婚約破棄からのリスタート ~私は商人を目指します。戻って来いと言われても知りません~

藍田ひびき

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番外編~ side. アシュバートン侯爵

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「このバカモンが!!!!!」

 館中へ響きわたる怒鳴り声に、アシュバートン侯爵邸に仕える使用人たちは一瞬仕事の手を止めた。しかし、彼らは長年この屋敷に勤めてきたプロフェッショナルである。すぐに何気ない顔をして仕事を再開した。
 主人が怒りをぶつけている相手は、息子のルーファスである。横暴なこの当主代行にほとほと手を焼いていた使用人たちは、侯爵が戻って来ればこうなるだろうと思っていたし、また心の中で留飲を下げてもいた。

 病気から快復して本邸に戻ってきたアシュバートン侯爵が現状を聞いて、大層驚いたのは言うまでもない。ルーファスと執事デリックから事情を聞きだした後、雷を落としたのは当然である。

「私がいない数ヶ月、いったいお前は何をしていたのだ。どうやったらこんなに執務を溜めることができるんだ!?」
「量が多くて……」
「デリックやアデラインがいただろう」
「そ、そうだ!そもそも、アデラインが出て行ったせいで」
「お前が勝手に婚約破棄したせいだと聞いているが?」

 侯爵にジロリと睨まれたルーファスは一瞬怯んだが、果敢に反論しようとした。

「俺はアシュバートン侯爵家の次期当主ですよ?平民の血を引く女を妻にするなんて、侯爵家の名折れではありませんか。だから、由緒正しい血を引くクリスティーナをと」
「クリスティーナでは駄目だと、何度も言ったはずだ。その理由すら理解出来ない程愚かだったとは……。このままでは、お前の廃嫡も考えねばなるまい」
「そんな……父上の息子は俺だけですよ!他に誰がいるというんです」
「弟のところから養子を迎えるという手もある。とにかく、お前はしばらく謹慎処分だ。それからデリック」
「はい」
「何のために執事のお前がいるんだ?ルーファスの暴走を抑えるのがお前の役目ではないか」
「幾度もお諫め申し上げましたが、聞いては頂けず……」

 わざとらしく、悲壮な表情を作って答えるデリック。だが実際は彼もルーファスの尻馬に乗りアデラインを冷遇していたことを、侯爵は使用人から聞き出していた。

「つまり、お前には執事としての能力が不足しているということだ。執事見習いへ降格とする」
「しかし、それでは執務が滞るのでは」
「引退しているお前の父親を呼び戻す。息子の不始末だ、父親に責任を取らせるしかないだろう」

 侯爵から冷たく言い放たれ、デリックは肩を落とした。

 二人を下がらせた後、侯爵は頭を抱える。
 数カ月不在にしただけで、どうやったらここまで事態を悪化させることが出来るのか……。

 父親として息子が可愛くないわけではない。だがルーファスは昔から、楽な方へ流れてしまうところがある。だからこそ、彼を支えてくれそうなしっかりした女性を妻にするべく、アデラインを選んだのだ。
 クリスティーナにそれが出来るかと言えば……無理だろう。あの見た目は良いが、中身が空っぽな娘には。
 
 せめてアデラインとの再婚約だけは結ばせたい。そう思った侯爵はすぐに彼女を連れ戻そうとした。だが一歩遅く、彼女はスタンリーと共に隣国へ向かって出発した後だった。
 
 アシュバートン侯爵領を通る街道を使っていたのなら、旅の途中で彼女を捕らえることが出来ただろう。だがルーファスが罠を張っていると知って、彼らはオールディス侯爵領を通るルートを選択したのだ。

 アシュバートン侯爵はオールディス侯爵夫人の顔を思い出して「あの女狐が……!」と呟く。

 あの夫人は我が家への嫌がらせに荷担出来るならばと、喜々として彼らを通したに違いない。今頃、ハズウェル商会の一行は隣国へ到達しているだろう。

 アデラインは機転が利く上に努力家だ。侯爵はそんな彼女を見込んで、厳しく執務を仕込んだ。アデラインは多少叱られてもへこたれることなく、より良い結果を出してくる。その逞しい精神も気に入っていた。

 しかも、オールディス侯爵夫人がアデラインを気に入っていたと聞く。あの女の眼力だけは侯爵も認めるところだ。

 このままアデラインと結婚していれば、次代のアシュバートン侯爵家は安泰だったろうに……。
 逃がした魚の大きさを嘆きながら、侯爵は盛大なため息をついた。
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