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龍の騎士王と狂った賢者
第四話 幻獣学者と灰色のキツネ(3)
しおりを挟む「ルベラ!!」
三頭の灰色ヒヤシス=ペディに囲まれたルベラを庇うような形で、魔法で強化した脚力を使い彼女の前へ割り込んだアイザック。
「お前達、言葉は分かるな?!僕の大事な家族に指一本でも触れてみろ!痛い目を見ることになるぞ!!」
激しい剣幕で一気に捲し立て、ゼェゼェと肩で息をしながらキツネ達を睨む。
その様子を見ながら、三頭のヒヤシス=ペディ達はアイザックの前に集まり、グレイがルベラを不敵な笑みで見つめて
「ネズミよ、お前も愛されたものよな?このアルベルトは無類の幻獣好きだが、少し過保護すぎる嫌いがある。だが今の様な時代、我等のような幻獣をここまで愛し、そして畏怖して てくれる人間は大変貴重で有難いものよな。」
そう優しく温かみのある声で呟いた。
ルベラは「誰がネズミよ!」とプリプリ怒りながらも、尻尾をブンブンと嬉しそうに振っている。
「にゃあアルベルト?久しぶり過ぎておいら達の事を忘れたのかにゃ?おいらだよ。シンザにゃ。アルベルトがオイラたちの名前を考えてくれたんだにゃあ。忘れるとは酷いにゃ。」
猫撫で声をあげながらシンザがアイザックの足元に近付き、頬擦りをしてくる。
「な?なんだぁ??」
アイザックが先程感じた剣呑な空気(勘違い)とは裏腹なキツネたちの行動に目を白黒させていると、ラーウスが
「シハハハ!お主も忘れておったじゃろうがシンザ!ワシはもちろん覚えておったがの?アルベルト、久しぶりじゃな。息災そうで何よりじゃ。」
「お前もシンザも忘れていただろうが、ラーウス…」
本当に頭が痛くなる、と零しながらグレイ、ラーウスもアイザックに近付いてきた。
「ま、待ってくれ!僕はアルベルトではない!僕の名前は、アイザック!アイザック・ヘルマン・ウェルズだ。
お前達が話すアルベルトとは、アルベルト・トンプソン・ウェルズの事なのか?!だとしたらそれは私の祖父だ!祖父のことを知っているのか?!」
困惑しながらもどうやら敵意がないことが分かりホッとすると同時に、キツネ達がどうやら祖父の事を知る幻獣であることを悟ったアイザックは、自身の名と彼らの事を聞く。
「にゃあ?アルベルトは何を言ってるのにゃぁ、グレイ?」
難しい事は分からないといった風に、シンザが首を傾げながらグレイに訊ねる。
「んん??……ほう、確かにアルベルトだと思ったのだが、少し違うようだ。アーネストも人間にしては歳を取らぬ方だが、全く変わらない所かかえって若返るなどおかしいとは思ったのだ。なるほど血縁か。」
「シハハ、なるほどのぅ。血縁ならば匂いが似ておろう。しかし本に生き写しかと思うほど似ておるなお主は!」
合点がいったとばかりにウンウンと頷く二頭。未だに首を傾げてるシンザは、意味は分からないけれど懐かしい気持ちになってニコニコとしている。
「お前達は本当に祖父の知り合いだったのか!」
祖父の失踪から三ヶ月半、英国から遠く離れた森の中で見つけた祖父の知己に思わぬ手掛かりだとアイザックは破顔した。
それから各々自己紹介を始めた。
「私の名はグレイ。見た通りヒヤシス=ペディだ。この二頭は私の弟達で、」
「にゃあ、おいらはシンザ!おいらたちは普通のヒヤシス=ペディとちょっと違うにゃ!」
「ワシはラーウスじゃ。アルベルトが言うには特殊個体というものらしい。なんでも、長く人と関わって生きたワシらのような個体は、稀に特殊な変化や進化をするらしい。」
三頭が順に名を名乗りながら、自らの身体の変異の事を語り出す。
それによれば、祖父アルベルトはヒヤシス=ペディの研究を進めるうちにこの三頭とその主人(アーネストと言うらしい)と出会い、親交を深めたのだと言う。三頭は、主人と共に猟師を生業として生活を続ける内に、元々は薄い赤色の体毛に、体毛より濃い赤の角を持つ大陸型の通常個体であったのが変化し、現在のような灰色の体毛と黄色い角を生やすものになったのだそうだ。
「そうだったのか…。教授はそんなこと一言も言っていなかったが、こんな事が世に知れ渡れば確かに大変な事になる。」
「ちょっとヘルマン!考え込む前に私の紹介をしなさいよ!」
いつの間にかアイザックの肩に移動していたルベラは、アイザックの耳を引っ張り上げながら大声で叫び、思考の海に潜り込もうとしていたアイザックを呼び起こす。
「痛ててて!!痛いよ!ルベラ!ゴメンってば!!
……、えと、僕は先程も言った通り、アイザックだ。こっちの白いカーバンクルはルベラ。」
涙目になりながらもルベラの紹介をするアイザック。ルベラはフンっと腕を組みそっぽを向いて、
「ルベラよ。今度また私を食べようとしたら燃やすからね?特にシンザ!」
キッ!とシンザを睨むルベラだが、シンザは眠たそうに欠伸をひとつしながら
「ふにゃあぁ…はいはい。」
と、まるで相手にせず座り込む。その姿を見たルベラのボルテージはさらに上昇していった。そんな一頭と一匹を困り顔でアイザックが見ていると
「してアイザックや、アルベルトは元気かのぉ?」
シハシハと独特な笑い声を上げながらラーウスが聞いてくるが、アイザックの応えよりも先にルベラが
「アンタ達だけで盛り上がらないでよね!私だって居るんだから!
それと、アルベルトなら三ヶ月ほど前から失踪中だから生きてるかどうかも分からないのよ…」
怒ったかと思えば急にシュンとした声で質問に答えた。
「ふむ…?死んではおらんと思うぞ。何処に居るかまでは分からんが、我等と結んだ契約魔法はまだ生きているようだからな。」
「契約魔法?特殊個体とはいえヒヤシス=ペディとかい?それに今時戦争や大きな魔獣と戦うような事も少ないのに…?」
《契約魔法》は、様々な契約を結ぶ魔法だが、古くは幻獣達との召喚獣契約が盛んだった。大きな戦争や、魔獣との戦いでは契約した幻獣たちの力を借り絶大な魔法を行使して大きな戦果をあげたという。しかしこの契約魔法だが、従来であればヒヤシス=ペディのような小さな幻獣と結ぶことは大した旨みもなく、大きな戦争や魔獣が居る訳でもない今日においてそもそも契約を結ぶ事に大きな意味があるとは言えない。
「あぁ、それはのぉ……」
ラーウスが説明しようとしたその時、アイザック達が居る場所からそう遠くない茂みからガサガサと何かが近付く物音と、野太い男の声が聞こえてきた。
「オマエらウサギ追うのにいつまでかかってやがるん……、あ、アルベルトか?!」
茂みをかき分けやって来た大男は、アイザックよりも頭二つ以上高く、服の上からでもわかるほど盛り上がった筋肉をつけた熊のような男だった。その肩には猟銃を引っ提げ、如何にも猟師といった風貌だ。鍛え上げられたであろう腕と胸の筋肉は今にも服を押し破らんばかりに膨らんでおり、威圧感と圧迫感で息が詰まりそうな立ち姿であった。
男はアイザックを見付けると、男らしい髭面に似合わない涙を一瞬浮かべたかと思いきや、歯を食いしばり、只でさえ膨らんだ筋肉を更に大きくしながらアイザックに向かって走り出した。
なにがなにやら分からないアイザックを他所に、彼我の距離を一息で詰めた大男は、
「こんのォ……大バカ野郎がァァア!!!」
ドゴォオ!!
大男の地をも砕きそうなその拳が、アイザックの左頬にヒットしたかと思った次の瞬間には、優男然とした幻獣学者の身体は軽く十メートルは吹っ飛び、おおきな木をへし折って崩れ落ちた。
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