルフさんやシリルさんとも飲むんですか?」
「あまりないな。一人で飲むことが多い」
グラスに赤い色の飲み物が注がれていく。グラスを一つシアに渡した。ありがとうございます。と受け取る。
「これはうちの領地内でとれた葡萄を使っていて、一番よくできたワインを毎年、もらうんだ」
「それは貴重なもので、うれしいですね」
「そうか?一般的に流通しているものだけどな」
いいえとシアは微笑んだ。
「一生懸命、葡萄を作り、お酒にする。その工程を行った人たちの労働力が詰まっているものですもの。悪天候でも体がしんどい日があっても、頑張って作ってくださったんです。その中で一番良い葡萄酒をアルに献上するなんて、アルは好かれている領主だと思います」
こんなことを……思って飲んだことなんてない。すごいなとオレはグラスを持ったまま、シアから目が離せなかった。彼女はオレの視線を感じて、しまった!とばかりに口を抑えた。
「ご、ごめんなさい。こんな生意気なこと言って……」
「なぜ謝るんだ?むしろオレはそんな考え方をするシアがすごいと感心してしまった」
そのオレの言葉を聞いて、シアは眉を泣きたそうにハの字にさせる。
「そんな顔をなぜするんだ?」
「以前、似たようなことをオースティン殿下に申しました。その時は生意気だ口を閉じていろと怒鳴られました」
「オースティンなら言いそうだな。葡萄酒一つに領民に思いをはせて、感謝の気持ちを持てるシアがオレは好きだよ。もし、オレが領民に対して感謝の気持ちを持てずにいたら、今のように気付かせてほしい。とても貴重な意見だった」
シアの頬が赤い。……酒、弱いのか?
「アルは時々、罪作りです」
「え?罪??」
ボソッと小さく放った言葉をシアは打ち消すように葡萄酒を口にして、そして、オレを見た。
「お願いごとと言うのはフランの誕生日のことなのです。ささやかでもいいので、パーティーをしてもよろしいですか?」
「誕生日か!もちろんだ。ささやかと言わずに盛大でもいい」
「大きなものでなくともいいんです。アルの予定が大丈夫でしたら、三人でお祝いしたいと思ったんです」
可愛いお願い事に、思わず微笑んでしまう。『三人で』と言われたことも嬉しい。
「オレも誘ってくれるなんて、うれしいよ。もちろん。一緒に祝おう」
それで……二つ目のお願いです。と彼女は言った。
―――アルの誕生日も祝いましょう。
そう言ってくれたのだった。オレは思わず目を見開く。
心の奥が温かいものが生まれ、灯がともるのを感じた。
誕生日を祝おうと言ってもらえたのは、いつぶりだろう?幼い頃の幸せだった記憶が蘇る。
早くに両親が亡くなって、兄弟もいない。親戚は若いオレが公爵になろうとするのを阻もうと、敵だらけだったから信用などできない。陛下は優しかったが、公爵となることを考えると甘えることなど許されない。むしろ陛下を支えなければならない立場である。
これが家族か。一緒に食事をしたり誕生日を祝ったりすること。一人が三人になったこと。オレはフランに『お父様』と言われてうれしい気持ちになるのはなぜだろうと思っていた。王家の血が入っていて、公爵家の後継者にちょうどいい条件だという思いだけだったのに、いつしかオレは変わっていた。
ずっと孤独だったのかもしれない。気づかないようにしていた。周りには友もいたから、一人でも大丈夫だと思っていた。でも違っていたんだなと気づかされた。
ありがとう家族になってくれて。そうシアとフランに言いたい。
シアが頬を染めつつ、葡萄酒を飲む姿を愛しく大切にしたいと思うのは、家族だと思うからだろうか?彼女がずっとそばにいてくれればいいのにと思ってしまう。
……契約一つで、いつまで君の心を縛れるのかはわからないけれど。
ヴォルフがすでに殴られたことなど忘れたように飄々としている。頬にも筋肉あるのか?頑丈な男だと呆れる。
「でもあれから何もないんやし、ちょっと敏感になりすぎちゃう?」
「相手が手出しできない状況を作り出している。だから何も起きないとも言えるだろう」
「せやかて、いつまでもこんなこと……」
言い合いになりかけたところで、ドアがノックされる。どうぞと言われて入ってきたのはシアだった。
「お仕事中、失礼いたします」
オレとヴォルフは静かになる。
「あの、アル?……その……ちょっといいでしょうか?」
躊躇いながらはにかむような様子にヴォルフが察して部屋からスーーーッと消えた。オレは少し戸惑う。こんなシア、あまり見たことがない。
「どうしたんだ?」
「えっと……二つお願いしたいことがあるんです」
珍しい。お願いごとだって?こんな夜に来ることもなかなかない。少しドキリとした気持ちを隠すように、オレは立ち上がる。たまにはいいかなと赤色の葡萄酒を棚から出す。
「よかったら飲むか?」
「いいんですか?」
「いいよ。たまにこうやって誰かと夜に飲みたい時がある」
「ヴォルフさんやシリルさんとも飲むんですか?」
「あまりないな。一人で飲むことが多い」
グラスに赤い色の飲み物が注がれていく。グラスを一つシアに渡した。ありがとうございます。と受け取る。
「これはうちの領地内でとれた葡萄を使っていて、一番よくできたワインを毎年、もらうんだ」
「それは貴重なもので、うれしいですね」
「そうか?一般的に流通しているものだけどな」
いいえとシアは微笑んだ。
「一生懸命、葡萄を作り、お酒にする。その工程を行った人たちの労働力が詰まっているものですもの。悪天候でも体がしんどい日があっても、頑張って作ってくださったんです。その中で一番良い葡萄酒をアルに献上するなんて、アルは好かれている領主だと思います」
こんなことを……思って飲んだことなんてない。すごいなとオレはグラスを持ったまま、シアから目が離せなかった。彼女はオレの視線を感じて、しまった!とばかりに口を抑えた。
「ご、ごめんなさい。こんな生意気なこと言って……」
「なぜ謝るんだ?むしろオレはそんな考え方をするシアがすごいと感心してしまった」
そのオレの言葉を聞いて、シアは眉を泣きたそうにハの字にさせる。
「そんな顔をなぜするんだ?」
「以前、似たようなことをオースティン殿下に申しました。その時は生意気だ口を閉じていろと怒鳴られました」
「オースティンなら言いそうだな。葡萄酒一つに領民に思いをはせて、感謝の気持ちを持てるシアがオレは好きだよ。もし、オレが領民に対して感謝の気持ちを持てずにいたら、今のように気付かせてほしい。とても貴重な意見だった」
シアの頬が赤い。……酒、弱いのか?
「アルは時々、罪作りです」
「え?罪??」
ボソッと小さく放った言葉をシアは打ち消すように葡萄酒を口にして、そして、オレを見た。
「お願いごとと言うのはフランの誕生日のことなのです。ささやかでもいいので、パーティーをしてもよろしいですか?」
「誕生日か!もちろんだ。ささやかと言わずに盛大でもいい」
「大きなものでなくともいいんです。アルの予定が大丈夫でしたら、三人でお祝いしたいと思ったんです」
可愛いお願い事に、思わず微笑んでしまう。『三人で』と言われたことも嬉しい。
「オレも誘ってくれるなんて、うれしいよ。もちろん。一緒に祝おう」
それで……二つ目のお願いです。と彼女は言った。
―――アルの誕生日も祝いましょう。
そう言ってくれたのだった。オレは思わず目を見開く。
心の奥が温かいものが生まれ、灯がともるのを感じた。
誕生日を祝おうと言ってもらえたのは、いつぶりだろう?幼い頃の幸せだった記憶が蘇る。
早くに両親が亡くなって、兄弟もいない。親戚は若いオレが公爵になろうとするのを阻もうと、敵だらけだったから信用などできない。陛下は優しかったが、公爵となることを考えると甘えることなど許されない。むしろ陛下を支えなければならない立場である。
これが家族か。一緒に食事をしたり誕生日を祝ったりすること。一人が三人になったこと。オレはフランに『お父様』と言われてうれしい気持ちになるのはなぜだろうと思っていた。王家の血が入っていて、公爵家の後継者にちょうどいい条件だという思いだけだったのに、いつしかオレは変わっていた。
ずっと孤独だったのかもしれない。気づかないようにしていた。周りには友もいたから、一人でも大丈夫だと思っていた。でも違っていたんだなと気づかされた。
ありがとう家族になってくれて。そうシアとフランに言いたい。
シアが頬を染めつつ、葡萄酒を飲む姿を愛しく大切にしたいと思うのは、家族だと思うからだろうか?彼女がずっとそばにいてくれればいいのにと思ってしまう。
……契約一つで、いつまで君の心を縛れるのかはわからないけれど。
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