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本編

25. 出会い ~ユリウス視点

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 熱を出して寝込んでいる間、僕は色々な夢を見た。旅に出てからのこと、幼いころのこと、そして彼女との出会い。

 僕はユリウス・エルスハイマー。
 エルスハイム王国の第二王子だ。

 国王である父は、後継ぎである兄も僕のことも、平等に愛してくれていると思う。だが、母は違った。母は僕をとても慈しんだ。その愛情のひとかけらでも、なぜ兄には注がないのかと不思議に思ったものだ。母にその理由を聞いたけれど、嫌そうな顔をして話を逸らされてしまった。

 母は、どこへ行くにも僕を連れて行きたがった。

 お茶会、夜会、慰問……。
 その際に着せられるのは、女の子のようにヒラヒラとフリルのついた服。
 
 僕も兄のような落ち着いた服装が着たいと母に訴えたけれど、こちらの方が似合うから、と取り合ってもらえなかった。ご婦人たちも僕を見て可愛い可愛いと言ってくれたが、釈然としない。
 それに、母と彼女たちの会話ときたら、流行りのドレスや宝石やお菓子、演劇に他人の色恋沙汰。正直言って退屈だった。

 でも、嫌な顔をすることはできない。一度、茶会への同行を拒否したことがある。母は拗ねてしまい、しばらく部屋から出てこなくなってしまった。父や家臣たちに懇願され、結局は僕が頭を下げることで、母の怒りは収まった。この間、色々な人に迷惑がかかったのは言うまでもない。僕は常に、良い息子であるしかなかった。

 本心を隠して、いつもにこやかに。そのおかげで母はご機嫌だ。
 一方で、僕の心には、澱が溜まっていく。
 
 八歳になった頃、僕の婚約者を決めることになった。
 母はお前にふさわしい、最高に可愛くてしとやかな令嬢を見つけなきゃ!と息巻いて、たくさんの花嫁候補を集めた茶会を催した。
 令嬢たちは、我先にと僕に話しかけてくる。彼女たちもあのご婦人たちと同じだった。話題にするのはお洒落やお菓子の話ばかり。僕は愛想笑いを浮かべながら、内心がっかりしていた。

 少し休憩したくなって、僕はそっと大広間を抜け出した。庭を散策してほっと息をつく。
 そして、彼女を見つけたのだ。

 その子は、庭木に登っていた。まっすぐな赤い髪に、ほっそりした身体。枝に腰掛けて、足をぶらぶらさせている。

「何をしているの?」
 
 その赤い髪には見覚えがあった。確か、大広間で一度だけ挨拶をした。その後は話しかけてこなかったから、引っ込み思案なのかなと思ったのだけれど。

「あ、ユリウス殿下。すいません、今降りますね」
「えっ!?危ないよ、誰かに梯子を持ってこさせるから……」
「えいっ」

 彼女が木から飛び降りた。スカートがめくれないよう、器用に抑えながらふわりと身を翻し、着地する。
 僕は驚いて尻餅をついてしまった。

「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」

 彼女が差し出した手に掴まって、僕は立ち上がった。女の子に助け起こされるなんて、ちょっと恥ずかしい。


 ◇◇◇


「そうか、君はレオポルド公のお孫さんなんだね」

 彼女はクラッセン騎士団長の娘で、幼い頃から剣聖である祖父に剣術を学んでいると言った。女の子なのに?と問う僕に、市井には女性の剣士もたくさんいますよ、と彼女は教えてくれた。王宮からほとんど出たことのない僕にとって、外の世界の話はとても新鮮だった。
 
「ユリウス殿下!どちらにいらっしゃいますか~?」

 侍従が僕を探す声が聞こえてくる。いつのまにか、だいぶ長い時間話し込んでいたようだ。

「そろそろ戻らないと。君は戻らなくていいの?婚約者候補として来たんだろう?」
「興味はないですから。私はお祖父様のような、剣聖になるのが夢なんです」

 そこまで話してから、彼女はハッとした顔をした。

「申し訳ありません!殿下に失礼なことを……」
「ははははは!構わないよ。でも、母上の前では言わない方がいいかもね」

 こんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろう。僕はすっかり彼女が気に入ってしまった。

 僕が婚約者としてルイーゼの名を挙げると、母は難色を示したが、父はとても乗り気になった。

「もしかすると、我が王家から剣聖が産まれるかもしれんぞ!楽しみだな」
 
 ……流石に孫の話は、気が早過ぎると思う。

 ルイーゼの父であるクラッセン伯爵は、この話にかなり驚いたようだ。うちの娘に王子の配偶者が務まるとは思えない、と辞退しようとしたので、少々強引に話を進めてもらった。

 会うたびに、ルイーゼは色々な話をしてくれた。
 祖父に連れて行ってもらった修行の旅で出会った人々や変わった食べ物、倒した魔獣。どんな修練をしてきたか。どれも僕が聞いたことのない話ばかりだ。
 僕が出せる話題は本で読んだ事柄しかなかったけれど、ルイーゼは面白がって聞いてくれた。彼女に会うと、いつもあっという間に時間が過ぎてしまう。

 ルイーゼと離れたくない。
 彼女と共にいるときだけなのだ。
 僕が、僕らしくいられるのは。
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