FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第九話 幻獣学者と森の異変(2)

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 爆心地の光景は神秘性を感じさせた森とは一変していた。

 地面は半径十メートル程のクレーター状にめくれ上がり、木々は爆心地から放射状に薙ぎ倒され、焦げた匂いと黒煙がもうもうと立ち篭め、一部の地面はガラス片のようにキラキラと陽光を反射していた。

(酷すぎる…)

 クレーターから離れた位置に五十を超える精霊たちが傷付き倒れているのを見つけ、アイザックは言葉を失った。

ほうけるのは後よヘルマン!煙が晴れるわ!何か居る!」

 ルベラの言葉にハッとさせられ、意識を黒煙の向こう側へ向ける。

 もうもうと立ち篭めていた煙が晴れて行き、その奥に大きな獣のような影が見える。完全に視界が確保出来た時に現れたは複数の獣が混じりあった異形をしていた。

 まず目に付くのはその異常なまでに大きな体躯と異様性。ヒグマの二倍近くある大きな身体に、驚く事に三対さんつい六足で立つ姿。顔はトラのような大型ネコ科動物のもの、サーベルタイガーもかくやといった巨大つ鋭い犬歯、六本の足は猛禽類のような鋭い三本指の前足が一対、オオカミのような靱やかな五指の中足が一対、トラのように太く逞しい後ろ足が一対ある。その背中には大きな翼まで備えている上に、尻尾は炎のように紅く放射状に広がってる羽毛のような毛並みだ。グルグルと唸り声を上げる巨体の幻獣は明らかな敵意を此方に向けている。

(この幻獣が…、コイツがこんなむごい事をやったのか…!ゆ、許せない…!!)

 これまでに見てきた精霊たちの無惨な姿を思い出すと、幾ら温厚なアイザックといえど到底許せるものではなかった。

 悲哀、悔恨、憎悪、ーーー殺意。

 アイザックの中で様々な感情が入り乱れ、今まで感じたことの無い力が溢れ出る。瞬間、アイザックの身体が倍以上に膨らんだかと錯覚させるほどの魔力が噴き上がる。爛々らんらんきらめくその魔力は後光ごこうのように白金色の光を放つ。

「ちょっ…!!ヘルマン?!」

 あまりの魔力磁場の変異にルベラが驚嘆の声を上げるも、軽く理性を失いかけているアイザックの耳には入ってこない。

 巨躯の幻獣はアイザックのまとう魔力に気圧されたのか、ジリジリと後退あとじさる。その様子を感じ取ったアイザックは一歩踏み出す。余程の圧力が掛かっているのか、踏み締めた地面に大きな罅割ひびわれが走る。


「許さ、ないっ……、赦セナイ………、ユルサナイッ!!!」


 ガァアッ!!と吠えたアイザックに対し、巨躯の幻獣がピクリと反応する。一瞬にして攻撃の態勢を取り、口の端から白い煙を漏らす。暫く睨み合いが続いたかと思うと、両者が同時に動いた。


 ドドンッ、と両者が居た場所の土が捲れ、姿が追えぬ程のスピードで擦れ違った。



 次の瞬間、アイザックが纏っていた膨大な魔力が霧散し、反動で意識を手放した身体が地面に沈む。

「…っ!!ヘルマン!!」

 ドサッと倒れたアイザックに血相を変えたルベラが駆け寄る。見た所大きな傷は見当たらないが、交差した時に幻獣の顔をえぐったのか左手が血濡れている。

 巨躯の幻獣の顔には五本の傷が走り、血が噴き出しているが、気絶したアイザックに一瞥をくれた後、興味を失ったかのように顔を逸らし数歩駆けて大きな翼をはためかせ空の彼方へと飛び去って行った。


◇◇◇◇◇◇


 時は少し遡る。
 アイザックらと別れたあとのアーネストは、頼もしい三頭の狩り狐たちを引き連れて、山小屋のある場所から東周りに森を走っていた。

「クソッタレめ…!よくもこのオレの可愛いガキどもを…!おぅ、お前ら!徹底的に探せ!」

 そうげきを飛ばしたヒグマのように身体の大きい狩人の目には、うっすらと涙が浮かべていた。アイザックにも言ったように、小さいが純度の高い魔素が多く集まる龍脈レイラインがあるこの森を、幻獣たちの理想郷とするべくアーネストたちが苦心し始めてから百と余年。ようやく小さな幻獣たちが住み始めたのはつい十年ほど前の事だった。
 少しずつ、少しずつとその生態系を広げ、やっと理想とする目標の第一段階をクリアした所だったのだ。妻子のいないアーネストにとってこの森に定住した幻獣たちは、種族こそ違えど自分の子どものように可愛い存在であった。にも関わらず、そんな可愛い子どもたちを守ることが出来なかった。その悔しさたるや、今まで生きてきた中でも感じたことの無い境地のものである。

 瞳に浮かんだ涙を、 太い腕でグッとぬぐう主人の姿を横目に見つつ、併走へいそうするグレイたちの心にもその想いが痛いほどに伝わったのか、普段のんびりとしているシンザでさえもその眼光は鋭い。

「アーネスト…。一段落したらば、必ずこの者たちの弔いをしよう。必ず、だ」

 グレイには主の無念を推し量りつつも、この言葉を掛けるのが精一杯であった。

 しかし、その優しい想いはアーネストにしっかりと伝わり、涙を拭った目元はキッと前を見据えている。

「あぁ、向こうでも楽しく過ごせるよう盛大にやろう。…でも、まずはコレを仕出かした奴に落とし前を付けさせてやろう」

 グッと力を込めた主のその言葉に、こんな時ではあるがグレイたちは小さく笑みを浮かべ

「任せておけにゃ、アーネスト!おいらたちもむかっ腹を立ててるにゃ!」

「おうともさ!何処のわっぱかは知らぬが、我らの縄張りで暴れ回ったこと、後悔させてくれるわ!シハハハ!!」

「あぁ!しかしシンザにラーウス。私とアーネストの足は引っ張るなよ?」

 やる気に満ちたシンザとラーウスにクククと苦笑いをして場を少し和ませるグレイ。そんな三頭のお供たちの頼もしさにニッと笑みを零したアーネストだったが、和んだ雰囲気は直ぐに緊迫した物へと変わる。


ーードゴォォォォッッ!!


『?!!!』

 仇討ちに心を一つにしていた四つの影は、とてつもない爆音にその歩を止められ、後ろを見た。アイザック達が向かった西の方角から土煙と黒煙が恐ろしい勢いで立つのが目に入った。

「…ッ、アーネストッ!彼処あちらの方角はッ!!」

 驚愕に満ちた顔で叫んだラーウス。シンザとグレイもアーネストを見上げる。

「あぁっ!アイザックたちか?!急いで向かうぞ!!」

 そう吠えたアーネストはすぐさま身体強化魔法を重ね掛けし、今来た道を引き返しアイザックたちの元へと駆けていく。


◇◇◇◇◇◇


 魔法を駆使してなんとかアイザックを仰向けで寝かせ直したルベラの表情は、苦悶と憔悴で満たされていた。

「ヘルマン…。…グッ…!!」

 友の苦しむ姿に己の無力を呪う。宝石のような瞳には、大粒の涙を浮かべては流しを繰り返し、血が出るほど噛み締めた口は真一文字に閉じられている。

(何が!何が、カーバンクルで最上位よ!!ヘルマンが傷付くのをいつもそばで見ている事しか出来ないくせに!!)

 小さな身体を抱くようにした両腕は、悔しさと己に対する怒りで震えている。ルベラが激しい自己嫌悪に襲われていると、自分のすぐ後ろから森を掻き分けて走るガサガサという音が耳に入る。

「!!…誰っ?!」

 涙を拭うことも忘れ、音のした方へと向き直り叫ぶ。例えさっきの獣が戻って来たとしても、せめて相打ちくらいは果たし、友を守る。
 己が内包する全ての魔力を練り上げ、魔法を構築していつでも打てるようにと両手を前に出し展開しておく。


「アイザック!!ルベラ!!無事か?!」


 茂みの奥から現れたのは、巨躯の狩人とその子飼いら。


「ウォーカー…。よかっ…」


ーパタン…


 よく見知った顔が現れたことに安堵したルベラは、展開していた魔法を霧散させると共に、その場に倒れ込んだ。

「おい!!クソッタレ!一体どうなってやがる…!」

「アーネスト、それよりも此奴等こやつらを家まで連れ帰って手当せねば!」

 ボロボロのアイザックとルベラを目にしたアーネストは状況の判断が少し遅れるが、グレイの言葉に気を持ち直してアイザックをかつぎ、持っていた手拭いでルベラ包みグレイの首に掛けさせる。


「ダァァ!…ったく!オレはあと何回コイツを担いで家に連れてきゃ良いんだ!」
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