婚活OL、冥界の王と蛇神に愛されまくる

ぺこ

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赤い封筒にご注意

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 暑い。恵菜は額に滲んだ汗を腕で拭った。8月も半ばの盆休み、いまだ照りつける日差しは容赦ない。強烈な太陽がアスファルトを焼いて、遠くの景色をぼんやりと揺らめかせている。長い髪をかき上げ、恵菜は日陰でも探そうと近くの公園へ入った。ブランコと滑り台くらいしか遊具がないこじんまりとした公園だったが、砂場で子供が二人遊んでいた。
 ちょうど日陰に覆われたブランコに腰掛けようと思ったが、いい歳をした大人がブランコを漕いでいるなんて不審すぎるだろう。そばに子供もいるのだ、通報されてもおかしくない。他に腰掛けるところを探していると、運良く一つだけベンチがあった。ちょうど木の陰になっている。恵菜は軽く砂を払ってから腰掛けた。

 あの京極とかいう男に腹が立って飛び出してきてしまったが、財布も持たずに出てきたことを後悔していた。これでは飲み物も買えない、あるのはポケットにあるスマホくらいだ。
 このまま帰ったら、絶対にお母さんにどやされる。
 恵菜はため息をついた。いや、言いたいことは言ってやったので気は済んだし、我慢していたらいつまでも悶々としていただろうから別に後悔はしていないが、面倒なことになったとは思う。
 もうそろそろ寺を継いでくれるような男は諦めてくれないだろうか。今回は破談になったが、また似たようなことをして見合いをセッティングされそうで今から気が滅入る。寺を継いでくれる婿養子、というと余計に間口が狭くなっていい人なんて見つかりやしないではないか。
 そう考えた後で、恵菜は突然不安に襲われる。
 ……本当にそうだろうか?実家のしがらみを捨てたならば、いい人が見つかるのだろうか?

『あんま怖がらせたくはないんやけど、まぁ僕が見た限りは祟りの類やね。それが恵菜さんのご縁を邪魔しとる』
『ここまでの祟りは普通の人間相手やとひとたまりもないやろな。』

 京極の言葉がやけに鮮明に蘇る。霊能なんて、祟りなんて信じたこともないのに、彼の言葉が妙に説得力をもって聞こえてしまった。だって、彼は言い当てたではないか。これまで男運が全くなかったこと、どんな相手も怪我や病気で会えなくなること。
 ……彼の言ったことは、もしかして本当なんじゃないか。

 勝ち気な恵菜は珍しく弱気になってしまっていた。これまでの婚活疲れからだろうか、また実家からの期待に耐えかねたのか、いや、一番は京極の言葉に動揺したのか。もう一生自分は結婚できない気がして、幼い頃からの夢だったウェディングドレスも着られない気がして、何だか情けなくて涙が出てくる。
 目頭が熱くなって、じくじくと胸が痛む。それに耐えるようにじっとうつむいて、恵菜はしばらくの間足元を歩くアリの行列をじっと見ていた。

 どのくらいそうしていただろうか。気づけばすでに日は傾きかけていて、空は橙に染まっていた。端の方は藍色に蝕まれ、夜の訪れも近いようだ。子供も知らない間にいなくなっていて、半袖だとやや冷える。街灯なんてほとんどない田舎だから、宵闇に沈みかけた公園は暗く、少し不気味だった。
 気は進まないが帰るか、と腰を上げようとした時。ベンチの上、恵菜の隣に赤い封筒が鎮座している。恵菜は不審に思った。ここに座った時はこんなものなかったのだ。不気味に思ったが、何だかその真紅の封筒は恵菜の心を惹きつけるような、抗えない魅力があった。恐る恐る手に取ってみると、血のように深い赤色をしたその封筒は、形状こそごく普通の縦封筒だが、良質な紙でできているようだ。紙質はしっかりしていて厚手の和紙のように見えた。だが、なぜだか宛先や送り主の記載はなく、まったくの無地で何も書いてはいない。
 封はされておらず薄いので、何も入っていないと思ったが、中を覗き込むと何やら一枚紙が入っていた。

 一体何だろう。
 中身を取り出そうとして一瞬ためらう。その封筒の中身が気になって気になって仕方ないのに、頭のどこか、分からない、第六感みたいなものが、それ以上見てはならない、それを置いて早く逃げろと言っている。心臓がバクバクとありえない速さで脈打っている、息が浅くなって肌は冷え切っているのに汗が滲む。置いて帰った方がいいのは分かっていた。けれど、我慢ができない。
 恵菜は震える指で中の紙を取り出した。

「……?何これ」

 出てきたのは、お札のような形状の白い紙一枚だった。長細い紙に筆で何やら文字が書かれている。日本の言葉なのか中華の言葉なのか、恵菜には漢字が羅列してあることしか分からなかった。その字をたどるように、指先で何度も筆跡をなぞっていた時だった。

「受け取ったな」

 風がぶわりと吹き、木々のざわめきが大きくなる。それに紛れて、背後から深みのある声色が落ち、恵菜は弾かれたように振り返った。眼前にあった姿に瞬きも忘れて見入ってしまう。そこには、この世のものかと疑うほどに美しい男が立っていた。

「婚姻を受け入れたとみなすぞ。よいな」

 血の気のない肌は白磁のようにきめ細やかで美しく。紅をさしたように色づいた唇は美しい弧を描いていて。恵菜が言葉を失う中、凄艶な笑みを浮かべた男は満足げにそう言った。
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