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第二章 試験編

81. 公爵邸に淀む闇 ◇

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「こないだの刺客は、まだ捕まっていないのでしょうか」

 シニャック公爵家に滞在して数日が経った。
 刺客が全員捕まるまでは危険だからと、出立できずにいる。勿論、公爵邸の外へ出るのも禁止だ。することがないので、日がな一日イヴォン殿下とお茶を飲みながらお喋りをしている。
 
 ここまで時間が取られるとは思ってなかった。先を急ぎたいのに……。

「そうみたいだね。まあ、ゆっくり待てばいいよ」
「だけど、いつまでもご厄介になるわけには……」
「大丈夫だよ。僕の姉上の家だもん。気兼ねはいらないからさ!」

 殿下はニコニコしながら私を見つめている。あまりにもじっと見られるので、気恥ずかしくてもじもじしてしまう。

「アニエスは本当に可愛いね」
「ふぇっ?」

 突然そんなことを言われた。驚いて変な声が出てしまう。
 私が挙動不審だから気を使って下さったのかな?そんなお世辞を仰るなんて……。

「え、えーと、殿下は口がお上手ですね。そんなことを言われたのは初めてです」
「嘘でしょ?こんな美人なのに。ラングラルの男どもはボンクラなの?」

 横にいたニコルさんとディオンさんが何とも言えない表情をした。
 自国の人を悪く言われたら良い気はしないわよね。殿下はちょっと……無神経、いえ無遠慮、じゃなくて少し口がお悪いところがあるなあ。

「いえ、みなさん良い人ばかりですよ」
「そういうことじゃなくて……」
「殿下、アニエス殿。お邪魔してよろしいでしょうか」

 ノックの音もそこそこに、シニャック公爵が客室へ入ってきた。殿下は少し不機嫌な顔で「構わないよ」と答える。

「アニエス殿。実は夕べから、妻が寝込んでしまいまして」
「えっ、姉上が!?」
「お医者様には?」
「すぐに診せましたが、特に悪いところは見つからないと……。アニエス殿は治療術の使い手と聞きます。よろしければ、妻を診ていただけないでしょうか」
「分かりました。すぐに伺います」
「本当ですか!ありがとうございます。とうぞよろしくお願いします」

 公爵の顔が沈んでいる。あれだけ仲の良いご夫婦なのだもの、さぞや心痛なのだろう。

 お師匠様が旅も修行の一環だと仰ったのは、こういうことなのかもしれない。公爵には滞在させていただいているご恩もある。私一人でどこまで出来るかは分からないけれど、やるだけやってみよう。

 私は早速、ゼナイド夫人のお部屋へ伺った。侍女さんが開けてくれた扉をくぐった途端、背筋を這うようなすごい悪寒に襲われた。

 何これ!?こんなの、初めて……!

 入り口で躊躇う私を見て、侍女さんが怪訝な顔をする。
 いけない。不審に思われてしまうわ。
 必死で何でもないように取り繕い、ベッドに座る夫人へ近寄った。

「こんな格好でごめんなさいね」
「いえ、どうぞお楽になさって下さい。どこか痛いところはございますか?」
「どこかが痛いというわけではないの。強いて言えば頭が少し痛むくらい。ここのところ、ずっと眠れなくて……。ようやく寝たと思ったら、悪夢を見てすぐに起きてしまうの」
「以前からですか?」
「いいえ、最近……そうね、一ヶ月くらい前からかしら」

 私は光精霊を呼び出して、夫人の身体へ纏わせた。悪いところがあれば反応があるはず。
 だが、彼らからは何の反応もない。お医者様の見立てと同じく、身体に原因は無さそうだ。
 
 そうすると精神的な問題?
 男性には言えないような悩みをお持ちなのかもしれない。気の病が頭痛を引き起こすのはよくあることだ。

「もしや、何か悩み事がおありでしょうか?」
「お医者様にも同じ事を聞かれたけれど、本当に心当たりが無いのよ」

 じゃあ、何が原因なのだろう。
 この部屋の悪寒に関係あるのだろうか……?
 
 私は、部屋の中を見回してみた。
 豪奢な家具とベッド、ふかふかの絨毯。分厚いカーテンに遮られた窓。ふと、暖炉の上に置いてある人形に目がいった。小さい女の子を模した、可愛らしいものだ。だけど何だろう。すごく、気になる。

「ゼナイド様。つかぬことをお伺いしますが、あの人形は以前からあるのでしょうか?」
「え?ええ。だいぶ前にイザベルから貰ったものよ。幸運を呼ぶ人形なのですって。あの人は手先が器用で、手芸が得意なの」

 ゼナイド夫人が体調を崩されたのは一ヶ月前だ。ならば人形は関係ない?でも……、この悪寒は暖炉の上から強く感じる。


 私は一旦、自室へ戻った。手にはあの人形がある。私の故郷の民芸品とよく似ているから、詳しく見てみたいと嘘をついて借りてきたのだ。
 
 人形を調べてみるが、外からはこれといって不審な点は見つけられなかった。スカートの裾をめくってみる。股から背中にかけて、縫い目があるのを見つけた。他の縫い目に比べて明らかに新しい。
 荷物から針を取り出し、そっと縫い目をほどく。
 中から出てきたのは、小さな石の入った袋だった。その袋に触れているだけで、背筋がぞわぞわとする。

「これ……もしかして、魔石?」

 私はお師匠様と違って、魔霊を見ることはできないけれど。
 そんな気がする。
 
 お師匠様が、魔霊は人の嘆きや悪意といった負の感情に寄ってくるといっていた。そして、彼らが発する瘴気は人体に有害であることも。

 どんなに幸せな人であっても、何かしら嫌な感情は持っている。それが例えほんの少しだけだったとしても、魔石に呼び寄せられた魔霊たちによってその感情が増幅されれば……。精神面に異常をきたすだろう。

 私は袋を両手に持ち、光精霊を呼び出した。

光の浄化リュミエ・クリン

 全力を込めて浄化の術を放つ。お師匠様に教わったように。
 手の中で石がぱきんと割れる音がして、嫌な感じがふっと消えた。
 
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