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「お前に縁談の話が来ている。キャロラインお嬢様からの、たってのお話だ。お嬢様の侍女の一人がお前を気に入っているらしい」
騎士隊長から縁談を持ちかけられた時、レナードは背中に冷や水を掛けられたような気分になった。
自分の容姿が女性を惹きつけやすいという自覚はある。同僚と模擬戦をしている時に、女たちが黄色い声を上げながら見物することはよくあった。件の侍女とやらも、そんな女たちの一人なのだろう。
(お嬢様は、俺が他の女と心を通わせてもいいと思っているのか。真実の愛だと思っていたのは、俺だけだったのか?)
「うまくやったな!」「どうやってお嬢様の侍女に取り入ったんだ?」と軽口を叩く同僚たちを相手にする気も無い。
しかし彼らの「結婚したら、お嬢様の専属騎士になれるかもなあ。羨ましい」という言葉にハッとした。
王太子の婚約者となったキャロラインには、夜会やお茶会の誘いが殺到している。そのため専属の護衛騎士を増やすという噂だ。
ただし護衛に選ばれるのは、女性騎士もしくは既婚の男性騎士のみ。
お嬢様はレナードを専属騎士にするため、妻帯させるつもりに違いない。
長くキャロラインの専属を努めている女性騎士は、リンスコット侯爵より近衛騎士への推薦状を貰ったと聞く。もし近衛騎士になれば――キャロラインが王太子妃となった後も、彼女の傍近くへ仕えることが可能かもしれない。
引き合わされたその侍女、アンジェリカ・ベックリー男爵令嬢を見て、レナードは唖然とした。
茶色の髪はパサパサで、大きくて不格好な丸い眼鏡。侯爵令嬢の侍女だけあって立ち居振る舞いは様になっているが、麗しいキャロラインの足もとにも及ばない冴えない娘だ。
レナードはこっそりと苦笑した。
キャロラインお嬢様は、彼が万が一にも妻へ心を移さないために不細工な女を宛がったのだろう。
(可愛らしいことをするものだ。そんな心配をなさらなくても、俺はお嬢様一筋なのに)
隊長には「お前が望まないならば、俺から断りを入れても良い」と言われたが、レナードは喜んでこの縁談を受け入れた。
結婚式を終えてからも、レナードはほとんどの時間を騎士の詰所で過ごした。
泊まり込むことも多いため、家に帰るのは稀だ。何度かアンジェリカが「話をしたい」と詰所を訪れたらしいが、仕事中だからと追い返して貰った。
妻へ愛情を持っているなどと思われないように振る舞わなければならない。愛するお嬢様に、お心安らかにいて頂くために。
ある日、アンジェリカからだと使用人が手紙を持ってきた。中には一言だけ、「離縁して下さい」と書いてある。苛ついたレナードは「自分の立場を考えろ」と書いて返した。
(こう言えば夫の気を引けるとでも思っているのだろう。鬱陶しい)
義父であるベックリー男爵からも苦情の手紙が来たが「アンジェリカも覚悟の上で嫁いできたはずだ」と返事をした。
キャロラインの侍女ならば、主の意向を汲むべきだろう。それなのに親にまで苦情を言うとはと苦々しい気持ちになる。
手紙が何通も届くので、終いには読まずに放置した。
それから暫くして、隊長に「異動の件で話がある」と呼ばれたレナードは、内心の喜びを隠せなかった。
ついにお嬢様の専属護衛に選ばれたに違いない。意に添わぬ結婚を受け入れた甲斐があるというものだ。
「は……?ティリス駐屯地へ異動?」
ティリス駐屯地はリンスコット侯爵領の北の端にある。村が点々とあるだけで、人より家畜が多い場所だ。魔獣が出没するため騎士が配置されているのだが、誰も行きたがらないため常に人手不足だと聞く。
「何かの間違いでは……。お嬢様の専属騎士の話ではないのですか?」
「独身のお前が、お嬢様の専属になれるわけないだろ」
「俺は既婚者です!」
「離縁したんだろう?お前の有責で。実家のフォーブズ伯爵家が慰謝料を払ったと聞いたぞ」
何のことだか、さっぱり分からなかった。レナードは何も知らない。離縁したことも、実家が慰謝料を支払ったことも。
「ああ、そうそう。ティリスには寮も無いからな、身の回りの世話をしてくれる者が必要だろう。旦那様があちらに住む女性を紹介して下さるそうだ」
「え、あの、俺は」
「相手はお前に『愛する人』がいても構わないと言っているらしいぞ。良かったな」
妻一筋の俺にはとんと理解できないがな、と付け加えた隊長は笑っていたが、その瞳には冷たい光が宿っていた。心底蔑むような、そんな目だ。
レナードは慌ててフォーブス伯爵家へ駆け込んだが、出迎えたのは隊長と同じように冷たい目をした父だった。
「よくおめおめと顔を出せたものだな」
ベックリー男爵から息子の所業を聞かされたフォーブス伯爵は仰天したらしい。レナードが寄り親から紹介された相手を疎かにするという、愚かな真似をするとは思ってもいなかったのだ。
伯爵はベックリー男爵と協議の上、慰謝料を支払って離縁届に判を押したと語った。
「なぜ勝手に離縁へ同意したのです!?」
「今さら何だ?もう半年前の話だぞ。こうなる前に何度も手紙を出したはずだ。それを無視したのはお前だろうが」
「え……」
ベックリー男爵からの手紙だとばかり思って無視していたが。その中に実家からの手紙も含まれていたのだと、レナードは今更ながらに気付く。
「妻がそんなに気に喰わなかったのなら、最初に断れば良かったろう。リンスコット侯爵はお怒りだ。我が家も侯爵一門の会合に三年間の出入り禁止となった。お前のせいでな。この恥さらしが!」
騎士隊長から縁談を持ちかけられた時、レナードは背中に冷や水を掛けられたような気分になった。
自分の容姿が女性を惹きつけやすいという自覚はある。同僚と模擬戦をしている時に、女たちが黄色い声を上げながら見物することはよくあった。件の侍女とやらも、そんな女たちの一人なのだろう。
(お嬢様は、俺が他の女と心を通わせてもいいと思っているのか。真実の愛だと思っていたのは、俺だけだったのか?)
「うまくやったな!」「どうやってお嬢様の侍女に取り入ったんだ?」と軽口を叩く同僚たちを相手にする気も無い。
しかし彼らの「結婚したら、お嬢様の専属騎士になれるかもなあ。羨ましい」という言葉にハッとした。
王太子の婚約者となったキャロラインには、夜会やお茶会の誘いが殺到している。そのため専属の護衛騎士を増やすという噂だ。
ただし護衛に選ばれるのは、女性騎士もしくは既婚の男性騎士のみ。
お嬢様はレナードを専属騎士にするため、妻帯させるつもりに違いない。
長くキャロラインの専属を努めている女性騎士は、リンスコット侯爵より近衛騎士への推薦状を貰ったと聞く。もし近衛騎士になれば――キャロラインが王太子妃となった後も、彼女の傍近くへ仕えることが可能かもしれない。
引き合わされたその侍女、アンジェリカ・ベックリー男爵令嬢を見て、レナードは唖然とした。
茶色の髪はパサパサで、大きくて不格好な丸い眼鏡。侯爵令嬢の侍女だけあって立ち居振る舞いは様になっているが、麗しいキャロラインの足もとにも及ばない冴えない娘だ。
レナードはこっそりと苦笑した。
キャロラインお嬢様は、彼が万が一にも妻へ心を移さないために不細工な女を宛がったのだろう。
(可愛らしいことをするものだ。そんな心配をなさらなくても、俺はお嬢様一筋なのに)
隊長には「お前が望まないならば、俺から断りを入れても良い」と言われたが、レナードは喜んでこの縁談を受け入れた。
結婚式を終えてからも、レナードはほとんどの時間を騎士の詰所で過ごした。
泊まり込むことも多いため、家に帰るのは稀だ。何度かアンジェリカが「話をしたい」と詰所を訪れたらしいが、仕事中だからと追い返して貰った。
妻へ愛情を持っているなどと思われないように振る舞わなければならない。愛するお嬢様に、お心安らかにいて頂くために。
ある日、アンジェリカからだと使用人が手紙を持ってきた。中には一言だけ、「離縁して下さい」と書いてある。苛ついたレナードは「自分の立場を考えろ」と書いて返した。
(こう言えば夫の気を引けるとでも思っているのだろう。鬱陶しい)
義父であるベックリー男爵からも苦情の手紙が来たが「アンジェリカも覚悟の上で嫁いできたはずだ」と返事をした。
キャロラインの侍女ならば、主の意向を汲むべきだろう。それなのに親にまで苦情を言うとはと苦々しい気持ちになる。
手紙が何通も届くので、終いには読まずに放置した。
それから暫くして、隊長に「異動の件で話がある」と呼ばれたレナードは、内心の喜びを隠せなかった。
ついにお嬢様の専属護衛に選ばれたに違いない。意に添わぬ結婚を受け入れた甲斐があるというものだ。
「は……?ティリス駐屯地へ異動?」
ティリス駐屯地はリンスコット侯爵領の北の端にある。村が点々とあるだけで、人より家畜が多い場所だ。魔獣が出没するため騎士が配置されているのだが、誰も行きたがらないため常に人手不足だと聞く。
「何かの間違いでは……。お嬢様の専属騎士の話ではないのですか?」
「独身のお前が、お嬢様の専属になれるわけないだろ」
「俺は既婚者です!」
「離縁したんだろう?お前の有責で。実家のフォーブズ伯爵家が慰謝料を払ったと聞いたぞ」
何のことだか、さっぱり分からなかった。レナードは何も知らない。離縁したことも、実家が慰謝料を支払ったことも。
「ああ、そうそう。ティリスには寮も無いからな、身の回りの世話をしてくれる者が必要だろう。旦那様があちらに住む女性を紹介して下さるそうだ」
「え、あの、俺は」
「相手はお前に『愛する人』がいても構わないと言っているらしいぞ。良かったな」
妻一筋の俺にはとんと理解できないがな、と付け加えた隊長は笑っていたが、その瞳には冷たい光が宿っていた。心底蔑むような、そんな目だ。
レナードは慌ててフォーブス伯爵家へ駆け込んだが、出迎えたのは隊長と同じように冷たい目をした父だった。
「よくおめおめと顔を出せたものだな」
ベックリー男爵から息子の所業を聞かされたフォーブス伯爵は仰天したらしい。レナードが寄り親から紹介された相手を疎かにするという、愚かな真似をするとは思ってもいなかったのだ。
伯爵はベックリー男爵と協議の上、慰謝料を支払って離縁届に判を押したと語った。
「なぜ勝手に離縁へ同意したのです!?」
「今さら何だ?もう半年前の話だぞ。こうなる前に何度も手紙を出したはずだ。それを無視したのはお前だろうが」
「え……」
ベックリー男爵からの手紙だとばかり思って無視していたが。その中に実家からの手紙も含まれていたのだと、レナードは今更ながらに気付く。
「妻がそんなに気に喰わなかったのなら、最初に断れば良かったろう。リンスコット侯爵はお怒りだ。我が家も侯爵一門の会合に三年間の出入り禁止となった。お前のせいでな。この恥さらしが!」
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