【短編集】死者は語らない~カラゴル博物館へようこそ

藍田ひびき

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黄金の手

2.

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 娘可愛さにロランとの結婚を受け入れたエテュアン侯爵は、すぐに後悔することとなった。

 なにせ、婿となった男は何の役にも立たないのだ。領地経営について教えようとしても、右から左へ聞き流す。家中を仕切ることもできない。
 出来ることといえば、絵を描くことと女性を侍らすことだけ。

 エテュアン侯爵は、早々に娘夫婦を切り捨てることを決断。後継ぎは親戚筋から迎えることにして、二人を領地へ追いやった。
 とはいえ小さな家と使用人を用意し、毎年暮らしていけるだけの生活費も出してくれたのだから、甘いものだ。
 
 妻は王都から離れることに不満たらたらだったが、ロランはこの暮らしも悪くないと思った。生活に不自由はないし、働く必要もない。ただ好きに絵を描いていればいいのだから。
 時折は二人で王都に出かけ、観劇や買い物を楽しんで美食に舌鼓を打つくらいの余裕はあった。遊興が過ぎてお金が足りなくなると、描いた絵を売ってそれに充てた。
 
 だが侯爵が亡くなり、後継ぎの代になると状況は一変した。彼は二人に対し、生活費は出さないと言ったのだ。
 酷いと騒ぐレオノールに対して、「侯爵は資産の一部を貴方へ残した。それが貰えるだけ有り難いと思え」と言い放った。

 ここでレオノールは、ハタと気付いた。
 自分にはこの家と、父の残した遺産がある。そして隣には高価な画材と遊興で無駄遣いをする夫。

 この男さえいなければ、遺産でなんとか生きていけるのではないか?
 何の役にも立たないのに遊ぶことだけは得意なロランに、愛情はとっくに消え失せていた。
 
 
 そうして妻から一方的に離縁を突きつけられ、家から追い出されたロラン。
 彼は自分勝手な妻にちょっと腹を立ててはいたが、実家に帰ればいいかと暢気にとらえていた。
 
 だが、現実はそれほど甘くはない。
 既に両親は亡く、長兄は縁を切ると告げてロランを放り出した。むろん、他家の婿養子となった次兄も同様である。

 ロランは途方に暮れた。苦し紛れに残り少ない画材で絵を描くも、全然売れなかった。

 彼は今までずっと、美しいものに接した感動を描写してきた。それが見るものの心を捉えたのだ。今のロランの周囲には、美しいものなど何一つない。彼の絵にはもう、以前のような輝かしい魅力はなかったのである。

 ついに手持ちの金がつき、ロランは宿を追い出された。食べる物もなく、寒風に晒されてもはや行き倒れる寸前。
 
 そこへ、声をかけて来る男がいた。

「もしや、ロラン様ではありませんか?……ああ、やはりそうだ!俺は貴方の絵のファンなのです」

 行くところが無いロランを、男は自分の家へと誘った。
 連れて行かれた先は、町外れにポツンと立つ一軒家。すぐそばに鬱蒼とした森がある。ずいぶんと錆びれた場所だとロランは思った。だが今は、雨風を凌げるだけでも有り難い。

「寒かったでしょう。さあ、暖炉のそばへ」

 暖かい炎の前で、こわばった手足がほぐれていく。
 出された酒を口にしたせいだろう。少し饒舌になり、「貴方はここに一人で住んでいるのですか」と疑問を口にした。
 
「ええ、俺は独り身です。婚約者がいたのですが、先立たれまして」

 男はつらつらと過去を話し出した。

 婚約者はアメリーという名であること。とある令嬢の元侍女であったこと。そして主の婚約者であった令息との不貞を疑われ、解雇されたこと。
 
 どこかで聞いたような話だ。そう思いながら酒を飲むロランに、男は話し続ける。

「社交界では、それなりに話題になった話だと思いますが。そうですか、覚えていらっしゃいませんか。……本当に救いようがないな、お前は!」

 突如男が立ち上がり、憎々しい目で睨みながらロランへ剣を向けた。慌てて逃げようとするが、足がもつれて倒れ込む。
 
 身体が自由に動かない。
 酒に何か入っていたのだと気づく頃には、もう遅かった。剣の切っ先が彼の足を切り裂く。

 悲鳴を上げるロランを、男は歪んだ笑みを浮かべながら見つめていた。

「アメリーはお前の妻、レオノールの侍女だったんだ」

 令息との不貞は真実ではなく、婚約を破棄するためにレオノールがついた嘘だった。愛するロランと結婚するために。
 
 アメリーは何度も無実を訴えた。
 男もまた、婚約者の無実を信じた。男とアメリーの婚約は親が決めたものだったが、二人は深く愛し合っていたのだ。
 
 彼女の人柄を知る者は、薄々嘘だと分かっていたかも知れない。だが公爵家の権力と財力にモノを言わせてでっち上げられた証人が相手では、沈黙するしかなかったのだ。

 男の両親は不貞をするような娘を嫁にするわけにはいかないと、婚約破棄を申し立てた。それを知ったアメリーは首を吊って自害。
 男はアメリーの遺体にすがりついて号泣した。そして、復讐を誓ったのだ。

 
 自分は何も知らなかった。レオノールが勝手にやったことだと、ロランは必死で訴える。

「そのおめでたい頭でも、少し考えれば分かっただろうに。まあいい。お前の次は、あの女を殺しに行く」

 何でもする、俺の絵を全部やるから助けてくれと叫ぶロラン。

「お前の絵に何の価値があるんだ。今や全然売れてないらしいじゃないか。以前は黄金の手と呼ばれたそうだが……もう要らないな、そんな手は」

 そうして男は彼の右手を斬り落とした。
 ロランは悲鳴を上げ、痛みに悶絶する。

 床を転がりながら助けてくれと懇願する彼を、男は黙って見下ろしていた。
 その冷酷で無慈悲な瞳に、心が絶望で染め上げられていく。
 
 そうしてロランが血だまりの中で絶命するまで、男はその様を眺めていた。


* * *

「……それは、本当の話なのでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。真実かもしれませんし、遺体の売値をつり上げるために作られた話かもしれません」

 来訪者の問いに、黒づくめのキュレーターはにこやかな笑みで答える。
 
 これ以上、詮索しないほうが良さそうだ。
 目の前の男の慇懃ながらも有無を言わせぬ微笑みに、来訪者はそう思った。

「いや、面白い話をどうも。私はそろそろ失礼しますよ」
「本日はお忙しい中ご来館頂き、誠にありがとうございました。またのご来訪をお待ちしております」

 深々とお辞儀をするキュレーターに手を振り、来訪者は博物館を後にした。
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