その傲慢に、さよならを

藍田ひびき

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4. 帰ってこない妻 side.リオン

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「リオン。ナタリアが居なくなったと聞いたが」

 久しぶりに本邸へ顔を出したと思ったら、開口一番でそれか。俺は父の薄くなってきた頭髪を眺めつつ、心の中で毒づいた。

「いつもの悋気ですよ。すぐに戻ってくるでしょう」

 妻のナタリアは気に要らないことがあると、すぐに離縁を言い出したり実家へ帰ったりする。いつまでたっても娘気分が抜けない我が儘女だ。
 しばらく放っておけば大人しくなる。相手にするだけ馬鹿らしい。

「女遊びも大概にしろ。私の所にまで噂が聞こえてきているぞ」
「父上、俺は子供ではありませんよ。当主の座を譲ったというのに、まだ監督するつもりですか」
 
「これは助言だ。女遊びもいいが、こっそりやれ。リーヴィス公爵家と縁付いたことで我が家がどれだけ恩恵を受けているか、お前も分かっているだろう。フリだけでもいい。妻を大切にしろ」
「……善処します」

 妻には伯爵夫人として十分な待遇を与えている。あの女がしたことを考えれば、これでも贅沢すぎるくらいだ。

 我が儘公女。それが社交界におけるナタリアの渾名だ。
 最初に会ったときから高慢な女だと思った。まさか、俺があいつに目を付けられるなんて。

 ナタリアとの婚約が決まった日、俺とグレンダは抱き合って泣き明かした。グレンダが他の男へ嫁いでいくのを、涙を飲んで見守ったあの日の屈辱は今でも忘れない。
 望む通り、結婚はしてやろう。だが絶対にナタリアを愛するつもりはない。俺が味わった分、あの女を不幸にしてやると誓った。


『俺に何も期待するな』
 
 そう言ってやったときの、ナタリアの傷ついた顔……。あれには溜飲が下がったな。
 それでもあいつは一生懸命俺に尽くした。涙ぐましい程だ。無駄な努力だというのに。

 
「リオン様、お可哀想。あんな我が儘女を押し付けられて」

 そう囁きながら近づいてくる女は山ほどいる。俺は彼女たちと刹那的な関係を楽しんだ。
 妻は悋気を起こしたが、その姿がまた滑稽だった。あの道化ぶりを見たくて、俺は浮気を繰り返した。

 だがあの日、グレンダに再会したのだ。
 以前と変わらぬ美しさ……いや、年を重ねてさらに艶っぽさを増した彼女。
 そこからグレンダと関係を持つまでに、時間はかからなかった。彼女も同じように俺を忘れず、想い続けてくれていたのだ。俺たちは禁断の恋に身を焦がした。

 あの夜会の日、ナタリアはこともあろうに嫉妬のあまりグレンダへ暴力を振るった。許せない。ナタリアのくせに、俺のグレンダに傷をつけるなど。
 しかも翌日、離縁届なんて持ち出してきた。そうすれば俺が折れるとでも?
 
 俺とグレンダは被害者であり、ナタリアは加害者だ。だからあいつは一生、俺に対して贖罪を抱えるべきだ。


「旦那様。輸送業者から、当家の分はこれから通常の金額にすると言ってきているのですが」
「何だって!?」

 我が領の産出物については、輸送料を通常料金の半額にする取り決めだったはずだ。俺はリーヴィス公爵家の縁戚なのだから。

 さてはナタリアだな。
 あれから妻は実家へ戻ったままだ。きっとあの女が父親へ泣きついたに違いない。
 公爵も公爵だ。娘可愛さとは言え、こんなつまらない嫌がらせに加担しなくても良いものを。

 リーヴィス公爵家へ使いを出しても、そういう契約だと言われて追い返されたらしい。仕方なく、俺は自ら公爵家へ足を運んだ。


「何の用だ?」

 応接間で俺を迎えたリーヴィス公爵は、ひどく機嫌が悪い様子だった。普段は、少なくとも表面上はにこやかに応対してくれる人なのだが。

「輸送料の割引については、契約書を交わしたはずです。これは契約違反では?」
「契約書には君とナタリアが夫婦であることが、料金割引の条件だとも記載していたはずだ。ナタリアと君の離縁届は既に受理されている」
「えっ!?」

 あの離縁届……ナタリアが脅しで出してきたと思っていた。まさか本当に提出するとは。

「どうして止めて頂けなかったんです!?ちょっとしたすれ違いがあっただけなのです。それで離縁なんて」
「君がエアリー元子爵令嬢と、頻繁に逢瀬を重ねている事が『ちょっとしたすれ違い』なのかね」
「そ、それは……」
「高いドレスや宝石を買い与え、逢瀬は高級ホテルのスイートルーム。随分羽振りがいいようじゃないか。輸送料金くらい払えるだろう?」

 俺の背中にじっとりと汗がにじむ。公爵はどこまで知っているんだ。

「リーヴィス公爵家を甘く見るな。後腐れのない女遊びくらいは目を瞑ってやっていたが。今回の件は私も腹に据えかねている」
「ナタリアに会わせて下さい!会って話をすれば、誤解が解けます」

 とにかくナタリアに会わねば。俺が彼女へ命令すれば、離縁を撤回するはずだ。今までのように。

「娘はここにはおらんよ」
「では、どこへ?」
「君が知る必要はない」

 そうして俺は公爵邸から放り出された。
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