天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ

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(番外編)花は折れない

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 この話はまだ我が家の娘たちが生まれていない頃の話だ。なぜ今更思いだしたのかといえば、次女のリアンが年頃になってきて、生意気……いや、利発な子で妻に似てきたからだろうと思う。妻と戦った記憶が懐かしい。戦う!?なんて言ったら驚く人もいるだろうが、そういう意味じゃないことは、先に言っておこう。

 とりあえず、勝ちたい。

 とりあえず、心を受け入れてもらいたい!

 とりあえず、話を聞いてもらいたいんだーー!!

「付き合ってください!」

「いやよ」

「そんなぁ……すぐに断らず、少し考えてみても良いんじゃ!?」

「お断りよ!」

「くっ!これで23戦23敗か」

「いい加減諦めなさいよ」

 このやり取りをずっと繰り返している。金の髪に緑の目をした美しい娘はスッと目を細めた。

「あなた商人でしょう?お生憎さまね、私はこの国、この街が好きなの。世界各地を回って旅するなんて嫌よ」

「なんだそんなことか~。君のためなら、この地にいることを約束しようじゃないか。そうだ!大きい屋敷を建てるし、たくさんの子供に囲まれて幸せな家庭にするよ!こんな未来はどう?」

「どう?じゃないわよ。だから断るって言ってるでしょ!タイプじゃないの」

「くっ!これで24戦24敗か」

 我ながらしつこいだろうか?

「商人なのに恋愛の駆け引きはしないの?あなた、若いのに、なかなかのやり手だって街の人が言ってたわよ」

「恋は直球!駆け引きなし!それがモットーなんだ。じゃないと、信用してもらえないだろ?」

「あんまりスキスキ言いすぎるのも信用してもらえない原因じゃないかしら?」

 グサーーッと胸に言葉が突き刺さる。なんて頭の回転の早い娘なんだ!自分で言うのもなんだが、商人としてはトップクラスの腕を誇っていて、頭の回転と口から出る言葉は誰にも負ける気がしなかった。彼女に会うまでは。

 話せば話すほど、負けてる気がする。恐ろしい娘だ。だからこそ、面白いんだけど。

 ただの平民の娘と侮るなかれ!か。

 また来るよ!と挨拶すると来なくていいわよと冷たく返された。その冷たさすら好きだよ!と言うとフーーーーーと長い長い溜息を吐かれてしまったのだった。

「まだあの娘にご執心なんですか?」

「ん?いたのか。盗み聞きとは感心しないなぁ」

 木の影から出てくる男。気配はずっと感じていた。

「当主ともあろう方が、そんな暇、ないでしょう?次の商売へ行かないんですか?逃しちゃいますよ」

「当主辞めよっかなぁ~って、会長に手紙を書いちゃった」

「は!?バカですか!?その頭、寝ぼけてんじゃないですか!?」

 驚いて声をあげる男はいつも真面目に仕えてくれているのだが、今回ばかりは思わず、悪態をつきたくなったらしい。

「だって、彼女がこの地にいてほしいって言うんだよ!?願いを叶えてあげたいじゃないか!」

「数多くの商人を束ねる立場である当主が何を言ってるんですか!?正気ですか!?」

 両手を広げて、なんてことはないさと笑ってみせるが、相手はこっちを見て、険悪な顔をしている。

「花が折れないんだ。折ってみせたいじゃないか?初めて一目ぼれというものを味わった!しかもなかなか強い花だから楽しくてしかたないんだ」

 彼女を花に見立てる。風雨にも負けない美しい花。鮮やかな色をしていて、香りも特別良い花だ。

「当主なら、花なんて花束にできますよ。それも両手に抱えきれないほどの花がやってくるでしょう。選り取り見どりです。さあ!仕事しましょう!」

「切り花じゃダメなんだよ!しっかり地に根を張っている花じゃなきゃ嫌なんだ!」

「どうしちゃったんですか?商人としての計算、できなくなってますよ。こうしてる間にも世間では物流が動いている。花がどうこう言って、こんな場所でぐずぐずしてる場合ですか!」

 ……ったく、人生ってものをわかっていないやつだな。まぁ、商人たちのトップの会長からの手紙もそうとう怒りを感じたけどさ。怖い怖いと笑いたくなる。

「商人達の力を使って、金でもなんでも積んで、あの娘を買ってきましょうか?」

「余計な真似するな。手を出したら、全てを道連れにして、一緒に沈めてやる」

 低い声音で言うとピタっと発言をやめた。花は買うんじゃない。自分で手折るからこそ美しさが増すんだ。だが、この花は一生折れない気がした。

 毎日、この街で彼女に出会ってから、愛を告げているのに……手に入らないと思うとますます欲しくなるのは商人の血のせいだろうか?

「明日もがんばるぞーーー!!」

「当主、頼みますから、仕事してくださいよおおおおお」


 懐かしいなぁとふと思いだした。

 大きい屋敷に可愛い娘が三人。そして愛する妻。やっと想いが通じて、幸せに暮らしている。
 
 思い出したのは、次女のリアンのせいだ。妻によく似ているんだ。強情で、頭が良くて、美人だ。

「なぜ娘を王妃にしたかったんだ?」

 リアンならば、いずれ王宮勤めだろうが、商人だろうが、良い才能を発揮しただろうから、少しもったいない気がした。

「あら?私はこの国が好きだって会った時に言ったでしょう?」

「ああ。言っていたな」

「リアンは私にそっくりですもの。王妃になって、王様を救ってあげることができると思うのよ。それがこの国を守ることになるわ」

「救うか……」

 妻は見抜いていた。あの王が暗い心の闇を抱えていることに。その暗闇が大きくなっていけば国を亡ぼす日がくるかもしれないと案じていた。

「私も救ったでしょう?」

「誰を?」

「あなたを」

 ハッとする。まさか!?ばれていた!?にっこりと極上の笑みを浮かべた彼女は、出会った頃と変わらず美しい。

「まさか結婚がゴールだと思っていましたの?」

「えっ、い、いや?」

「あなたの人生を救ったでしょう?」

「……君はすごいな。どこまで見抜いていた?」

 商人の心を読むなんて、妻はやはり恐ろしい。背中がゾクゾクした。

「家を継ぎたくなくて、私を理由にしていたんでしょう?商人辞めるつもりだったのよね。辞めれなくて残念ね。でもあなたは商人以外の仕事には向かないと思いますわ」

「こ、怖いな。だけど、君への想いは本物だよ!本気で愛してるんだ!」

「わかってますわ。14戦目あたりで、本気になったのでしょう?」

「……どこかに書いてあったか?」

 フフフっと彼女は楽しげに笑った。その笑顔に目も心も惹きつけられる。この花は一生折れない。絶対に無理だ。心が奪われたままだ。これで何戦何敗だろうか?

「168戦168敗ですわ。あなた」

「……どこかに書いてあったか?」

 いいえと涼しい顔をしている。

「でも諦めないで好きと言い続けてくれて感謝してますわ」

「え!?」

「だって、その間にどんどん好きになっていってしまいましたもの」

 な、なんて可愛いことを言ってくれるんだー!抱きしめようと手を伸ばした。……が、スルッと抜けられてしまう。クスクス笑っている。彼女を花に例えていたが、もしかして逆に花だったのは……花になっていたのは……。

 ―――もしや花として折られたのは、こっちの方だったのかもしれない。

 とりあえず、今も妻と戦いの途中だということを付け加えておく。一生終わらさそうだけどね。
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