天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ

文字の大きさ
146 / 304

あの木の下で

しおりを挟む
 私塾のドアを開けると懐かしい机や椅子が並んでいた。思わず、座ってみる。

「なんだか懐かしいわ。そんなに昔のことじゃないのにね」

 いつも座っていた椅子に座る。たいていウィルは私の右隣の席に座っていた。今もやはり同じ席についた。

 頬杖をつく。黒板に目をやると、講義を聞いたり皆で討議したりしたことが思い出される。

「リアンはとても楽しそうだった。見ていると、すごくキラキラしてて、羨ましかった」

「そんなに?」

「うん」

 ゴロンと机に突っ伏して目を閉じるウィル。なんだか……ウィルになると気が抜けた人になっちゃうのよねぇ。

「ここに二人いたのか。久しぶりだな!」

 ヒョコッとまた別の学友が顔を出した。

「久しぶりね」

 私が返事をすると、彼はハイッと紙を手渡す。

「ウィルとリアンが寄って行くかもしれないからって先生が渡してくれって」

「……なんでいつもお見通しなのかしら?」

 恐ろしい人だわ。

『石を投げられれば波紋は起こるものだ。しかし波紋が起こるのは水面だけで、水の深さは己しか知らない。』

 また謎の文章を!たまにわかりやすく書いてくれても良いと思うの。

「師匠、どこかで見てるんじゃないよな?リアンはわかる?」

 ウィルは机に突っ伏しつつ、文章を読み、苦い顔をした。

「……そうね。なんとなくわかるわ」

 紙を丁寧に折りたたんで懐に入れる。私の心の在り方を師匠は言っているのだろう。踊らされるな。操られるな。相手に気取られるなと。

 こんなコンラッドやユクドール王国からの揺さぶりにいちいち動揺してどうするの?私が信じる言葉は彼らのものではなく、ウィルなのだと。

 学友が私とウィルを交互に見て、ニッと笑う。  

「たまに顔をだせよな!二人がそうやって前みたいに並んでいると、なんか嬉しいよ」

 うんと私は頷く。そして彼はウィルの肩を抱き、ヒソヒソと話す。

「チャンスあれば、リアンを王様から奪っちゃえよ!諦めんな!みんな応援してっからな」

 またここでもそう言われるの!?私にも聞こえてるわよ……。

「頑張るよ」

 ウィルがそう答えている。あなたが王様本人なのに、どう頑張るわけ!?そう突っ込みたいのを我慢する。

 でもなんだか、私はだんだん可笑しくなってきた。

「いつ王様に愛想尽かされても、ウィルがいる!リアン、大丈夫だ!ナマイキ……いや、口が立つ女は煙たがられそうだなって皆、心配してるんだ!いつまでリアンが大人しく後宮で我慢できるのか!?とかな」

「心配してくれてる気持ちはわかったわ。なんか色々引っかかる言葉が節々に感じられたけど……」

 頑張れよ~!と手を振られる。

 私とウィルは外に出る。ウィルはいつも昼寝していた木の下へ行くと寄りかかって座る。そして私を手招きした。ストンと私は彼の横に座る。

「久しぶりの私塾はどうだった?」

「えーと……一つ明らかになったことがあるわね。ウィルは私のこと、前から好きだったの?」

「出会った頃からね。学友たちはみんな知ってる。知らないのはリアンだけだった」

「あ……そ、そうなのね」

 勉強に夢中だったから僕なんて目に入ってなかったよなぁとクスクス笑うウィル。

「でもわかっただろ?僕がずっとリアンを待っていたこと、見ていたこと……僕にとって、君が王宮に一緒に居てくれる。それが奇跡的なことで幸せなんだ」

 私はそよそよと心地よく柔らかな風が通り過ぎていく木の下で頬が赤くなるのを感じた。いつもここで、ウィルと話したり本を読んだりしていた。

 今は王と王妃で………ううん。何も私とウィルは変わってない。気持ちはあの頃となにも変わらない。  

 私はこうやってウィルといる時が好きだった。無理やり入れられた後宮から出たら、一番にここに来ようと思っていたのだ。

「ここに連れてきてくれてありがとう」

 どういたしましてとウィルは笑った。

 しばらくして、ウィルは私の膝にポスッと頭を置いて……スースー寝息を立てて眠りだす。木を見上げると葉の間からキラキラとした陽射しが見えた。そして、ウィルの髪を撫でる。

 私、ウィルをいつの間にか、独り占めしたくなるくらい好きになっちゃってたんだわ。

 国のためには本当は後宮に何人か王妃が居たほうが良い。私ができない部分も補う人が居てくれるほうがいいのよって思っていた。

 でも自分の感情より国の利益を考えなきゃと思うのにできないの。頭ではわかってるのにできないの。
 
 ウィルを信じて、ウィルが私だけで良いと思ってくれてることを幸せに感じていいの?……嘘でも今だけでも……ずっとこの時が続くのだと思い込ませてほしい。

 サラサラした金の髪に触れて、私は願う。どうかウィルがずっと私のことを好きでいてくれますようにと。

 私、そんな普通の女の子みたいなこと思ってる。

「私、幸せよ。ウィルバートのことが好きなの」

 眠る彼には聞こえていないだろうけれど、そっと囁いたのだった。






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...