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そして、破談
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居間に入る前に軽く身支度を整える。今日は薄ピンクのブラウスに白のパンツという無難な格好をしていたのが功を奏した。相手もラフな格好だと言うから、そこまでかしこまらなくても大丈夫だろう。
一体どんな人だろうか。やや緊張しつつ襖を開け、恵菜は相手の姿に絶句した。
怪しい。ものすごく、怪しい。目が痛くなりそうな派手な色の柄シャツを着ており、髪は色素の薄い金色に染めている。だがこまめに染め直してはいないのか根本のあたりはかなり黒く、余計にガラの悪い印象を与えた。目鼻立ちは割合整っていて涼しげな顔つきだが、室内なのになぜか薄く色の入ったサングラスを掛けていて、怪しさに拍車をかけていた。
「さ、あんたも座って。京極さん、遅くなってごめんねぇ。あとは若いもん同士ゆっくりしてってね」
普通なら度肝を抜かれる見た目の男を相手に母は全く動じず、それじゃあね!と言い残して襖をぴしゃりと閉めた。初対面の怪しげな男と二人取り残され、気まずい沈黙が降りる。恵菜はとりあえず敷かれた座布団の上に座った。
「どうも、初めまして。京極龍磨いいます」
「えっあっ……は、初めまして!及川恵菜です。」
彼が突然口を開いたことで驚いて声が上擦ってしまう。京極はにこやかに笑っていた。よくよく見ると変わった雰囲気の男で、見た目は怪しいことこの上なく、下手したらチンピラに見えるのだが、表情は常に穏やかで静かな笑みを湛えていた。そして、妙に落ち着き払っていると言うか、達観して物を見ているような感じがする。その目に射抜かれると思っていること全て見透かされている気がして、少しぞくりとした。
「堪忍な、自分生まれつき目が弱くて、光が苦手やさかいサングラスしとるん。ちょっと嫌かも分からんけど……」
「あ、そ、そうなんですか。いえ、全然大丈夫ですよ」
恵菜は内心でチンピラみたい、と思ったことを反省した。事情があってサングラスを掛けていたらしい。服の趣味はちょっとよく分からないが、話し方はしっとりしていて品がいいし、柔和な雰囲気を与えるからか意外と話しやすい。距離の詰め方がうまく、気づいたらするりと相手の懐に入っているような男だ。机に並べられた料理を時折口に運びながら談笑する。
「これうまいなぁ。恵菜さんが作ったん?」
「あ、いえ、これは母が」
「お母さん料理うまいなぁ」
立派な寺の生まれだからか、彼は箸の使い方や食事の所作も綺麗だった。最初は完全に見た目が異様すぎて警戒していたが、話してみると優しくて紳士的な人で安堵する。見た目で判断してしまったことを恵菜は内心で詫びた。
「恵菜さん、東京に住んでるって聞いたけど、戻ってくるつもりなん?」
「うーん、あまりそのつもりはなかったんですが……」
「あはは、いっぺん都会に住むと帰れへんよな。そっか、ご両親にそろそろ帰ってきてって言われた感じ?」
「まぁ……」
苦笑いで答えると、彼はゆるく首をかしげて言った。
「けどこんな別嬪さんなら東京でもっといい人見つけられそうやけどね。僕みたいな寺の次男とかじゃなくて」
「いや、京極さん素敵な方じゃないですか」
「おおきに。別嬪さんに言われると嬉しいなぁ。」
京極はさして嬉しそうでもなく、笑顔だけを顔に貼り付けた感じでそう返事をした。言われ慣れているのかな、と思い恵菜も曖昧な笑みを返す。彼は微笑んだまま続けた。
「でもほんまに勿体ないなぁ、恵菜さんならいい人見つかりそうやのに。」
筑前煮の椎茸を口に運びながら彼は言った。先ほどから似たような言葉を繰り返しており、何だかそれが引っ掛かって恵菜は眉をひそめた。言い方こそこちらを持ち上げて悪い気にさせないようにしているが、どこか遠回しにこの縁談を断りたいと思っているような口ぶりだ。彼もそんなに乗り気じゃないのだろうか?意図するところが分からず恵菜も彼の反応を探り探り言葉を返す。
「え?あー……出会いは探してたんですけど、なかなかうまくいかなくて」
「ふーん……違ったら堪忍なんやけど。もしかして、相手が怪我したり、病気になって会えなくなったり?うまくいきそうと思ったら疎遠になったりとか、したんとちゃう?」
「何でそれを……!」
これまで起こったことを的確に言い当てられ、恵菜は言葉を失う。京極は薄い笑みを浮かべたまま恵菜を見つめていた。目の奥は笑っておらず、色素の薄い瞳にはどこか酷薄な色さえある。先ほどの柔和な雰囲気はなりを潜め、鋭さを纏った彼は言った。
「あんま怖がらせたくはないんやけど、まぁ僕が見た限りは祟りの類やね。それが恵菜さんのご縁を邪魔しとる」
「え?祟り?」
「僕は霊能が強いからそこまでの支障は受けんし、ある程度弾き返せるけど、ここまでの祟りは普通の人間相手やとひとたまりもないやろな。」
恵菜は怪訝そうに繰り返した。祟り。祟りって、ホラー映画や胡散臭いオカルト話でしか聞かない話だ。恵菜は寺の生まれだと言うのに、いまいち幽霊や神様などは信じていないたちだった。普段から墓石が敷地内にあったりお祓いを頼まれた人形が身近にあったりしたため、逆に怖いものへの耐性がついてる上、彼女自身に霊感がないため全く気にしなくなっていた。
そういえばこの人、霊媒師だったな。ようやく今それを思い出すも、いまいち信じきれずに疑わしげな目を向けてしまう。祟りと言っても、恵菜自身に今のところ何の不調もないのだ。恵菜の恋路だけを邪魔する祟りなんて、本当にそんなことがあるんだろうか。
これまでもマッチングアプリや合コンなどで知り会った相手にマルチの勧誘をされたり、謎の化粧品を売りつけられたりしたことがあったため、長年の習性で信じるより先に疑うことが先になってしまう。これで法外な金銭なんかを要求されたらもう完全にアウトだ。恵菜は半信半疑のまま尋ねた。
「あの……それ、一体どうしたら」
「聞きたい?」
彼がうっすらと笑みを浮かべそう言ったので、恵菜はこくりと頷いた。すると京極の口から思いがけない言葉が飛び出す。
「そかそか。うーん、無料の相談はここまでやから、対処法については正式に依頼してもろおかな。まずは着手金ってことで50万、報酬はまぁ要相談やけど、この件で言うと目安は200万くらいやな」
「え?」
「や、こっちも商売やし。割と良心的な値段やと思うけど」
あぁ、前言撤回だわ。少しでもいい人だと思った自分が馬鹿だった。
愛想笑いを貼り付けていた恵菜の顔が引き攣り、乾いた笑いが喉から漏れる。流暢に商売トークを始め、涼しげな顔を崩さない男が心底憎たらしい。恵菜はしおらしく振舞っていたのが嘘のように、京極を睨みつけると語気荒く捲し立てるように言った。
「結構です!見合いで営業トークしてお金巻き上げるとかどんだけ非常識なの!?こっちは本気で婚活してんですよ!そうやってね、結婚焦ってる女の不安を煽って食い物にしてるなんて人として最低ですよ!……ってあんたちょっと聞いてんの!?」
京極は最初あっけに取られたように切れ長の目を見開いていたが、一通り怒鳴り終わってもういいだろうと判断したのか、なぜか思い出したようにのりの佃煮を一口つまんだ。悪びれもしない様子に余計に恵菜の怒りに油を注ぐ。
「なに食べてんのよ!ありえない、非常識よこのニセ霊媒師!」
「ニセって……酷いわぁ、恵菜さんのこれからの婚活のために言うてあげたのに」
「余計なお世話です!いいわ、私はぜっったいにいい人見つけてウェディングドレスを着るんだから!祟りが怖くて婚活なんてやってらんないわよ!吹っ飛ばしてやるわそんなもん!」
恵菜はそう啖呵を切ってスパーンと襖を開け、居間を出ていく。その後ろ姿を京極は止めるでもなく物珍しそうに見つめていた。その目にはお気に入りのおもちゃを見つけたかのような、好奇心にぎらついた妙な光があった。
「おもろすぎやろ恵菜ちゃん……なんや、あんなおもろい子やったら破談にせんでもよかったかも」
京極は手の甲で口元を覆い、こらえきれずに吹き出した。
元々この縁談には乗り気じゃなかったのだ。両親が死んで兄夫婦が寺を継いだ途端、京極はこの寺に婿入りして寺を継ぐように言われた。兄は幼い頃から霊能の強かった弟を疎んでいたから、要するに厄介払いだろう。母方の縁戚だったのがこの及川家で、後継の男児がいないと聞きつけてこれ幸いと縁談をセッティングしたらしい。別にそんなことをされなくたって嫌なら出て行ったのだが。
京極は婿に入る気も寺を継ぐ気もさらさらなかった。恵菜の容姿は気に入っていたが、彼女と結婚したら自動的に婿に入って寺を継ぐことになるのである。かと言ってこっちから断ると角が立つため、うまく恵菜を怒らせて破談にさせようと考えた。
……だが。
「美人ってやっぱキレると怖いんやな」
恵菜の残していった筑前煮にまで手を出しつつ、京極は呟いた。整った相貌が怒りに染まり、きつくこちらを睨みつけてきた時は正直心臓が止まるかと思った。そして最初の人当たり良さそうな優しげな印象とは打って変わって、激情をぶつけるハリのある声。祟りなんて普通人の手に負えるものではないが、彼女の妙な凄みと勢いがあれば確かに無理でもないような気さえしてくる、不思議な魅力があった。
「かなり好みやけど、よりにもよって蛇憑きかぁ」
惹きつけるのは人も神も物の怪も同じ、生命力あふれる凜とした姿に誰しもが憧れを抱くのは自明とも言えた。彼女にまとわりつく、生臭い蛇の匂い。誰も近づくなと周囲を牽制する、所有の証。京極はため息をつく。
「気の毒やけど、まぁどうしようもないわなぁ」
憂うようなそのつぶやきは、誰もいない部屋に静かに消えていった。
一体どんな人だろうか。やや緊張しつつ襖を開け、恵菜は相手の姿に絶句した。
怪しい。ものすごく、怪しい。目が痛くなりそうな派手な色の柄シャツを着ており、髪は色素の薄い金色に染めている。だがこまめに染め直してはいないのか根本のあたりはかなり黒く、余計にガラの悪い印象を与えた。目鼻立ちは割合整っていて涼しげな顔つきだが、室内なのになぜか薄く色の入ったサングラスを掛けていて、怪しさに拍車をかけていた。
「さ、あんたも座って。京極さん、遅くなってごめんねぇ。あとは若いもん同士ゆっくりしてってね」
普通なら度肝を抜かれる見た目の男を相手に母は全く動じず、それじゃあね!と言い残して襖をぴしゃりと閉めた。初対面の怪しげな男と二人取り残され、気まずい沈黙が降りる。恵菜はとりあえず敷かれた座布団の上に座った。
「どうも、初めまして。京極龍磨いいます」
「えっあっ……は、初めまして!及川恵菜です。」
彼が突然口を開いたことで驚いて声が上擦ってしまう。京極はにこやかに笑っていた。よくよく見ると変わった雰囲気の男で、見た目は怪しいことこの上なく、下手したらチンピラに見えるのだが、表情は常に穏やかで静かな笑みを湛えていた。そして、妙に落ち着き払っていると言うか、達観して物を見ているような感じがする。その目に射抜かれると思っていること全て見透かされている気がして、少しぞくりとした。
「堪忍な、自分生まれつき目が弱くて、光が苦手やさかいサングラスしとるん。ちょっと嫌かも分からんけど……」
「あ、そ、そうなんですか。いえ、全然大丈夫ですよ」
恵菜は内心でチンピラみたい、と思ったことを反省した。事情があってサングラスを掛けていたらしい。服の趣味はちょっとよく分からないが、話し方はしっとりしていて品がいいし、柔和な雰囲気を与えるからか意外と話しやすい。距離の詰め方がうまく、気づいたらするりと相手の懐に入っているような男だ。机に並べられた料理を時折口に運びながら談笑する。
「これうまいなぁ。恵菜さんが作ったん?」
「あ、いえ、これは母が」
「お母さん料理うまいなぁ」
立派な寺の生まれだからか、彼は箸の使い方や食事の所作も綺麗だった。最初は完全に見た目が異様すぎて警戒していたが、話してみると優しくて紳士的な人で安堵する。見た目で判断してしまったことを恵菜は内心で詫びた。
「恵菜さん、東京に住んでるって聞いたけど、戻ってくるつもりなん?」
「うーん、あまりそのつもりはなかったんですが……」
「あはは、いっぺん都会に住むと帰れへんよな。そっか、ご両親にそろそろ帰ってきてって言われた感じ?」
「まぁ……」
苦笑いで答えると、彼はゆるく首をかしげて言った。
「けどこんな別嬪さんなら東京でもっといい人見つけられそうやけどね。僕みたいな寺の次男とかじゃなくて」
「いや、京極さん素敵な方じゃないですか」
「おおきに。別嬪さんに言われると嬉しいなぁ。」
京極はさして嬉しそうでもなく、笑顔だけを顔に貼り付けた感じでそう返事をした。言われ慣れているのかな、と思い恵菜も曖昧な笑みを返す。彼は微笑んだまま続けた。
「でもほんまに勿体ないなぁ、恵菜さんならいい人見つかりそうやのに。」
筑前煮の椎茸を口に運びながら彼は言った。先ほどから似たような言葉を繰り返しており、何だかそれが引っ掛かって恵菜は眉をひそめた。言い方こそこちらを持ち上げて悪い気にさせないようにしているが、どこか遠回しにこの縁談を断りたいと思っているような口ぶりだ。彼もそんなに乗り気じゃないのだろうか?意図するところが分からず恵菜も彼の反応を探り探り言葉を返す。
「え?あー……出会いは探してたんですけど、なかなかうまくいかなくて」
「ふーん……違ったら堪忍なんやけど。もしかして、相手が怪我したり、病気になって会えなくなったり?うまくいきそうと思ったら疎遠になったりとか、したんとちゃう?」
「何でそれを……!」
これまで起こったことを的確に言い当てられ、恵菜は言葉を失う。京極は薄い笑みを浮かべたまま恵菜を見つめていた。目の奥は笑っておらず、色素の薄い瞳にはどこか酷薄な色さえある。先ほどの柔和な雰囲気はなりを潜め、鋭さを纏った彼は言った。
「あんま怖がらせたくはないんやけど、まぁ僕が見た限りは祟りの類やね。それが恵菜さんのご縁を邪魔しとる」
「え?祟り?」
「僕は霊能が強いからそこまでの支障は受けんし、ある程度弾き返せるけど、ここまでの祟りは普通の人間相手やとひとたまりもないやろな。」
恵菜は怪訝そうに繰り返した。祟り。祟りって、ホラー映画や胡散臭いオカルト話でしか聞かない話だ。恵菜は寺の生まれだと言うのに、いまいち幽霊や神様などは信じていないたちだった。普段から墓石が敷地内にあったりお祓いを頼まれた人形が身近にあったりしたため、逆に怖いものへの耐性がついてる上、彼女自身に霊感がないため全く気にしなくなっていた。
そういえばこの人、霊媒師だったな。ようやく今それを思い出すも、いまいち信じきれずに疑わしげな目を向けてしまう。祟りと言っても、恵菜自身に今のところ何の不調もないのだ。恵菜の恋路だけを邪魔する祟りなんて、本当にそんなことがあるんだろうか。
これまでもマッチングアプリや合コンなどで知り会った相手にマルチの勧誘をされたり、謎の化粧品を売りつけられたりしたことがあったため、長年の習性で信じるより先に疑うことが先になってしまう。これで法外な金銭なんかを要求されたらもう完全にアウトだ。恵菜は半信半疑のまま尋ねた。
「あの……それ、一体どうしたら」
「聞きたい?」
彼がうっすらと笑みを浮かべそう言ったので、恵菜はこくりと頷いた。すると京極の口から思いがけない言葉が飛び出す。
「そかそか。うーん、無料の相談はここまでやから、対処法については正式に依頼してもろおかな。まずは着手金ってことで50万、報酬はまぁ要相談やけど、この件で言うと目安は200万くらいやな」
「え?」
「や、こっちも商売やし。割と良心的な値段やと思うけど」
あぁ、前言撤回だわ。少しでもいい人だと思った自分が馬鹿だった。
愛想笑いを貼り付けていた恵菜の顔が引き攣り、乾いた笑いが喉から漏れる。流暢に商売トークを始め、涼しげな顔を崩さない男が心底憎たらしい。恵菜はしおらしく振舞っていたのが嘘のように、京極を睨みつけると語気荒く捲し立てるように言った。
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京極は最初あっけに取られたように切れ長の目を見開いていたが、一通り怒鳴り終わってもういいだろうと判断したのか、なぜか思い出したようにのりの佃煮を一口つまんだ。悪びれもしない様子に余計に恵菜の怒りに油を注ぐ。
「なに食べてんのよ!ありえない、非常識よこのニセ霊媒師!」
「ニセって……酷いわぁ、恵菜さんのこれからの婚活のために言うてあげたのに」
「余計なお世話です!いいわ、私はぜっったいにいい人見つけてウェディングドレスを着るんだから!祟りが怖くて婚活なんてやってらんないわよ!吹っ飛ばしてやるわそんなもん!」
恵菜はそう啖呵を切ってスパーンと襖を開け、居間を出ていく。その後ろ姿を京極は止めるでもなく物珍しそうに見つめていた。その目にはお気に入りのおもちゃを見つけたかのような、好奇心にぎらついた妙な光があった。
「おもろすぎやろ恵菜ちゃん……なんや、あんなおもろい子やったら破談にせんでもよかったかも」
京極は手の甲で口元を覆い、こらえきれずに吹き出した。
元々この縁談には乗り気じゃなかったのだ。両親が死んで兄夫婦が寺を継いだ途端、京極はこの寺に婿入りして寺を継ぐように言われた。兄は幼い頃から霊能の強かった弟を疎んでいたから、要するに厄介払いだろう。母方の縁戚だったのがこの及川家で、後継の男児がいないと聞きつけてこれ幸いと縁談をセッティングしたらしい。別にそんなことをされなくたって嫌なら出て行ったのだが。
京極は婿に入る気も寺を継ぐ気もさらさらなかった。恵菜の容姿は気に入っていたが、彼女と結婚したら自動的に婿に入って寺を継ぐことになるのである。かと言ってこっちから断ると角が立つため、うまく恵菜を怒らせて破談にさせようと考えた。
……だが。
「美人ってやっぱキレると怖いんやな」
恵菜の残していった筑前煮にまで手を出しつつ、京極は呟いた。整った相貌が怒りに染まり、きつくこちらを睨みつけてきた時は正直心臓が止まるかと思った。そして最初の人当たり良さそうな優しげな印象とは打って変わって、激情をぶつけるハリのある声。祟りなんて普通人の手に負えるものではないが、彼女の妙な凄みと勢いがあれば確かに無理でもないような気さえしてくる、不思議な魅力があった。
「かなり好みやけど、よりにもよって蛇憑きかぁ」
惹きつけるのは人も神も物の怪も同じ、生命力あふれる凜とした姿に誰しもが憧れを抱くのは自明とも言えた。彼女にまとわりつく、生臭い蛇の匂い。誰も近づくなと周囲を牽制する、所有の証。京極はため息をつく。
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