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3. それは思い込みに過ぎず side.ヴィジリオ
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「アンジェリカと申します。ヴィジリオ殿下、今後ともよろしくお願い致します」
頬を赤らめながらも見事なカーテシーをする少女。そのきらきらとした金髪と意志の強そうな眼差しに、ヴィジリオは強く心惹かれた。
どんな相手だろうと、不安はあった。
生国に二度と戻れないであろうことや、文化が異なる国で過ごさなければならないことも心細い。だけどアンジェリカの存在が彼の支えになった。
ヴィジリオは婚約者を誰よりも大切に思っている。
だけど年頃になると、彼の方に困った事態が生じた。
アンジェリカに顔を近づけられたり、身体を触れられたりすると――身体が熱くなるのだ。
一度、たまらず彼女を抱き寄せようとしてやんわり侍女に止められた。ご成婚まで、過度な触れ合いをしてはいけません、と。
この熱をどうやってやり過ごせばいいのか……。
ヴィジリオはこっそりと側近に聞いてみた。
「簡単ですよ。愛人を作ればいいんです」
側近たちはサアラムから連れてきた者であり、ヴィジリオと共にレラベールへ骨を埋める予定だ。既にこの国の令嬢と婚約もしている。
高位貴族の令嬢である婚約者には軽々しく触れることができないため、平民や訳アリの令嬢を愛人にしていると彼らは語った。
「この国は一夫一妻制だろう。そんなこと許されるのか?」
「レラベールの貴族だって愛人は持ってますよ。公式に認められるのは正妻というだけで」
サアラムは男性上位の国で、一夫多妻制だ。
制度が違えど、男女の有り様は同じなのだろう。ヴィジリオはそう納得した。
母親譲りの美貌を持つヴィジリオは、女性からとても人気がある。彼自身も美しい女性が大好きだ。
だから自分に秋波を送ってきた令嬢と関係を持った。
一度女の味を覚えてしまえば――そこからは堕ちる一方。
次から次へと愛人を作った。
だからといってアンジェリカを粗略にしたつもりはない。一番大切で、愛しているのは彼女だけ。
会えばいつも「愛している」と囁いたし、贈り物をする際だってアンジェリカには一番高価なものを送っている。父親が正妃に対して、そうしてきたように。
新しい愛人の存在が表に出るたびにアンジェリカがひどく怒るのを、不思議に思っていた。
ヴィジリオの母親は、他の妃が寵を受けても嫉妬を見せたことはない。母曰く「嫉妬などというのは、平民の女のすること。高位貴族の女性は、そんなはしたないことはしない」らしい。
「どうしてアンジェリカは、あんなに怒るんだろう。平民ならともかく、彼女は王女なのに」
「アンジェリカ殿下は、少々はしたないのでしょう。次期女王だからと男性たちが傅くで、我儘にお育ちになったのかもしれませんね」
「女だてらに武術をたしなむとか。我が国の女性ならば考えられないことです。婚儀までに、殿下が躾けてやればいいんですよ」
ヴィジリオより幾分年上の側近たちは、自分たちの価値観に凝り固まっており、女性の地位が高いレラベールの風潮を理解していなかった。
外交官は「アンジェリカ殿下の意に沿うようになさるべきです」と、何度も苦言を呈したのだが。
ヴィジリオは側近たちの方を信じてしまった。その方が、自分に都合が良かったから。
自分がどれだけ白い目で見られていたか。どれだけアンジェリカを傷つけていたか……。彼は全く気付いていなかったのである。
「婚約白紙!?なんでっ……」
婚約が無くなったと外交官から突然に告げられ、ヴィジリオは困惑した。自分にどんな非があるのかさっぱり分からなかったからだ。
「度重なる不貞行為により、殿下は次期女王の配偶者に相応しくないと判断されました。婚約破棄ではなく白紙としたのは、互いに経歴に傷が付かないようにとの配慮でしょう」
「俺は王子で、次期王配だ。多くの愛人を抱えることは当然だ!」
「何度も申し上げたはずです。それはこの国では不貞であり、恥ずかしいことなのだと」
きっぱりと断じる外交官の目は、酷く冷たい。
「レラベールにも愛人を持っている貴族はいると聞いた」
「正妻が許していれば、それもあるでしょうが。アンジェリカ殿下はヴィジリオ殿下をそれはそれは慕っておられた。愛人の存在など、許すはずはないでしょう」
「それは……アンジェリカがはしたない娘だから、嫉妬なんていう無様なことをするのかと」
ヴィジリオ以上に青い顔をしている側近たちを、外交官はジロリと睨んだ。
「誰が殿下にそのような事を吹き込んだのかはさておき。確かに、この国でも愛人を抱える貴族は多い。しかしそれは決して褒められたことではないのです。王配とはこの国の貴族男性のトップであり、貴族男性の模範となるべき存在。不貞行為を許してしまえば、この国の規範を揺るがしかねませんから」
「それなら、他の女とは手を切る!俺だってアンジェリカが好きなんだ。彼女へ謝罪すればきっと許して」
「婚約白紙は決定事項です。既にアンジェリカ殿下には新しい婚約者もいらっしゃるとか。国王陛下からは、ヴィジリオ殿下はすぐにシェバト国女王へ嫁ぐようにとのご命令です」
シェバトは女性優位の国で、女王陛下は御年40歳。後宮には正室の他、数多の側室を抱えている。つまり、ヴィジリオは側室の一人となるのだ。
「じ、じゃあ俺たちはどうなるんです!?」と側近たちが騒ぎ始める。
「側仕えはシェバト側で選ぶため、お前たちがついていくことはできません。サアラムへ戻ることになります。……ああ、ちなみにお前たちの婚約は既に破棄されていますよ」
「そんな……」
「国王陛下はお怒りですよ。私を含め、皆がヴィジリオ殿下をお諫め出来なかったのだから。故国へ戻れば、厳しい処罰を受けることになるでしょう」
頬を赤らめながらも見事なカーテシーをする少女。そのきらきらとした金髪と意志の強そうな眼差しに、ヴィジリオは強く心惹かれた。
どんな相手だろうと、不安はあった。
生国に二度と戻れないであろうことや、文化が異なる国で過ごさなければならないことも心細い。だけどアンジェリカの存在が彼の支えになった。
ヴィジリオは婚約者を誰よりも大切に思っている。
だけど年頃になると、彼の方に困った事態が生じた。
アンジェリカに顔を近づけられたり、身体を触れられたりすると――身体が熱くなるのだ。
一度、たまらず彼女を抱き寄せようとしてやんわり侍女に止められた。ご成婚まで、過度な触れ合いをしてはいけません、と。
この熱をどうやってやり過ごせばいいのか……。
ヴィジリオはこっそりと側近に聞いてみた。
「簡単ですよ。愛人を作ればいいんです」
側近たちはサアラムから連れてきた者であり、ヴィジリオと共にレラベールへ骨を埋める予定だ。既にこの国の令嬢と婚約もしている。
高位貴族の令嬢である婚約者には軽々しく触れることができないため、平民や訳アリの令嬢を愛人にしていると彼らは語った。
「この国は一夫一妻制だろう。そんなこと許されるのか?」
「レラベールの貴族だって愛人は持ってますよ。公式に認められるのは正妻というだけで」
サアラムは男性上位の国で、一夫多妻制だ。
制度が違えど、男女の有り様は同じなのだろう。ヴィジリオはそう納得した。
母親譲りの美貌を持つヴィジリオは、女性からとても人気がある。彼自身も美しい女性が大好きだ。
だから自分に秋波を送ってきた令嬢と関係を持った。
一度女の味を覚えてしまえば――そこからは堕ちる一方。
次から次へと愛人を作った。
だからといってアンジェリカを粗略にしたつもりはない。一番大切で、愛しているのは彼女だけ。
会えばいつも「愛している」と囁いたし、贈り物をする際だってアンジェリカには一番高価なものを送っている。父親が正妃に対して、そうしてきたように。
新しい愛人の存在が表に出るたびにアンジェリカがひどく怒るのを、不思議に思っていた。
ヴィジリオの母親は、他の妃が寵を受けても嫉妬を見せたことはない。母曰く「嫉妬などというのは、平民の女のすること。高位貴族の女性は、そんなはしたないことはしない」らしい。
「どうしてアンジェリカは、あんなに怒るんだろう。平民ならともかく、彼女は王女なのに」
「アンジェリカ殿下は、少々はしたないのでしょう。次期女王だからと男性たちが傅くで、我儘にお育ちになったのかもしれませんね」
「女だてらに武術をたしなむとか。我が国の女性ならば考えられないことです。婚儀までに、殿下が躾けてやればいいんですよ」
ヴィジリオより幾分年上の側近たちは、自分たちの価値観に凝り固まっており、女性の地位が高いレラベールの風潮を理解していなかった。
外交官は「アンジェリカ殿下の意に沿うようになさるべきです」と、何度も苦言を呈したのだが。
ヴィジリオは側近たちの方を信じてしまった。その方が、自分に都合が良かったから。
自分がどれだけ白い目で見られていたか。どれだけアンジェリカを傷つけていたか……。彼は全く気付いていなかったのである。
「婚約白紙!?なんでっ……」
婚約が無くなったと外交官から突然に告げられ、ヴィジリオは困惑した。自分にどんな非があるのかさっぱり分からなかったからだ。
「度重なる不貞行為により、殿下は次期女王の配偶者に相応しくないと判断されました。婚約破棄ではなく白紙としたのは、互いに経歴に傷が付かないようにとの配慮でしょう」
「俺は王子で、次期王配だ。多くの愛人を抱えることは当然だ!」
「何度も申し上げたはずです。それはこの国では不貞であり、恥ずかしいことなのだと」
きっぱりと断じる外交官の目は、酷く冷たい。
「レラベールにも愛人を持っている貴族はいると聞いた」
「正妻が許していれば、それもあるでしょうが。アンジェリカ殿下はヴィジリオ殿下をそれはそれは慕っておられた。愛人の存在など、許すはずはないでしょう」
「それは……アンジェリカがはしたない娘だから、嫉妬なんていう無様なことをするのかと」
ヴィジリオ以上に青い顔をしている側近たちを、外交官はジロリと睨んだ。
「誰が殿下にそのような事を吹き込んだのかはさておき。確かに、この国でも愛人を抱える貴族は多い。しかしそれは決して褒められたことではないのです。王配とはこの国の貴族男性のトップであり、貴族男性の模範となるべき存在。不貞行為を許してしまえば、この国の規範を揺るがしかねませんから」
「それなら、他の女とは手を切る!俺だってアンジェリカが好きなんだ。彼女へ謝罪すればきっと許して」
「婚約白紙は決定事項です。既にアンジェリカ殿下には新しい婚約者もいらっしゃるとか。国王陛下からは、ヴィジリオ殿下はすぐにシェバト国女王へ嫁ぐようにとのご命令です」
シェバトは女性優位の国で、女王陛下は御年40歳。後宮には正室の他、数多の側室を抱えている。つまり、ヴィジリオは側室の一人となるのだ。
「じ、じゃあ俺たちはどうなるんです!?」と側近たちが騒ぎ始める。
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