7 / 11
黄金の手
1.
しおりを挟む
死者の骸が立ち並ぶフラゴル博物館。その一角に、小さなガラスケースがある。
その中に展示されているのは、人間の右手だ。掲げられた札に説明文はなく、この展示物の名称のみが書かれている。
――【黄金の手】と。
* * *
その手の持ち主は、ロランといった。エルハオール王国、フイヤード伯爵家の生まれである。といっても嫡男ではなく、三男だ。
彼は幼い頃から容姿に恵まれていた。美しい銀の髪にくりくりとしたブラウンの瞳。その蕩けるような笑顔に、母親はもちろん、乳母や侍女たちも夢中になった。
三男という気楽さもあったのだろう。ロランは母親から溺愛された。勉強や剣の稽古を嫌がっても許される。偏食で好きな物しか口にしなくても、母は「あらあら、仕方のない子ねえ」とニコニコしているだけだ。
ロランは美しい物が好きだった。
絵画や音楽、劇。もちろん、美しい女性も。
ロランを取り巻く女たちは、みな自分を愛し、慈しんでくれる。だからロランも彼女達を愛した。それはもう、万遍なく。
ある時、気まぐれに母親の絵を描いた。幼いながらも精緻な遅筆と斬新な構図を見た大人たちは絶賛。それ以降、彼は絵へのめり込んだ。
父親は母親ほどには彼を甘やかさなかったが、ロランの行動に何も言わなかった。
彼に厳しい眼を向けたのは、長兄と次兄だけだった。「遊んでばかりでは、将来苦労するぞ」と何度も忠告した。兄たちは本当に彼を心配していたのだが、ロランの心には響かない。
母親に「あの子たちは、才に溢れた貴方を嫉妬しているのよ」と言われ、そうかと思っただけだった。
貴族学院への入学が決まった日、父親はロランを呼び「将来はお前の好きな道を選びなさい」と伝えた。
三男である彼には継げる爵位も領地もない。だから、自分で生きる道を選べと父は言いたかったのだ。
だがロランは、「自分の好きなように生きていいのだな」と都合よく解釈してしまった。
学院へ入ってからも、彼は自堕落に過ごした。成績はいつもぎりぎりだ。
頭が悪いわけではない。会話で人を楽しませるのは得意だ。だからそれなりに友人はいたし、何より美しい容姿のおかげで令嬢たちには大変人気があった。
彼女たちはロランに自分の絵を描いてくれとせがみ、彼はたくさんの絵を産み出した。その一枚が、ある画商の目に留まる。
「貴方の絵は素晴らしい。高値で買い取らせて欲しい」と言われ、彼は喜んで数枚の絵を画商へ渡した。
在学中から有名な画家となったロラン。数々の美しい絵を生み出すその右手は、『黄金の手』と持て囃された。
美しい女性たちに囲まれ、どこへ行っても賞賛される。彼にとってそれは人生で一番幸せな時だったろう。
卒業も間近となったロランは、一人の令嬢と恋に落ちた。エテュアン侯爵家の令嬢であるレオノールだ。彼女は女性たちの中でも一際麗しく、何より侯爵令嬢という立場で他の令嬢たちをかしずかせていた。
こんな最高の女性が自分に夢中なのだ。そう思うだけで鼻が高かった。
だが、レオノールには既に婚約者がいた。一人娘である彼女は、伯爵家の次男を婿養子として迎えることになっていたのだ。
「ああ、ロラン様……。私たちはこんなに愛し合っているのに、引き裂かれてしまうなんて」
「泣かないでくれ、レオノール。俺も胸が張り裂けそうだ。君と一緒になれるなら、どんな手も使うのに」
その後、突如としてレオノールの婚約が破棄された。婚約者がレオノールの侍女と浮気をしていたという理由で。
令息は身に覚えがないと言い張ったが、侍女と睦みあっている姿を目撃したという証言者がいたのだ。令息の実家は膨大な慰謝料を払い、息子を勘当した。
「これでロラン様と結婚できますわ。父も承諾してくれました」
ロランの父、フイヤード伯爵も快諾した。持て余していた三男坊を引き取って貰えるのだから、文句があるはずもない。
縁談はとんとん拍子に進んだ。
随分と都合の良い展開に、普通ならば不審感を抱きそうなものだ。だがロランは何も考えず、ただ現状を受け入れた。
きっと、自分は天運に恵まれているのだな。そんな風に思っただけだった。
その中に展示されているのは、人間の右手だ。掲げられた札に説明文はなく、この展示物の名称のみが書かれている。
――【黄金の手】と。
* * *
その手の持ち主は、ロランといった。エルハオール王国、フイヤード伯爵家の生まれである。といっても嫡男ではなく、三男だ。
彼は幼い頃から容姿に恵まれていた。美しい銀の髪にくりくりとしたブラウンの瞳。その蕩けるような笑顔に、母親はもちろん、乳母や侍女たちも夢中になった。
三男という気楽さもあったのだろう。ロランは母親から溺愛された。勉強や剣の稽古を嫌がっても許される。偏食で好きな物しか口にしなくても、母は「あらあら、仕方のない子ねえ」とニコニコしているだけだ。
ロランは美しい物が好きだった。
絵画や音楽、劇。もちろん、美しい女性も。
ロランを取り巻く女たちは、みな自分を愛し、慈しんでくれる。だからロランも彼女達を愛した。それはもう、万遍なく。
ある時、気まぐれに母親の絵を描いた。幼いながらも精緻な遅筆と斬新な構図を見た大人たちは絶賛。それ以降、彼は絵へのめり込んだ。
父親は母親ほどには彼を甘やかさなかったが、ロランの行動に何も言わなかった。
彼に厳しい眼を向けたのは、長兄と次兄だけだった。「遊んでばかりでは、将来苦労するぞ」と何度も忠告した。兄たちは本当に彼を心配していたのだが、ロランの心には響かない。
母親に「あの子たちは、才に溢れた貴方を嫉妬しているのよ」と言われ、そうかと思っただけだった。
貴族学院への入学が決まった日、父親はロランを呼び「将来はお前の好きな道を選びなさい」と伝えた。
三男である彼には継げる爵位も領地もない。だから、自分で生きる道を選べと父は言いたかったのだ。
だがロランは、「自分の好きなように生きていいのだな」と都合よく解釈してしまった。
学院へ入ってからも、彼は自堕落に過ごした。成績はいつもぎりぎりだ。
頭が悪いわけではない。会話で人を楽しませるのは得意だ。だからそれなりに友人はいたし、何より美しい容姿のおかげで令嬢たちには大変人気があった。
彼女たちはロランに自分の絵を描いてくれとせがみ、彼はたくさんの絵を産み出した。その一枚が、ある画商の目に留まる。
「貴方の絵は素晴らしい。高値で買い取らせて欲しい」と言われ、彼は喜んで数枚の絵を画商へ渡した。
在学中から有名な画家となったロラン。数々の美しい絵を生み出すその右手は、『黄金の手』と持て囃された。
美しい女性たちに囲まれ、どこへ行っても賞賛される。彼にとってそれは人生で一番幸せな時だったろう。
卒業も間近となったロランは、一人の令嬢と恋に落ちた。エテュアン侯爵家の令嬢であるレオノールだ。彼女は女性たちの中でも一際麗しく、何より侯爵令嬢という立場で他の令嬢たちをかしずかせていた。
こんな最高の女性が自分に夢中なのだ。そう思うだけで鼻が高かった。
だが、レオノールには既に婚約者がいた。一人娘である彼女は、伯爵家の次男を婿養子として迎えることになっていたのだ。
「ああ、ロラン様……。私たちはこんなに愛し合っているのに、引き裂かれてしまうなんて」
「泣かないでくれ、レオノール。俺も胸が張り裂けそうだ。君と一緒になれるなら、どんな手も使うのに」
その後、突如としてレオノールの婚約が破棄された。婚約者がレオノールの侍女と浮気をしていたという理由で。
令息は身に覚えがないと言い張ったが、侍女と睦みあっている姿を目撃したという証言者がいたのだ。令息の実家は膨大な慰謝料を払い、息子を勘当した。
「これでロラン様と結婚できますわ。父も承諾してくれました」
ロランの父、フイヤード伯爵も快諾した。持て余していた三男坊を引き取って貰えるのだから、文句があるはずもない。
縁談はとんとん拍子に進んだ。
随分と都合の良い展開に、普通ならば不審感を抱きそうなものだ。だがロランは何も考えず、ただ現状を受け入れた。
きっと、自分は天運に恵まれているのだな。そんな風に思っただけだった。
149
あなたにおすすめの小説
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――
ドアマット扱いを黙って受け入れろ?絶対嫌ですけど。
よもぎ
ファンタジー
モニカは思い出した。わたし、ネットで読んだドアマットヒロインが登場する作品のヒロインになってる。このままいくと壮絶な経験することになる…?絶対嫌だ。というわけで、回避するためにも行動することにしたのである。
姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる