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第二章 試験編

100. 嫉妬と喧騒

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 合格の知らせを聞いたのは、家から出ようとしていた時だった。

「そうか、アニエスは無事に合格したか。これでひと安心だね」

 使いを出しても良いけれど、私の口から報告したい。
 そう思って王太子殿下の執務室へ赴くと、ちょうどジェラルドとフェリクス殿下も在席だった。三人とも、吉報を手放しで喜んだ。

「でかした!さすがは君の弟子だな」
「もしかして、アニエスはもう帰ってきたのですか?」
「いや、まだクレシアにいるんじゃないかな。精霊から伝え聞いたんだ」
「精霊から?」

 新しい精霊士が誕生した際は、精霊を飛ばして世界中の同胞へソレを伝えるのだと私は説明した。
 
「つまり……ラングラルに小精霊士スート・マスターが誕生したことを、世界中が知ったということか?」

 アニエスがまだ遠いクレシア国にいると聞いて、若干しょんぼり顔のフェリクス殿下。それにに引き換え、ジェラルドは興奮した表情だ。

「ああ、そうだ。この国へ移住を希望する精霊士が増えるかもしれないな」
「これは、我が精霊振興部にとっても追い風になるぞ!こうしてはおれん。すぐに対策会議を開かねば。シャンタル、時間はあるか?君にも参加して欲しいが」
「すまない。これから王妃様のところへ伺うことになっているんだ」
「義姉上のお呼びであれば仕方ない。俺もいったん文化省へ戻るから、途中まで一緒に行こう」

 ジェラルドの側近も引き連れて、二人で省庁が固まっている建屋へ向かう。
 精霊振興部は文化省の一部署という位置づけだ。ジェラルドは文化省長官であるため、王弟としての執務室の他、長官室にも席を持っている。
 その上、王立学園長に王子たちの補佐まで兼ねているのだから、ハードワークにもほどがある。

「相変わらず忙しそうだな。顔色が悪いぞ。ちゃんと寝ているのか?」
「ここ一週間、あまり寝れていない。だが君の顔を見たら元気が出た」

 長い休暇を取ったせいで、執務が溜まりに溜まっていたらしい。おかげでここ数週間、ほとんど会うこともできなかった。

「無理はするなよ。後で回復薬を届けさせようか?」
「ああ、それは助かる」
 
 そういえば王太子殿下とフェリクス殿下も顔色が良くなかったな。ジェラルドが不在の間、彼らも膨大な執務をこなしていたと聞いた。二人にも薬を届けようか。あと側近たちの分も。

 
「殿下、ご歓談中失礼致します」

 突然割って入ってきたのは、書類を抱えた女性職員だった。「先日の件で問題が……」となにやら込み入った話をしている。
 
 ジェラルドへ熱心に話しかける彼女の顔は紅潮し、瞳は熱っぽい色を浮かべていた。
 うーん、分かり易い。

 仕事には厳しい男だから、部下に手を出すような真似はしてないと思うが。普段から甘い言葉くらいは吐いてるんだろうな……。

「シャンタル、済まない。急ぎの用件のようだ。これで失礼する」
「うん。またな」
 
 手を降って立ち去ろうとした私は、女性職員が私を見ていることに気付いた。
 彼女は鋭い視線でこちらを睨み付けている。私は素知らぬフリをしてその場から離れた。


 
「ちょっと、貴方!」

 王妃様の元へ伺う途中、お花摘みに立ち寄っていた私は出てきたところを捕まえられた。

 声を掛けてきたのは先ほどの女性職員。他にも数人の女性がいる。服装からして同じく女性職員と、あとはメイドか。

「貴方、どういうつもりなの?」
「どうって、何が」
「精霊士だかなんだか知らないけど、平民なんでしょう?ジェラルド殿下に付き纏うなんて、身の程知らずとは思わないの?」

 他の女たちも険しい顔で私を睨み、「そうよそうよ」と口々に責め立ててくる。

「言っとくが、付き纏ってきたのはあいつの方だぞ」
「そんなわけないじゃない!ちょっと優しくして貰ったからって、勘違いしてるんじゃないの?殿下はどんな女性にもお優しいんだからっ!」

 ジェラルドのファンクラブがあることは知っている。
 だがクラブ員のほとんどは高位貴族のご夫人のはずだ。とすると、この娘たちはまた別口だろうか。
 
 まさか、ジェラルドが手を出した女どもじゃあるまいな。

「だいたい、あんたらジェラルドの何なんだよ」
「まあっ、殿下を呼び捨て!?なんて不敬な!」
「私たちはジェラルド殿下の親衛隊よ」

 なんだそりゃ。
 ずいぶんはた迷惑なファンだ。よし、迎撃決定。

「親衛隊ねえ。要はあいつに岡惚れしてる集団じゃないか」
「ち、違うわ!私たちは貴方と違って、身の程を弁えていますもの」
「へえ。んなら”殿下”がどんな相手と恋愛しようが、口を出すべきじゃないだろ?」
「ふん!爵位の高いご令嬢ならともかく、貴方みたいな馬の骨、殿下には絶対近づかせないんだから!」
 
 以前も似たようなことがあった。
 しばらく滞在した国の公爵令息に、やたら気に入られてしまったのだ。あのときは、取り巻きの女どもから散々に嫌がらせされたっけ。
 思い出したら腹が立ってきた。

「なんだかんだ言ってるけどさあ。結局のところ、あいつが余所に女を作るのが気に喰わないだけだろ?それなら夜這いでもして自分からアプローチすりゃいいじゃないか」

 勿論、できないと分かっての煽りである。
 群れないと文句も言えないこいつらに、そんな度胸があるもんか。
 
「なっ……なんて下品な!」
「そうやって、身体で殿下を誘惑したんでしょう!」
 
 女どもは目をひん剥いてピーチクパーチク騒ぎ出した。煩いことこの上ない。
 お前らの”殿下”だって、結構下劣な助平野郎だぞと言ってやりたい。
 面倒くさいなあもう。

 
「王宮の廊下で騒いでいるのはどなたかしら?」

 そろそろブチ切れそうになったところへ、聞き覚えのある声がした。
 朗々と響く美しさを持ちながらも凄みに満ちた声。その持ち主は、侍女を伴った王妃殿下だった。
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