5 / 42
条件付きの結婚
しおりを挟む
私が連れて行かれた場所は、貴族の屋敷という感じではなく、もはや城塞。小さな街も城も壁に囲まれ、灰色の家々が連なっていた。
室内も華美なものは一切ない。それどころか戦うための弓矢や剣が廊下に置いてあり、異様な雰囲気の場所だ。
私を助けてくれた人と客間のソファに対面で座り、しーーーんと沈黙だけが流れている。
「あのぅ………」
私が気まずすぎて、控えめに声をかけると、冷たさを帯びた紫の目がこちらを見た。思わずゴメンナサイと意味もなく小さい声で謝る。
相手は小さくはぁ……と溜息を吐いた。なぜ私を買ったはずの先方が気が重そうなのだろうか?
「説明する。名は?」
「ニーナと申します」
「ニーナか。オレはアデルバード=スノーデン。辺境伯の地位を与えられている者だ。おまえにオレの妻として存在してほしい」
「えっ?へっ?……はあ!?」
思わず変な声が出た。この人、辺境伯様なの!?妻!?なんかすごいこと言い出したわ。私は頭の中で混乱しそうになるのを必死で整理していく。
「オレは生涯結婚する気はない。家庭は持たない。だが、うるさいことに王家から良い歳なのだから妻を娶れと言ってくる。だから10年ほど妻の役を演じて欲しい」
「偽装結婚ってやつですか?」
「そうだ。貴族の娘だと離縁する時に周りが、うるさいから、孤児のおまえの10年を金で買わせてくれ。10年も結婚すれば、周りも静かになるだろう。無論、金は払う」
「なぜ結婚をなされないんですか?辺境伯ともあろう方ならば、素敵な貴族のお嬢様たちがいらっしゃいますが……」
「ここは魔物から国土防衛、奪還するためのこの国の最北の地だ。危険極まりない」
『神のいない地』と私を助けてくれた時に彼は言った。どういう意味かわからなかったけど、神様すら救えないくらい危険な場所ってことなのかしら?
普通の神経をしたお嬢様方がここに来ることすらできないし、危険にさらすことを望まない。しかし私ならば……。
「孤児である私ならば、もし危険なことがあったとしても、誰にも心配はされませんし、万が一、死んでも誰も悲しむ人はいませんものね」
私のちょっとイジケた言い方に、アデルバード様が顔を私に向けたが、無表情のままだ。感情は読めない。
「まぁ、そういうことになるな」
売られた私は行く場所なんて他にはない。つまり選択権もない。
「お飾りの奥様ならば得意分野だけど……」
前世もそうだった。体が弱く、ただ傍で微笑んでいるだけの私。旦那様のなんのお役にも立てず力のない私。ああ……また二度目の結婚となる今回もお飾りの妻になるのねと自分の運命を呪いたくなった。
「得意分野?まぁ、よくわからないが、理解してくれたのならばいい。おまえの10年を買わせてもらいたい」
表情1つ変えずに淡々と言うアデルバード様。
「ここに署名しろ。今からニーナ=スノーデンだ。戸籍は適当に偽装しとく。……紙面上の夫婦だが10年、辺境伯夫人として過ごせ。不自由はさせない。欲しいものがあればなんでも言え」
私は脳をフル回転させた。
今更、孤児院には帰れない。丁寧に説明はしてくれてるけど、選択肢はなさそう。
そして私は生涯ガルディン様に恋して生きていきたい独身希望女。お飾り妻としてすごし、10年後に貰ったお金で、平和な場所に小さな土地と家を買って、猫と共に平穏にのんびり暮らす。
よし。人生設計完璧。
コクリと私は頷いた。
「わかりました」
サラサラ~とペンで、ニーナ=スノーデンと書く。
「文字が流麗だな……明日から貴族の娘に必要な教養の家庭教師を呼んである。どこぞの貴族の娘として振る舞え」
「かしこまりました。旦那様」
私がそう言って頭を下げると抑揚のない声で、違うと言う。
「これから夫婦となる。アデルバード……アデルと呼べ。夫に頭を下げるな。演じろ」
「ええっと……かしこまりました。アデル様」
「ニーナ、それでいい。義務さえこなしてくれれば、後は適当に過ごしてもらって構わない」
事務連絡の口調で、説明し終わったとばかりに部屋から出て行こうとする。私はふと、彼に尋ねたくなった。
「あなたは幸せになりたくないの?別にお金で私を買わなくても、望めばここに来てくれる女性もいるんじゃないの?」
美しい容姿に辺境伯という身分。こんな契約するような関係でなく、危険であろうとも、本当に夫婦になっても良いと思う人はいると思う。
ピタッと足を止め、鋭い目つきで振り返る。その目は絶対零度の冷たさと怒りに似たなにかがあった。
「幸せになどなりたくない」
そう言い残して去っていく。
怒っていたように感じた。聞いてはいけないことだった?幸せになりたくないってなぜなの?
取り残された私は、アデル様に、踏み込むことを許してくれない壁を感じたのだった。
室内も華美なものは一切ない。それどころか戦うための弓矢や剣が廊下に置いてあり、異様な雰囲気の場所だ。
私を助けてくれた人と客間のソファに対面で座り、しーーーんと沈黙だけが流れている。
「あのぅ………」
私が気まずすぎて、控えめに声をかけると、冷たさを帯びた紫の目がこちらを見た。思わずゴメンナサイと意味もなく小さい声で謝る。
相手は小さくはぁ……と溜息を吐いた。なぜ私を買ったはずの先方が気が重そうなのだろうか?
「説明する。名は?」
「ニーナと申します」
「ニーナか。オレはアデルバード=スノーデン。辺境伯の地位を与えられている者だ。おまえにオレの妻として存在してほしい」
「えっ?へっ?……はあ!?」
思わず変な声が出た。この人、辺境伯様なの!?妻!?なんかすごいこと言い出したわ。私は頭の中で混乱しそうになるのを必死で整理していく。
「オレは生涯結婚する気はない。家庭は持たない。だが、うるさいことに王家から良い歳なのだから妻を娶れと言ってくる。だから10年ほど妻の役を演じて欲しい」
「偽装結婚ってやつですか?」
「そうだ。貴族の娘だと離縁する時に周りが、うるさいから、孤児のおまえの10年を金で買わせてくれ。10年も結婚すれば、周りも静かになるだろう。無論、金は払う」
「なぜ結婚をなされないんですか?辺境伯ともあろう方ならば、素敵な貴族のお嬢様たちがいらっしゃいますが……」
「ここは魔物から国土防衛、奪還するためのこの国の最北の地だ。危険極まりない」
『神のいない地』と私を助けてくれた時に彼は言った。どういう意味かわからなかったけど、神様すら救えないくらい危険な場所ってことなのかしら?
普通の神経をしたお嬢様方がここに来ることすらできないし、危険にさらすことを望まない。しかし私ならば……。
「孤児である私ならば、もし危険なことがあったとしても、誰にも心配はされませんし、万が一、死んでも誰も悲しむ人はいませんものね」
私のちょっとイジケた言い方に、アデルバード様が顔を私に向けたが、無表情のままだ。感情は読めない。
「まぁ、そういうことになるな」
売られた私は行く場所なんて他にはない。つまり選択権もない。
「お飾りの奥様ならば得意分野だけど……」
前世もそうだった。体が弱く、ただ傍で微笑んでいるだけの私。旦那様のなんのお役にも立てず力のない私。ああ……また二度目の結婚となる今回もお飾りの妻になるのねと自分の運命を呪いたくなった。
「得意分野?まぁ、よくわからないが、理解してくれたのならばいい。おまえの10年を買わせてもらいたい」
表情1つ変えずに淡々と言うアデルバード様。
「ここに署名しろ。今からニーナ=スノーデンだ。戸籍は適当に偽装しとく。……紙面上の夫婦だが10年、辺境伯夫人として過ごせ。不自由はさせない。欲しいものがあればなんでも言え」
私は脳をフル回転させた。
今更、孤児院には帰れない。丁寧に説明はしてくれてるけど、選択肢はなさそう。
そして私は生涯ガルディン様に恋して生きていきたい独身希望女。お飾り妻としてすごし、10年後に貰ったお金で、平和な場所に小さな土地と家を買って、猫と共に平穏にのんびり暮らす。
よし。人生設計完璧。
コクリと私は頷いた。
「わかりました」
サラサラ~とペンで、ニーナ=スノーデンと書く。
「文字が流麗だな……明日から貴族の娘に必要な教養の家庭教師を呼んである。どこぞの貴族の娘として振る舞え」
「かしこまりました。旦那様」
私がそう言って頭を下げると抑揚のない声で、違うと言う。
「これから夫婦となる。アデルバード……アデルと呼べ。夫に頭を下げるな。演じろ」
「ええっと……かしこまりました。アデル様」
「ニーナ、それでいい。義務さえこなしてくれれば、後は適当に過ごしてもらって構わない」
事務連絡の口調で、説明し終わったとばかりに部屋から出て行こうとする。私はふと、彼に尋ねたくなった。
「あなたは幸せになりたくないの?別にお金で私を買わなくても、望めばここに来てくれる女性もいるんじゃないの?」
美しい容姿に辺境伯という身分。こんな契約するような関係でなく、危険であろうとも、本当に夫婦になっても良いと思う人はいると思う。
ピタッと足を止め、鋭い目つきで振り返る。その目は絶対零度の冷たさと怒りに似たなにかがあった。
「幸せになどなりたくない」
そう言い残して去っていく。
怒っていたように感じた。聞いてはいけないことだった?幸せになりたくないってなぜなの?
取り残された私は、アデル様に、踏み込むことを許してくれない壁を感じたのだった。
38
あなたにおすすめの小説
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる