女嫌いの旦那様、その愛本物ですか?

カエデネコ

文字の大きさ
50 / 79

第50話

しおりを挟む
「今回はたまたま無事だったからよかったんだ。はっきりいって、フランとシアを狙った事件は何も解決していない」

 ヴォルフがすでに殴られたことなど忘れたように飄々としている。頬にも筋肉あるのか?頑丈な男だと呆れる。

「でもあれから何もないんやし、ちょっと敏感になりすぎちゃう?」

「相手が手出しできない状況を作り出している。だから何も起きないとも言えるだろう」

「せやかて、いつまでもこんなこと……」
  
 言い合いになりかけたところで、ドアがノックされる。どうぞと言われて入ってきたのはシアだった。

「お仕事中、失礼いたします」

 オレとヴォルフは静かになる。

「あの、アル?……その……ちょっといいでしょうか?」

 躊躇いながらはにかむような様子にヴォルフが察して部屋からスーーーッと消えた。オレは少し戸惑う。こんなシア、あまり見たことがない。

「どうしたんだ?」

「えっと……二つお願いしたいことがあるんです」

 珍しい。お願いごとだって?こんな夜に来ることもなかなかない。少しドキリとした気持ちを隠すように、オレは立ち上がる。たまにはいいかなと赤色の葡萄酒を棚から出す。

「よかったら飲むか?」

「いいんですか?」

「いいよ。たまにこうやって誰かと夜に飲みたい時がある」

「ヴォルフさんやシリルさんとも飲むんですか?」

「あまりないな。一人で飲むことが多い」

 グラスに赤い色の飲み物が注がれていく。グラスを一つシアに渡した。ありがとうございます。と受け取る。

「これはうちの領地内でとれた葡萄を使っていて、一番よくできたワインを毎年、もらうんだ」

「それは貴重なもので、うれしいですね」

「そうか?一般的に流通しているものだけどな」

 いいえとシアは微笑んだ。

「一生懸命、葡萄を作り、お酒にする。その工程を行った人たちの労働力が詰まっているものですもの。悪天候でも体がしんどい日があっても、頑張って作ってくださったんです。その中で一番良い葡萄酒をアルに献上するなんて、アルは好かれている領主だと思います」

 こんなことを……思って飲んだことなんてない。すごいなとオレはグラスを持ったまま、シアから目が離せなかった。彼女はオレの視線を感じて、しまった!とばかりに口を抑えた。

「ご、ごめんなさい。こんな生意気なこと言って……」

「なぜ謝るんだ?むしろオレはそんな考え方をするシアがすごいと感心してしまった」

 そのオレの言葉を聞いて、シアは眉を泣きたそうにハの字にさせる。

「そんな顔をなぜするんだ?」

「以前、似たようなことをオースティン殿下に申しました。その時は生意気だ口を閉じていろと怒鳴られました」

「オースティンなら言いそうだな。葡萄酒一つに領民に思いをはせて、感謝の気持ちを持てるシアがオレは好きだよ。もし、オレが領民に対して感謝の気持ちを持てずにいたら、今のように気付かせてほしい。とても貴重な意見だった」

 シアの頬が赤い。……酒、弱いのか?

「アルは時々、罪作りです」

「え?罪??」

 ボソッと小さく放った言葉をシアは打ち消すように葡萄酒を口にして、そして、オレを見た。

「お願いごとと言うのはフランの誕生日のことなのです。ささやかでもいいので、パーティーをしてもよろしいですか?」

「誕生日か!もちろんだ。ささやかと言わずに盛大でもいい」

「大きなものでなくともいいんです。アルの予定が大丈夫でしたら、三人でお祝いしたいと思ったんです」

 可愛いお願い事に、思わず微笑んでしまう。『三人で』と言われたことも嬉しい。

「オレも誘ってくれるなんて、うれしいよ。もちろん。一緒に祝おう」

 それで……二つ目のお願いです。と彼女は言った。

 ―――アルの誕生日も祝いましょう。

 そう言ってくれたのだった。オレは思わず目を見開く。

 心の奥が温かいものが生まれ、灯がともるのを感じた。

 誕生日を祝おうと言ってもらえたのは、いつぶりだろう?幼い頃の幸せだった記憶が蘇る。

 早くに両親が亡くなって、兄弟もいない。親戚は若いオレが公爵になろうとするのを阻もうと、敵だらけだったから信用などできない。陛下は優しかったが、公爵となることを考えると甘えることなど許されない。むしろ陛下を支えなければならない立場である。

 これが家族か。一緒に食事をしたり誕生日を祝ったりすること。一人が三人になったこと。オレはフランに『お父様』と言われてうれしい気持ちになるのはなぜだろうと思っていた。王家の血が入っていて、公爵家の後継者にちょうどいい条件だという思いだけだったのに、いつしかオレは変わっていた。

 ずっと孤独だったのかもしれない。気づかないようにしていた。周りには友もいたから、一人でも大丈夫だと思っていた。でも違っていたんだなと気づかされた。

 ありがとう家族になってくれて。そうシアとフランに言いたい。

 シアが頬を染めつつ、葡萄酒を飲む姿を愛しく大切にしたいと思うのは、家族だと思うからだろうか?彼女がずっとそばにいてくれればいいのにと思ってしまう。

 ……契約一つで、いつまで君の心を縛れるのかはわからないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...