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第一章 移住編

6. 先を急ぐ

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 パトリックが用意してくれたのは、四人がなんとか座れそうな馬車だった。殿下と私、アニエスが中に乗り、パトリックは御者台に座る。

「手狭で申し訳ない」
「いえ、ぜんぜん大丈夫です。ね、お師匠さま」
「ああ。荷物も無いしな」

 手荷物はアニエスが小さなポシェット、私に至っては杖一本だ。
 杖が無くても精霊術は使えるが、これは精霊士の証なのだ。私が独り立ちした時に、師匠から贈られたものである。

 移動の途中で、マグノアという街に寄った。
 そこにもう一人護衛騎士がいるため、拾っていくらしい。殿下たちは元々そこに宿を取っていて、本国から連絡が来たときのために一人を残してきたとのことだった。

 二人目の護衛騎士はロベールと名乗った。銀髪をさらりと流した容姿はなかなか美麗だが、目つきがキツく、あまり愛想は良くない。
 愛想をパトリックと足して二で割ったら、ちょうど良さそうだ。

 その夜はマグノアの宿へ泊まることになった。食堂は宿泊客でかなり混雑しているため、パトリックたちが部屋へ夕食を持ってきてくれた。
 焼いた鶏肉と黒パンという簡素な食事だが、かなり腹が減っていたので有難い。

「マティアス王子は追ってくるだろうか?」
「多分ね。私たちが逃げ出したことに焦っているだろうし、王子はバカだけど行動力だけはある奴だから」
「マティアス殿下に返事を出さなくて、本当に良かったのでしょうか」

 鶏肉へかぶりつく私に、アニエスが心配顔で問いかけた。

「家に置き手紙をして来たから、問題ないよ。今頃、それを読んで怒り狂ってるかもしれないね」
「何て書いたんだ?」
「まるっとお断りだ、おととい来やがれってね」

 実際にはもう少し柔らかい表現だったけれど、だいたいそんな感じだ。
 それを聞いたパトリックが笑い出す。

「そりゃ、とっとと逃げないとですね」

 パトリックをたしなめるフェリクス殿下も愉快そうな表情なのは、言わないでおこう。

 翌日からは宿に泊まらず、なるべく馬車を走らせて距離を稼ぐことになった。
 手紙を読んだマティアス王子は、すぐに追っ手を掛けるだろう。なるべく早く国境を越えるべきというフェリクス殿下の意見に、私も賛同したのだ。

「フロンテへ着く前に、これを渡しておく。門を通る際に必要だろう」

 殿下が私とアニエスへ手渡したのは、二人分の身分証明書だった。

 フロンテはハラデュール国の西端にある街だ。フロンテ西側の大門は、そのままラングラル国へと通じる大街道に繋がっている。大門には検問所があり、通行人はそこで身分証明書を示さなければ通過することはできない。
 
 最悪、兵士に幻影魔法をかけてすり抜けようと思っていた。
 フェリクス殿下は有能だな。どっかのバカ王子と違って。
 
「偽造したものだ。二人は俺の母と妹、ということになっている」

 なるほど。商人の格好をしていたのは、身分証明書を偽造して入国したからもあるのか。

「すまない。シャンタル殿はその……もう少しお年を召した方だと思っていたので、母ということにしたのだが」
「気にしないでくれ。実際、私は殿下のお祖母様より年上だろうからね。エルフの血が入ってるから、若く見えるだけさ」
「そうなのか?」

 殿下はマジマジと私の顔を見た。

「しかし、こう言うと失礼だが、シャンタル殿の容姿は人目を引く。カツラを用意させた方がいいか?」
「ああ、それなら問題ない」

 私は闇精霊を呼び出した。
 彼らが私とアニエスに闇のベールをかぶせる。これも闇精霊術の一つ、幻影魔法だ。二人とも殿下に合わせて黒髪に、私は皺を増やして年嵩に見えるようにした。

「どうだい?」
「すごいな。これなら俺の血縁と言っても、疑われないだろう」
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