天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ

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月の無い夜

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「いやぁ~。おまえの夫は良い人だなぁ」

「お父様、ウィル……陛下の所へ、なにしに来てたの?」

 それは言えないなーと笑っている。見た目は普通の父なのだが、食えない人なのだ。飄々としていて、何が真意なのかわからない時がある。

 でも母にだけは激ヨワで、喧嘩をすればすぐに謝り、願いはなんでも叶えてやる。普段は恥じらいもなく愛してるよぉ~と言う男だ。

 娘のことはあっさり王妃候補にし、売ったが……。

「リアン、エイルシア王は変わられたな……初めてお会いした時、前王が生きていて、彼は王子として横にいた」

 え!?急に昔話を始めた!?

「その時の彼は昏い目をしていた。いずれこの国を沈めそうな気がしたんだ」

「えっ!?そんなことないでしょう!?」

「だから……以前のことだ。今は今まで拝見した中でも、王たるに相応しい輝きを放っている。それがなぜなのかわかるな?」

「えっ!?いや……あの……」

 じゃあ、またなとアッサリ言うだけ言って帰っていく。

「クラーク家の旦那様は相変わらずですねぇ」

 アナベルが頬に手を当てて、困った顔をしている。ほんとに訳が分からないと私も見送った。

 物事が少し片付いて、今夜はウィルと過ごせそうだった。月の無い静かな夜だった。 
 
 随分、危険を冒すよね。そうウィルが不満そうに口を尖らせて言った。

「ウィルは私が策を練って実行に移し、あなたを守ろうとすることで危険に身を晒すことが嫌なのよね?」

「そこまで理解してて、なぜするんだよ!?」

 静かな夜に似合わない声をあげるウィル。

「私はウィルの剣となり盾となり守りたいと思っちゃうのよねぇ。たぶん。それがあなたの王としての素質なのだと思うの。誰もが惹きつけられ、守りたい、この人のために役に立ちたい。不思議とそう思ってしまう。それが本当の王たる者の素質だわ」

 ウィルバートはだからこそ王にふさわしいのだ。この私もたぶん彼のそんな魅力にいつの間にか嵌ってしまってる。

「本気で言ってるのか!?オレにそんなものあるわけないだろ」

 眉をひそめる彼。今は子供っぽく少し拗ねた表情をしているウィルに見える。だけど王として立ちふるまう彼は間違いなく王としての輝きがある。

「いいのよ。本人は気づいてなくても」

「……オレ、王にはなりたくなかったんだ」

「そうね。性格的に合わないのかもね。でもその道をえらんでくれて良かったわ。そうじゃなかったら私とあなたは会えてなかったかもよ」

 前向きだよなぁとウィルは私を優しい眼差しで見てフッと微笑んだ。

「悲しさや孤独が消えなかったあの頃、リアンに出会わなければ、優しさも幸せも知ることのない王になり、国を沈めていたかもしれない」

「ウィル……」

 それ以上言わないでよ。涙が……またこぼれるから。あなたの前では泣きたくないの。だってウィルはずっと涙を我慢して王になったんでしょう?私もあなたのように強くなりたいもの。

「もし、リアンが後宮に入ってくれなくても、この国に君がいるから、良い国にし、幸せに暮らせるようにしようと思っていた」

「え?私が傍にいなくても……」

 ウィルは微笑んだ。私がすべてを言う前に、そうなんだと頷いた。

「他の男にリアンを渡せるわけがなかったんだ。きっと他のやつのところへ行こうものなら、奪いに行っていた。リアンの意思を無視してでも攫ってきていたかもしれない」

 手を取り、引き寄せられて、ギュッと抱きしめられる。そして囁くように言った。

「でもいつか、オレが国を沈めるようなダメな王や狂った王になってしまった時はリアン、オレから手の届かないところへ逃げてくれ」

「ウィル?」

「いいや……なんでもない……」

 月の無い夜の寂しさに負けないように、必死で彼は戦ってきた。時々、それがウィルバートの顔として覗かせる。

 私はギュッと抱きしめ返す。この距離が一番好き。ウィルの世界に私が入ってる気がするもの。

 月のない夜も私が照らして行くわ。白く光る道はここだとあなたに指し示せるように。
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