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本編
7. フェリシア 薄っぺらな愛
「旦那様。離縁して下さい」
「突然なんだ、フェリシア。タチの悪い冗談を言うんじゃない。俺の気を引きたいのなら、もっと別な言い方が」
冗談だと思っていたのか、薄ら笑いを浮かべてワイングラスを傾けていたアレックスは、私の顔を見て本気だと理解したらしい。口を開けたまま驚愕の表情を張り付けている。
「ロートン侯爵家は立ち直ったし、息子は次期当主として立派に育ってくれた。私の役目はもうお終いでしょう?」
「役目だなんて、そんな言い方をしないでくれ。夫婦じゃないか。子供たちを育て上げた後はゆっくり二人で過ごそうと話していただろう」
そういえば以前、夫がそんなことを話していた気もする。同意した覚えは一切無いけれど。
「不満があるなら話し合おう。君は俺の最愛の妻だ。今までだって、様々な困難を二人で乗り越えて来たじゃないか」
そう言うと思った。真実の愛だの、最愛だの……もう聞き飽きたわ。
「解放して欲しいのです。この牢獄から」
アレックスは目を見開いて酷く狼狽え、「どうして……」と呟いた。
ああ、やはり。この人は、何も分かっていないのだ。
$$$
私がまだ令嬢と呼ばれていた頃は、確かに彼を愛していたと思う。
政略として結ばれた婚約ではあったけれど、アレックスは真っ直ぐに、少し不器用ながらも私に好意を向けてくれて。そんな私も彼を憎からず思い、ゆっくりと愛を育んでいた。
あのまま何事もなければ、結婚してまあまあ幸せな生活を送っていただろう。
「婚約を解消して欲しい。俺はレスター男爵令嬢と新たに婚約を結ぶことになった」
シェリル・レスター男爵令嬢がアレックスに岡惚れして付きまとっているという事は知っていた。容姿に恵まれ、かつ貴公子然と振る舞うアレックスは女性に人気がある。彼に横恋慕した令嬢に因縁を付けられたり、嫌がらせをされたことも一度や二度ではない。
ロートン侯爵夫人へ相談したこともあったが、「次期侯爵夫人として、そのくらいは対処できないとね」とやんわり窘められただけ。夫人の仰ることも一理あると思い、私は両親の協力も得つつ何とか交わしてきた。
シェリルは私へ嫌がらせをしてきたことは無いし、そもそも相手は男爵家だ。どうとでもなると思っていた。
まさか、彼女がグローヴズ公爵の隠し子だったとは……。
アレックスを失うのは我が身を引き裂かれるような思いだった。だけど私たちは貴族だ。自らの望みを叶えるために家を、そして領民を犠牲にすることは出来ない。
二人で手を取り合って泣き合い、私たちは別れることを選んだ。
その後新しい縁談を探したものの、なかなか良い話は見つからなかった。
来るのは年の離れた相手か、困窮している家ばかり。完全に足元を見られていた。
ロートン侯爵は「慰謝料は大目に支払う。またフェリシア嬢に瑕疵が無いことは責任もって周知する」と仰ってくれたが、例えこちらに非がなかろうと傷がついた過去は消えないのだ。
「責任を持つというのなら、新しい縁談の世話くらいして下さればいいのに」と母は愚痴を言っていた。
国外に嫁いだ親戚の縁を頼り、ようやく釣り合いの取れそうな相手が見つかった頃。
「シェリルと結婚して三年後に、フェリシアを第二夫人として迎えたい」
何を言うのかと思ったわ。
子が出来ない為に二人目の妻を迎える。それはすなわち、子を産む胎として娶るということだ。
さらに第二夫人ということは、伯爵令嬢たるこの私が、男爵令嬢の下に付くこと。
……なんとう屈辱。
勿論、私の両親も怒り心頭で反対した。
しかしアレックスは諦めず、しつこく我が家を訪れては私を口説こうとした。
「私は新しい道を選びたいのです。私を愛していると仰るのなら、どうか認めて頂けませんか」
「他の男に嫁ぐなんて許さない。愛しているからこそ、誰にも渡したくない。当然のことだろう?」
更に厄介だったのはロートン侯爵夫人だ。私や母が説得に応じないと知ると、お茶会と称して呼びつけてはチクチクと嫌味を言われるようになった。
「他国と言ってもロクな縁談では無いのでしょう?我が家へ嫁いだ方が良い暮らしが出来るというのに、何故分からないのかしら」
ロートン侯爵からは「断るならば事業提携を考え直す」と脅された。
纏まりかけていた縁談が流れたのも、恐らく侯爵の仕業だろう。更にはグローヴズ公爵家からも圧力が掛かった。
私はもはや、アレックスへ嫁ぐことを受け入れるしかなかったのだ。
アレックスとシェリル様が結婚し三年が経過するまで、私は領地へ引きこもった。
王都にいた両親は随分嫌な思いをしたようだ。社交界で私は「男爵令嬢に婚約者を盗られた令嬢」として、物笑いの種になっていたから。
両親には本当に申し訳ないことをしたと、今でも思う。
アレックスはグローヴズ公爵が横暴だと、自分は被害者だと悲劇の主人公のように振る舞っているが。
私から見れば、彼もグローヴズ公爵と何ら変わらない。
爵位が下だから、女だから、相手を自分の思い通りに出来ると信じている。
ロートン侯爵家へ嫁いだ後も、決して幸せとは言えなかった。
私はこの家で、正妻のシェリル様に見つからないようひっそりと暮らすことを強いられた。侯爵夫人の仕事を手伝うために本邸へ赴く際は、彼女の目を欺くためにメイドの振りをする。
事情を知っている執事や侍女たちは私へ気の毒そうな目を向けたが、それもまた私にとっては屈辱だった。
アレックスは気まぐれに別邸を訪れ、私を抱く。
もう嫌だと私が泣いても勘弁して貰えず、何度も「愛している」と囁きながら朝までしつこく腰を振り続けた。
早々に妊娠出来た時はホッとしたものだ。これであの苦痛から解放されると。
しかし孕んでからも地獄だった。
悪阻で苦しんでいるというのに、義母は変わらず私を呼び出して執務をさせた。
「妊娠は病気じゃないのよ~?私もアレックスを孕んだときは、姑に執務をさせられたわ」
辛いと夫へ訴えても「母はシェリルの相手もしなければならないから、忙しいんだ。気遣ってやってくれないか」と流されるだけ。
「真実の愛で結ばれた俺たちなら、このくらいの困難は乗り越えらえるはずだ」
何度目かの口論の際にこう答えられた時は、殺意が沸いたわ。
私のアレックスへの愛情なんて、どんどん目減りしているというのに。
数年後シェリル様が領地へ追放され、私はようやくロートン侯爵家の次期侯爵夫人として表へ出ることになった。
「あら、フェリシア様ではございませんか。お会いするのは学院以来ですわね」
「ほほほ、ロートン侯爵令息もようやくお目が覚めたようですわね。やはりあの真実の愛よりも、フェリシア様の方が侯爵夫人に相応しいですもの」
夫と共に夜会へ参加すれば、常に好奇の視線に晒された。夫人たちは私を見ながら口角を上げて嫌味を言ってくる。
――『真実の愛』に負けた傷物。
―― 元婚約者に縋って第二夫人として居座り、遂には正妻を追い出した図々しい女。
彼女たちが裏でそんな風に揶揄していたのを知っている。
如何にシェリル様が愚かで貴族夫人に相応しくないとしても、私は表向き「第二夫人」に過ぎない。足の引っ張り合いが日常茶飯事の社交界において、それは致命的な傷だった。
しかしアレックスは「今更シェリルを離縁するのは体裁が悪い」と取り合わない。
グローヴズ公爵が倒れた今となっては、シェリル様をどう処分しようが問題の無いはず。しかし外面を何よりも優先するアレックスは「一度でも妻とした女性を見捨るのは外聞が悪い」と考えているのだ。
何て滑稽なのだろう。シェリル様を選んだ時点で、社交界における彼の評価など地に堕ちているというのに。
せめて私を第一夫人にして欲しいと頼んだが、「君はロートン侯爵家の正妻になることが目的で嫁いだのか?」と冷たい眼を向けられた。
「あまり我儘を言って困らせないでくれ。俺への愛があればそのくらい、耐えられるだろう!」
今さら正妻になりたかったのではない。貴族として不都合があるから何とかして欲しい、と訴えているだけなのに。
ほんの少し。ほんの少しだけ残っていた夫への愛が、失望と共に砕け散った。
それから二十年。
何度も出ていきたいと思ったが、子供たちのため、領民の為に耐えた。長男フレッドは妻を迎えたし、下の息子や娘も良い縁を得た。
私は十分この家の為に働いたわ。もう、解放されても良いでしょう?
正式にアレックスと離縁した私は親類を頼り他国へ渡った。今は家庭教師を生業としながら、のんびり余生を過ごしている。
夫に煩わされることのない生活が、こんなに楽しいなんて思わなかったわ。
アレックスは離縁を拒否して随分ごねたけれど、子供たちが抑えてくれた。第二夫人扱いに苦労している私を見て、彼らも父親に憤りを感じていたのだ。
私の隣国行きを妨害しようと夫はグローヴズ元公爵夫人に泣きついたようだけれど、相手にされなかったらしい。グローヴズ元公爵もシェリル様も亡き今、公爵家がアレックスの為に動く理由はないものね。
今でもアレックスは「こんなのはおかしい。何故だ。俺とフェリシアは、真実の愛で結ばれていた筈だ……」と事あるごとに呟いているらしい。
永遠に理解できないでしょうね。貴方には。
貴方はあの時、私の手を離すべきだったのよ。
辛くとも涙を呑んで私を新しい婚約へと送り出して欲しかった。
真に愛しているというのなら、相手の幸せを遠くから願うことだって出来たはず。
――なのに貴方は自分の欲望を優先して、私を手放さなかった。
シェリル様を放逐した時。
醜聞を覚悟の上で彼女と離縁する、あるいは罪を承知の上で彼女の命を断つべきだった。
そうしてくれていたら、私は命尽きるまで、貴方と共にこの地獄を歩んでいく覚悟をしたでしょうに。
――だけど貴方は自らの外聞を優先して、手を汚すことを拒んだ。
自らが手を汚す度胸も無く、何かを諦める覚悟も無い真実の愛。――何て薄っぺらな愛だろう。
そんなものに一生付き纏われるなんて真っ平なのよ。私は貴方から離れて、好きに生きるわ。
「突然なんだ、フェリシア。タチの悪い冗談を言うんじゃない。俺の気を引きたいのなら、もっと別な言い方が」
冗談だと思っていたのか、薄ら笑いを浮かべてワイングラスを傾けていたアレックスは、私の顔を見て本気だと理解したらしい。口を開けたまま驚愕の表情を張り付けている。
「ロートン侯爵家は立ち直ったし、息子は次期当主として立派に育ってくれた。私の役目はもうお終いでしょう?」
「役目だなんて、そんな言い方をしないでくれ。夫婦じゃないか。子供たちを育て上げた後はゆっくり二人で過ごそうと話していただろう」
そういえば以前、夫がそんなことを話していた気もする。同意した覚えは一切無いけれど。
「不満があるなら話し合おう。君は俺の最愛の妻だ。今までだって、様々な困難を二人で乗り越えて来たじゃないか」
そう言うと思った。真実の愛だの、最愛だの……もう聞き飽きたわ。
「解放して欲しいのです。この牢獄から」
アレックスは目を見開いて酷く狼狽え、「どうして……」と呟いた。
ああ、やはり。この人は、何も分かっていないのだ。
$$$
私がまだ令嬢と呼ばれていた頃は、確かに彼を愛していたと思う。
政略として結ばれた婚約ではあったけれど、アレックスは真っ直ぐに、少し不器用ながらも私に好意を向けてくれて。そんな私も彼を憎からず思い、ゆっくりと愛を育んでいた。
あのまま何事もなければ、結婚してまあまあ幸せな生活を送っていただろう。
「婚約を解消して欲しい。俺はレスター男爵令嬢と新たに婚約を結ぶことになった」
シェリル・レスター男爵令嬢がアレックスに岡惚れして付きまとっているという事は知っていた。容姿に恵まれ、かつ貴公子然と振る舞うアレックスは女性に人気がある。彼に横恋慕した令嬢に因縁を付けられたり、嫌がらせをされたことも一度や二度ではない。
ロートン侯爵夫人へ相談したこともあったが、「次期侯爵夫人として、そのくらいは対処できないとね」とやんわり窘められただけ。夫人の仰ることも一理あると思い、私は両親の協力も得つつ何とか交わしてきた。
シェリルは私へ嫌がらせをしてきたことは無いし、そもそも相手は男爵家だ。どうとでもなると思っていた。
まさか、彼女がグローヴズ公爵の隠し子だったとは……。
アレックスを失うのは我が身を引き裂かれるような思いだった。だけど私たちは貴族だ。自らの望みを叶えるために家を、そして領民を犠牲にすることは出来ない。
二人で手を取り合って泣き合い、私たちは別れることを選んだ。
その後新しい縁談を探したものの、なかなか良い話は見つからなかった。
来るのは年の離れた相手か、困窮している家ばかり。完全に足元を見られていた。
ロートン侯爵は「慰謝料は大目に支払う。またフェリシア嬢に瑕疵が無いことは責任もって周知する」と仰ってくれたが、例えこちらに非がなかろうと傷がついた過去は消えないのだ。
「責任を持つというのなら、新しい縁談の世話くらいして下さればいいのに」と母は愚痴を言っていた。
国外に嫁いだ親戚の縁を頼り、ようやく釣り合いの取れそうな相手が見つかった頃。
「シェリルと結婚して三年後に、フェリシアを第二夫人として迎えたい」
何を言うのかと思ったわ。
子が出来ない為に二人目の妻を迎える。それはすなわち、子を産む胎として娶るということだ。
さらに第二夫人ということは、伯爵令嬢たるこの私が、男爵令嬢の下に付くこと。
……なんとう屈辱。
勿論、私の両親も怒り心頭で反対した。
しかしアレックスは諦めず、しつこく我が家を訪れては私を口説こうとした。
「私は新しい道を選びたいのです。私を愛していると仰るのなら、どうか認めて頂けませんか」
「他の男に嫁ぐなんて許さない。愛しているからこそ、誰にも渡したくない。当然のことだろう?」
更に厄介だったのはロートン侯爵夫人だ。私や母が説得に応じないと知ると、お茶会と称して呼びつけてはチクチクと嫌味を言われるようになった。
「他国と言ってもロクな縁談では無いのでしょう?我が家へ嫁いだ方が良い暮らしが出来るというのに、何故分からないのかしら」
ロートン侯爵からは「断るならば事業提携を考え直す」と脅された。
纏まりかけていた縁談が流れたのも、恐らく侯爵の仕業だろう。更にはグローヴズ公爵家からも圧力が掛かった。
私はもはや、アレックスへ嫁ぐことを受け入れるしかなかったのだ。
アレックスとシェリル様が結婚し三年が経過するまで、私は領地へ引きこもった。
王都にいた両親は随分嫌な思いをしたようだ。社交界で私は「男爵令嬢に婚約者を盗られた令嬢」として、物笑いの種になっていたから。
両親には本当に申し訳ないことをしたと、今でも思う。
アレックスはグローヴズ公爵が横暴だと、自分は被害者だと悲劇の主人公のように振る舞っているが。
私から見れば、彼もグローヴズ公爵と何ら変わらない。
爵位が下だから、女だから、相手を自分の思い通りに出来ると信じている。
ロートン侯爵家へ嫁いだ後も、決して幸せとは言えなかった。
私はこの家で、正妻のシェリル様に見つからないようひっそりと暮らすことを強いられた。侯爵夫人の仕事を手伝うために本邸へ赴く際は、彼女の目を欺くためにメイドの振りをする。
事情を知っている執事や侍女たちは私へ気の毒そうな目を向けたが、それもまた私にとっては屈辱だった。
アレックスは気まぐれに別邸を訪れ、私を抱く。
もう嫌だと私が泣いても勘弁して貰えず、何度も「愛している」と囁きながら朝までしつこく腰を振り続けた。
早々に妊娠出来た時はホッとしたものだ。これであの苦痛から解放されると。
しかし孕んでからも地獄だった。
悪阻で苦しんでいるというのに、義母は変わらず私を呼び出して執務をさせた。
「妊娠は病気じゃないのよ~?私もアレックスを孕んだときは、姑に執務をさせられたわ」
辛いと夫へ訴えても「母はシェリルの相手もしなければならないから、忙しいんだ。気遣ってやってくれないか」と流されるだけ。
「真実の愛で結ばれた俺たちなら、このくらいの困難は乗り越えらえるはずだ」
何度目かの口論の際にこう答えられた時は、殺意が沸いたわ。
私のアレックスへの愛情なんて、どんどん目減りしているというのに。
数年後シェリル様が領地へ追放され、私はようやくロートン侯爵家の次期侯爵夫人として表へ出ることになった。
「あら、フェリシア様ではございませんか。お会いするのは学院以来ですわね」
「ほほほ、ロートン侯爵令息もようやくお目が覚めたようですわね。やはりあの真実の愛よりも、フェリシア様の方が侯爵夫人に相応しいですもの」
夫と共に夜会へ参加すれば、常に好奇の視線に晒された。夫人たちは私を見ながら口角を上げて嫌味を言ってくる。
――『真実の愛』に負けた傷物。
―― 元婚約者に縋って第二夫人として居座り、遂には正妻を追い出した図々しい女。
彼女たちが裏でそんな風に揶揄していたのを知っている。
如何にシェリル様が愚かで貴族夫人に相応しくないとしても、私は表向き「第二夫人」に過ぎない。足の引っ張り合いが日常茶飯事の社交界において、それは致命的な傷だった。
しかしアレックスは「今更シェリルを離縁するのは体裁が悪い」と取り合わない。
グローヴズ公爵が倒れた今となっては、シェリル様をどう処分しようが問題の無いはず。しかし外面を何よりも優先するアレックスは「一度でも妻とした女性を見捨るのは外聞が悪い」と考えているのだ。
何て滑稽なのだろう。シェリル様を選んだ時点で、社交界における彼の評価など地に堕ちているというのに。
せめて私を第一夫人にして欲しいと頼んだが、「君はロートン侯爵家の正妻になることが目的で嫁いだのか?」と冷たい眼を向けられた。
「あまり我儘を言って困らせないでくれ。俺への愛があればそのくらい、耐えられるだろう!」
今さら正妻になりたかったのではない。貴族として不都合があるから何とかして欲しい、と訴えているだけなのに。
ほんの少し。ほんの少しだけ残っていた夫への愛が、失望と共に砕け散った。
それから二十年。
何度も出ていきたいと思ったが、子供たちのため、領民の為に耐えた。長男フレッドは妻を迎えたし、下の息子や娘も良い縁を得た。
私は十分この家の為に働いたわ。もう、解放されても良いでしょう?
正式にアレックスと離縁した私は親類を頼り他国へ渡った。今は家庭教師を生業としながら、のんびり余生を過ごしている。
夫に煩わされることのない生活が、こんなに楽しいなんて思わなかったわ。
アレックスは離縁を拒否して随分ごねたけれど、子供たちが抑えてくれた。第二夫人扱いに苦労している私を見て、彼らも父親に憤りを感じていたのだ。
私の隣国行きを妨害しようと夫はグローヴズ元公爵夫人に泣きついたようだけれど、相手にされなかったらしい。グローヴズ元公爵もシェリル様も亡き今、公爵家がアレックスの為に動く理由はないものね。
今でもアレックスは「こんなのはおかしい。何故だ。俺とフェリシアは、真実の愛で結ばれていた筈だ……」と事あるごとに呟いているらしい。
永遠に理解できないでしょうね。貴方には。
貴方はあの時、私の手を離すべきだったのよ。
辛くとも涙を呑んで私を新しい婚約へと送り出して欲しかった。
真に愛しているというのなら、相手の幸せを遠くから願うことだって出来たはず。
――なのに貴方は自分の欲望を優先して、私を手放さなかった。
シェリル様を放逐した時。
醜聞を覚悟の上で彼女と離縁する、あるいは罪を承知の上で彼女の命を断つべきだった。
そうしてくれていたら、私は命尽きるまで、貴方と共にこの地獄を歩んでいく覚悟をしたでしょうに。
――だけど貴方は自らの外聞を優先して、手を汚すことを拒んだ。
自らが手を汚す度胸も無く、何かを諦める覚悟も無い真実の愛。――何て薄っぺらな愛だろう。
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