【短編集】死者は語らない~カラゴル博物館へようこそ

藍田ひびき

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聖女の行進

2.

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 数年修行を積んで正式に聖女となったことで、アタシの生活は一変した。
 神官長の次くらいに良い部屋を与えられ、侍女も付けられた。服装は高価な物に変わったし、食事も今までとは段違いに良い物が与えられる。神殿の行う祭典に出席すれば「聖女様」と崇められた。
 
 アタシがなぜそこまで丁重に扱われるかというと……ひとえに浄化のスキルゆえだ。
 この国は頻繁に魔獣の被害にあっている。それを喰いとめてくれる存在なのだから、そりゃあ大事にするよね。おかげで魔獣が出るたびに、どんなに遠くても現地で浄化をさせられた。困っている人を救うためと言われれば従うしかない。
 そういう神官たちは、民を救おうなんて考えはこれっぽっちも持っていなかったくせにね。彼らはアタシを利用してより多い寄付金をせしめようとしていただけ。
 
「お姉ちゃ……じゃなかった、お姉様。また出かけるの?」
「ごめんね、フェリシー。また魔獣が出たらしいんだ」

 アタシが式典だ魔獣退治だと飛び回っているせいで、フェリシーと一緒にいられる時間はほとんど無い。最初は「いつも一緒だったのに……」と寂しがってむくれるくらいだったが、そのうちに「ずるい。何でお姉様だけ」と口にするようになった。

「何でお姉様だけいい服を着ているの?」
「聖女だから、人前に出るにはそれなりの格好をしなければならないんだよ」
「じゃあ、どうして私より良いものを食べているの?」
「聖女があんまり痩せっぽっちじゃみっともないんだってさ」

「何でお姉様が王子様と結婚できるの?私だって浄化のスキルを持っているのに!」
「……うるさいなあ。アタシが聖女なんだから、仕方ないでしょ!」

 休む間もなく国中を飛び回っていたアタシはヘトヘト。本当は疲れていたけれど、妹の前では辛い顔はできなかった。お姉ちゃんだから。それも知らず聞き分けのない妹にひどくイライラした。
 私がアドリアン殿下との婚約を望んだ訳じゃない。初対面で「これが聖女か。みすぼらしいな」と吐き捨てるように言った男だ。婚約者らしいことなんて、一つもして貰ったことはない。王太子だろうが見目が良かろうが、そんな奴と誰が結婚したいものか。
 
 殿下の事を考えたら頭に血が上って、ついキツい言葉を返してしまった。言い過ぎたと思ったけれど、もう遅い。フェリシは一瞬固まった後、「お姉様なんて知らない!」と半泣きで去っていった。
 それ以来、アタシと妹はギクシャクするようになった。あの時のことを謝らなきゃ。そう思うのに、時間だけが過ぎていく。

 
「お前の妹、結構な美人じゃないか。彼女も聖女候補なんだろ。お前ではなくフェリシーが聖女になる可能性もあったんじゃないか?」
「フェリシーはアタシ、いえ私より聖力が劣りますので」
「残念だな。お前みたいな地味女と違って、フェリシーなら俺の横に立っても見劣りしないだろうに」

 アドリアン殿下がニヤニヤとした顔を向ける。ろくに会おうとしない癖に、たまに呼び出したかと思えばこうやってアタシを揶揄して楽しむんだ。この屑男め。

 この時に嫌な予感はしていた。

 年頃になって分かったのは、フェリシーがかなりの美少女だということだ。陶器のように白い肌、つややかになびく栗色の髪は男たちの目を引く。神殿へ礼拝に来た若い男たちが彼女を巫女見習いだと勘違いして、口説こうとしたことも度々あった。
 それでフェリシーは気づいたのだ。自分が他者より美しいということに。

「お姉ちゃん、もう少し見た目に気をつけたら?私みたいに」
「毎日忙しいからね。そこまで気を配る元気がないよ」
「ふうん。あんまりみすぼらしいと、アドリアン様に嫌われちゃうよ?こないだも『俺の婚約者のくせに、マリーズは地味だ。少しは化粧でもすればいいのに』ってぼやいていたもの」
 
 いつの間にフェリシーはあの屑王子と親しくなったんだろうか?いや、そんなことよりも。
 アタシを見る妹の表情が、酷く歪んでいることの方が気になった。美しいけれど醜悪なその顔には見覚えがある。
 ……そうだ。アタシを見下して嘲笑う、アドリアン殿下と同じ目。

 
「お前との婚約を破棄する!」

 大勢の神官たちの前で宣言したからには、もう撤回はできないだろうなあ。
 言われて最初に思ったのはそんなことだった。
 婚約破棄は別に構わない。むしろ大歓迎だ。王太子の婚約者であることにも、聖女であることにもアタシは辟易していたから。
 
 だから二人が真に愛し合っているのなら喜んで祝福する。だけど……アドリアン殿下はどう見てもフェリシーの容姿にしか興味が無さそうだ。それにフェリシーの方だって、おそらく王族になればちやほやされる、贅沢できるくらいにしか思っていない。
 それにフェリシーが聖女になるという事は、アタシが今までしてきた苦労を彼女へ背負わせるということだ。

「アドリアン様は私を可愛い、生涯大事にするって言ってくれたもん!私はいずれ王妃になるのよ。綺麗な服を着てみんなに傅かれるの。可哀そうだから、お姉様は私の小間使いにしてあげるわ」
「フェリシー、お前はあの王子の本性を知らないからそんなことが言えるんだよ。それに、聖女ってのはそんなに楽なもんじゃないって」
「やだぁ。お姉様ったら嫉妬してるの?」

 どれだけ止めても、フェリシーは耳を傾けてくれない。私にはもうどうしようもなかった。
 さらにアドリアン殿下はアタシを神殿から追放すると決定した。曰く、聖女を騙った大罪人だから、とかなんとか。アタシの今までの働きを知っている神官たちは反対したようだけれど、神官長が殿下に従うと決めてしまった。神官長は貴族の出身でアドリアン殿下の母親と親戚らしいから、殿下に追従したんだろう。

「じゃあねえ、お姉様。これからは他人だから。聖女じゃなくなったお姉様はただの平民で、私は聖女で未来の王妃だもの。お金が無くなったからって、頼って来ないでね!」

 そんな妹の声を背に受けながら、私はとぼとぼと神殿を後にした。

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