クラス「無職」になってしまい公爵家を追放された俺だが、実は殴っただけでスキルを獲得できることがわかり、大陸一の英雄に上り詰める。

アメカワ・リーチ

文字の大きさ
22 / 51

22.カミラの誘惑

しおりを挟む

 †

 表彰式が終わり、ようやく控え室に戻ってきたリート。

 流石に何度も真剣勝負をしたので疲れ切っていた。

 ――それに、頭の中ではあの男のことがグルグルしていた。

 ウィリアム・アーガイル。
 底知れぬ力を持っている。

 しかもリートの秘密も知っている。

 一体何者なんだ……

 ――と。

「――リート」

 突然名前を呼ばれる。
 その声は、一瞬イリスのそれと思ったが、すぐに違うと気がつく。

 顔を上げると、そこには一見イリスと似ていて、けれど明らかに異質な少女がいた。

 金髪碧眼。だが、髪がふわりと巻かれているのがイリスと違う。
 顔立ちは整っているが、その笑みは何かを感じさせる。

「――そなたの戦い、見事であった。まさか我が従兄弟アーガイルを破るとは、驚いたぞ」

 その言葉でリートは、目の前の人物が誰かを理解した。

 ――カミラ・ローレンス。

 アーガイルの従兄弟。王妃の娘。
 まごうことなきこの国の第二王女。

 つまりイリスの異母姉妹である。
 声や容姿が似ていることに合点がいった。

 ――妖艶な笑みを浮かべたカミラはゆっくりリートに歩み寄ってくる。そして、そのままその手をとった。

 手首を包んだ柔らかい手。

 いきなりのことにリートはドキッとするが、すぐ下にきたカミラの瞳の奥を見て、すぐに心臓の高鳴りは止んだ。
 アーガイルと同じだ。
 どこか冷徹さを感じさせる。

 カミラは妖艶な笑みを浮かべて言った。

「そなた、我が僕(しもべ)にならぬか?」

 突然の誘い。
 それは半分、ほとんど誘惑に近い。

 リートは意味をはかりかねて、思わず固まった。
 カミラは言葉を続ける。

「私の近衛騎士になってくれ。そうすればすぐに出世させてやる。それに爵位だってやろうじゃないか」

 リートはそこでようやく自分が勧誘されていることに気がつく。

 この国の王女様に、ただの平民が迂闊なことは言えない。
 だからリートはなんと返して良いのかわからなかった。
 そしてなんとか言葉をひねり出す。

「……すみません。人事は私が決めることではありませんので……」

 それがなんとか出てきた言葉。
 すると、カミラはそんなものは無意味だと言う。

「人事など、なんとでもなる。――例えば、私の夫になるとかな」

 その言葉にリートは驚愕した。

 夫とは――つまり王女と結婚するということを言っているのか……!?
 何の冗談だ……

「結婚すればお前も王族の一員。ある程度の人事はどうとでもなるぞ」

 と、カミラは握っていたリートの手をグッと引き寄せる。
 リートはとっさに体幹で踏ん張ったが、すると代わりにカミラの身体がリートの方に寄りかかってきた。

「どうだ。王女の婿となれば、公爵の地位は確実だ。騎士団長にだってなれるだろう」

 ――騎士団長(ファースト)の地位。
 それは騎士ならば誰でも憧れるものだ。

 その地位につけるのは、国中から集められたエリートの中でもさらに極少数の人間。

 ――まさしく頂点を極めた者だ。

 王女はその地位をちらつかせる。

 ――だが。

「王女様……お気持ちはありがたいですが……あり得ぬことです。王女様が一介の平民と結婚するなど……」


「ありえぬことなどではないさ。私は家柄には興味はない。強い者が良いのだ」

「王女様……」

 リートにはそれ以上良い言い訳が見つからなかった。

 だから――
 


「――私はイリス様に仕えている身です」



 リートははっきりその言葉を口にした。

 その言葉に、カミラの身体が瞬間的に震えた。
 そしてそのまま身体を起こして、リートを見上げる。


「イリスに仕えている、と申したか」

 少し冷たい声。
 だが、リートは臆せずに答える。

「はい。イリス様は初めて私を認めてくださった。だからその期待に応えたいのです」

 リートがそう言うと、カミラは――

「ははッ!!」

 笑った。

 明確な拒絶に対して笑ったのだ。

「なるほど、悪くない。私の肌に触れて言うことを聞かなかった男はお前が初めてだ」

 ――だろうな、とリートは内心で同意する。
 こんな美人な王女に迫られたら、普通は断れまい。

 だが、どんなに迫られてもリートは断れる自信があった。

 ――カミラの心の奥底には、冷たい何かが隠れている。
 それを感じとってしまったからだ。

 だから。例え裸で迫られたところで応じることはなかっただろう。

「ますます気に入った」

 小悪魔的な笑みを浮かべるカミラ。

 ――――と、その時。


「――――カミラッ!!!」


 響いた声に驚いて振り返ると、部屋の入り口にイリスがいた。
 眉は釣りあがり、今にも掴みかかってきそうな形相だった。

「姉上、どうされました?」

 首を傾げて聞くカミラ。

「リートが困っているだろう。リートから離れろ」

 そう言ってイリスはいつでも斬りかかってきそうな殺気を漂わせて、歩み寄ってくる。

 仕方がないと、カミラはリートの手を離した。

「よかろう。今日のところは余の負けだ」

 そう言って一歩後ろに下がるカミラ。
 そのまま踵を返すカミラ。

「姉上、あまり怒ると早死にしますよ」

 そう言い残して部屋を出て行く。

 イリスはその背中を最後まで凝視し続けた。
 そしてそれが見えなくなったのを確認してからリートに向き直った。

「リート、あいつに何かされたのか」

 ――イリスは怒気を孕んだ声色で尋ねてくる。

 そこでリートは姉妹の関係がただならぬものだとに気がつく。

「いや、何も……ただ、自分の僕(しもべ)にならないかと言われて……」

「――それで、なんと?」

「……お断りしました」

 リートが言うと、イリスは少し安心したようにして息をついた。

「そうか……すまんな、取り乱した」

 ――一体、姉妹の間に何があるんですか。
 リートは、喉のところまで出かけた言葉をなんとか飲み込んだ。

 ――だが、イリスが自分から明かしてくれた。

「カミラと私は王位を争っているんだ」

「――王位を?」

「知っての通り、私は長女だが庶子。一方カミラは次女だが嫡子だ。それゆえ、どちらが王位を継ぐか、まだ正式には決まっていないのだ」

 リートは、それでカミラが自分に迫ってきた理由が少しわかった気がした。
 少しでもライバルであるイリスの戦力を殺(そ)ぐためだったのだ。

「カミラの母親はアーガイルの生まれだ。アーガイルは宮廷で圧倒的な力を持っている。一方、私は庶子ゆえ、強い後ろ盾があるわけではない。だから――いつ殺されてもおかしくはない」

 殺される。
 兄妹に。

 その言葉で、それまでリートが感じていた違和感がようやく溶けた。
 カミラにしても、アーガイルにしても、瞳の奥にどこかで冷たさを秘めていた。
 それは、まさしくイリスへの殺意だったのだ。


 ――と、イリスはリートの手を取って言う。

「だから……無理は承知の上だが……私の力になって欲しい」

 その言葉に対する答えは――最初から決まっていた。

「もちろんです、王女様。それが近衛騎士の仕事でしょう」

 リートは王女の顔をまっすぐ見て答えた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺は、異世界の伯爵家の三男・ルークとして生を受けた。 しかし、五歳で授かったスキルは「創造(木工)」。戦闘にも魔法にも役立たない外れスキルだと蔑まれ、俺はあっさりと家を追い出されてしまう。 前世でDIYが趣味だった俺にとっては、むしろ願ってもない展開だ。 貴族のしがらみから解放され、自由な職人ライフを送ろうと決意した矢先、大森林の中で衰弱しきった幼いエルフの姉妹を発見し、保護することに。 言葉もおぼつかない二人、リリアとルナのために、俺はスキルを駆使して一夜で快適なログハウスを建て、温かいベッドと楽しいおもちゃを作り与える。 これは、不遇スキルとされた木工技術で最強の職人になった俺が、可愛すぎる義理の娘たちとのんびり暮らす、ほのぼの異世界ライフ。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...