初めての物語【Ｂ面】～First Story～

第５章 初めての恋（回想）

１ 愛海の初恋

　愛海の初恋の相手は、三つ年上の島本瑛士えいじだった。二人の母親同士が友人で、一駅離れた所に住んでいるが、小学校の頃から一緒に遊ぶ仲だった。愛海は、いつも瑛士の事を「お兄ちゃん」と言って、瑛士の後を着いて廻っていた。瑛士は小さい頃からバスケットをやっていたが、スポーツだけでなく学校の勉強も優秀だった。背も高く、眉まゆのきりっとした細面ほそおもての顔立ちをしていた。
　愛海が中３の夏、受験勉強を教えてもらうために、瑛士の家に来ていた。瑛士の母親は出掛けていて、瑛士と二人きりだった。茶の間のソファーに腰掛けて、英語の問題集を広げていた。瑛士は優しく丁寧に教えてくれて、愛海は満足していた。
　一通り問題を終えて、瑛士が冷蔵庫から麦茶を入れて持ってきた。愛海がそれを飲んでいると、瑛士がいきなり後ろから抱き着いてきた。愛海の胸の前で腕を組んで、髪に顔を埋めていた。次の瞬間、愛海のあごを掴つかんで向きを変えたかと思うと、愛海にキスをした。突然の事でどうしていいか分からない愛海は、その場に固まっていた。
～愛海～どういう事？お兄ちゃんの唇が私の唇に、キス？

　すると今度は、瑛士の手が背後から愛海の胸に触れてきた。触れるというより、手の中に小さい胸を包み込むようにしていた。
～愛海～何で、胸を触られている。誰にも触らせた事ないのに、まずいな。

　愛海は本能的にソファーから立ち上がった。その時、瑛士のあごを思い切り頭で突き上げたようだった。愛海も頭を打ったが、その痛みどころではなく、
「お兄ちゃん、何するの。私、お兄ちゃんのこと好きだけど、こんなことはしたくない。」愛海は瑛士を睨にらみつけていた。
「ごめん、愛のこと可愛いから、キスしたくなった。愛はしたくないの？」
「したいなんて思わない。お兄ちゃんのこと、嫌いになった。」と言って、荷物をまとめて玄関へ向かった。途中で瑛士が、愛海の腕をつかんで引き寄せようとするのを振り切って外へ出た。
　これが愛海の初恋であり、ファーストキスの嫌な記憶である。この事は、親にも友達にも話した事のない出来事で、島本瑛士とはそれ切りになった。