【短編集】死者は語らない~カラゴル博物館へようこそ

藍田ひびき

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聖女の行進

1.

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 ピカピカに磨き上げられた回廊には、ガラスケースに入れられた骸が立ち並んでいる。ドレスを纏った女性や、甲冑を纏った騎士、幼い赤子……。
 腐らないように処理がされているそれらは、見る人を喜ばせるかのように美しく飾り立てられていた。
 
 人の骸を見せ物にすることに、道義的問題はあるかもしれない。だが世の中には悪趣味な趣向を喜ぶ好事家が多いのも事実だ。このフラゴル博物館を訪れる観客たちのように。

 順路に従って回廊の奥へと歩を進める者は、ひと際大きなガラスケースを目にするだろう。
 
 飾られているのは女性の遺体。右手に杖を持ち、真っ白なローブを着るその姿には荘厳さすら感じさせる。彼女の足元にはたくさんの兵隊人形が並べられており、骸とのちぐはぐな印象が逆に見る者の心を惹きつける。
 
 【聖女の行進】

 そう名付けられた展示物は、今日も虚ろな眼窩で観客たちを見つめていた。
 
 
 ***

「マリーズ!お前との婚約は破棄する!」

 威張りくさった態度でアタシに向かってそう言い放ったのは、このルェワリア国の王太子アドリアン殿下。そしてこれみよがしに彼へ寄り添い、勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは――アタシの妹、フェリシーだ。

「お前は聖女の勤めを怠り、フェリシーに仕事を押しつけていたらしいな。さらには信者に対し、彼女の悪い噂を広めていた。そうやって妹を貶め、自分の悪行を隠そうとしたのだろう!そのような不心得者を妻にすることは出来ない。俺はお前との婚約を破棄し、新たにフェリシーと婚約する」
「そういうことなのよ、お姉様。ごめんなさいねぇ~?」

 二人は意地の悪い笑みを浮かべている。言われた罪状には一つも身に覚えがないけれど、多分それを伝えたところで聞く気はないんだろうな。あと仮にも王太子とその婚約者がニタニタ顔は止めた方がいいと思う。下品だから。
 
 それにしても……やっぱりこうなったか。


 アタシとフェリシーは平民だ。どっかの貴族か王族の落とし種とかそういうものでは全然ないし、両親がどんな人かすら知らない。物心が付いた頃には二人とも孤児院にいた。
 親が死んだのか、それとも捨てられたのか……分かることはただ一つ。アタシの家族はフェリシーだけということ。

 孤児院には世話をしてくれる修道女や他の孤児たちもいたけれど、彼らは家族じゃない。
 辺境近くにある小さな孤児院だったから、寄付金もあまり集まらなくて常にカツカツ。与えられる食事は一日に一食だ。そんなもんで足りるわけがないので、みんな他の者の食事を奪おうとする。もちろん、見つかったら怒られるのでこっそりだけど。
 
 特に妹は孤児の中で一番年少だったから、格好の的だった。だからアタシにとって、フェリシー以外の孤児はみんな敵。食事を奪われて泣くフェリシーと二人で、アタシのパンを分け合ったこともある。

 アタシは気も力も強い方だったから、次の日に奴らのパンを穫ってやったけどね。運悪くそれが修道女に見つかってしまった。
 あそこの修道女はとにかく厳しくて、ちょっと悪戯をしただけで折檻するんだ。あのときは地下の部屋に一晩閉じこめられたっけ。翌朝戻ってきたアタシにフェリシーが泣きながら抱きついてきたのを覚えている。

「ごめんね。お姉ちゃんは私のために、パンを取り返そうとしただけなのに」
「大丈夫大丈夫。このくらい、へっちゃらだよ。なんたって、アタシは姉ちゃんなんだから」

 そんな風に答えながら、涙の跡がいっぱい付いた妹の頬を撫でた。本当は地下が寒くて怖くて、アタシの方がフェリシーの温かさにホッとさせて貰ったのは内緒。

 あのまま育っていたら成人後に孤児院を追い出され、二人で最底辺の暮らしを続けていただろう。そんなアタシたちがまさか王族なんかと関わるようになるなんて、あの頃は思いもしなかった。
 
 この国のほとんどの者は多かれ少なかれ魔力を持っている。魔力の種類や量は本当にひとそれぞれ、らしい。
 それによって将来進む道も決まるため、子供は11才を越えたら魔力測定試験を受けることになっている。12才になったアタシも御多分に漏れず魔力測定の試験を受けた。12才になってしまったのは、貴族や裕福な家の子供が優先だから後回しにされただけ。

「この子には浄化の力がある。しかも高位の魔術師に匹敵する魔力量だ」

 神殿にいた神官たちが一斉にざわめいた。
 浄化?なんのこっちゃと首を傾げるアタシをよそに、大人たちは大騒ぎ。その後、アタシは神殿の一部屋へ押し込められた。

「アタシはいつ帰れるんですか?」
「貴方はこれから神殿に住むのですよ。聖女候補なのですから」
「聖女ってなに?」

 神官はそんなことも知らないのかと言わんばかりの蔑んだ目をした。仕方ないじゃん。誰も教えてくれなかったんだから。
 
  聖女とは魔を払う力――浄化のスキルを持つ女性のこと。
  数十年に一人産まれるか産まれないかというくらい希少な存在であること。
  アタシの力は相当に強いため、おそらく聖女に選ばれるであろうということ。
 
 それを聞いて凄いことなんだなということは何となく分かったけれど、アタシはそんなことよりフェリシーの事が心配だった。
 今頃、泣きながらアタシを待っているだろう。またパンを穫られてるかもしれない。早く帰ってあげなきゃ。

「アタシには妹がいるんです。ここに住むんだったら、妹も連れて来て下さい」
「駄目です。神殿は神へ仕える神聖な場所。聖女候補でなければ住む資格はありません」
「だったらアタシは聖女なんてならない!」
 
 暴れて飛び出そうとしたけれど、大人たちに捕まえられてしまった。何度も神殿から抜け出そうとするし、ふてくされて聖女の修行もやろうとしないアタシに神官たちは困り果てたのだろう。しばらくしてフェリシーも神殿へ連れてこられた。

 後から知ったことだが、神官の一人が「この子の血縁なら、浄化に類するスキルを持っているかもしれない」と提言したそうだ。
 そこでまだ10才ではあるが特例としてフェリシーにも測定試験を受けさせたところ、彼女も同じスキルの持ち主だと分かった。そのため晴れて共に聖女候補として神殿へ住めることになったのだ。

「お姉ちゃん、見て。こんな白い服、初めて!」
「ご飯いっぱいだね、嬉しいね!」

 今思えば聖女候補の服なんて簡素なものだったし、食事だって質素だった。
 だけど着てる物はボロボロでいつもお腹を空かせていた孤児院での生活に比べれば、神殿は天国だった。アタシにとってはあの頃が人生で一番楽しい時期ときだったと思う。

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