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30.アイラのライバル
しおりを挟む竜の里から王都へと戻ってきた翌日、リートは朝から近衛騎士の事務所へと向かった。
――アイラも連れて行く。
というか、アイラは生まれてからずっと、側にべったりつきっきりで、トイレの時以外は離れてくれないのだ。
なのでアイラが脇に浮遊したまま、ウルス隊長の元に報告に行く。
「おお、まさかとは思ったが、本当にドラゴンに選ばれるとは。驚いたな」
隊長が前髪をかき上げながら言った。
「りゅー」
リートのわきで浮遊するアイラは、ウルスを見ると小さく鳴いた。
彼女なりの挨拶らしい。
「まぁ、イリス様が選んだ男なのだ。ドラゴンに選ばれても、おかしくはないな」
とウルスは納得した表情を浮かべる。
「それで隊長、次は何をすればいいですか」
リートが聞くと、ウルスは一枚の紙を手渡してきた。そこには簡単な地図が書き記されている。
「東方騎士団から応援をお願いされているんだ。人手が足りないからと」
「ではまた出張ですね」
「そうだ。東方にコリンという町があるのだが、そこでの任務だ。なんでも郊外の森にメタルウルフが住み着いて、交易を邪魔しているらしい。それを倒してきて欲しい」
「わかりました」
リートは地図を受け取る。
「ああ、そうそう。それから、イリス王女様の執務室へ行け。お前をお呼びだ」
「王女様が?」
採用試験、決闘会と王女様と接する機会は多かったので、時折忘れかける時もあったが、イリスはこの国の第一王女だ。おそらく将来女王になるお方。
そんなイリスに呼び出されたとあっては、緊張感が増す。
「安心しろ。王女様は部下との交流を重視されている方だ。しかもお前は“お気に入り”だからな。単にお前の顔が見たいだけさ」
ウルスはそう説明してくれる。もちろん、嫌味などではなく、単純に説明をしてくれているだけである。
「わかりました」
リートは一礼してから、王女の執務室へと向かう。
すぐに部屋の前までたどり着くが、そこで一つ問題に気がつく。
アイラをどうするか、である。
いくらドラゴンが賢いとはいえ、アイラはまだ子供だ。
万が一イリスに失礼があってはいけない。
そこでリートは、少しの間お留守番をしてもらうことにした。
「アイラ、ちょっとだけここで待っていてくれるか?」
リートの言葉をアイラは完璧に理解しているようだった。
そして理解した上で、
「りゅぅーー!!!」
それを拒否した。
翼を思いっきりばたつかせて、リートの胸に飛び込んでくる。
絶対に離れないぞ、という様子だった。
「アイラ。ちょっとだけだから」
そう言っても、アイラはいうことを聞かない。
「……仕方ないか」
時間もないので、今は連れて行くしかない。
ここはひとつ、粗相があるかもしれないのは承知の上で、王女様に紹介してしまおう。
リートは守衛に声をかけ、部屋の中に入れてもらう。
「リート、ひさしぶりだな」
イリスは満面の笑みでリートを出迎えた。
「王女様。お元気ですか」
「ああ、もちろんだ。リートは――ドラゴンに選ばれたのか」
「はい、王女様。こちら、アイラです」
イリスはリートの脇を浮遊するアイラを近くで見ようと歩いてくる。
「こんにちは、アイラちゃん」
イリスがアイラに挨拶をする。
それに対してアイラは――
「シャァア!!」
と、突然聞いたことがない、威嚇の鳴き声を発した。
リートは肝を冷やした。
王女様を威嚇するとは――。
「すみません、イリス様。まだ子供でして……」
粗相があるのではと危惧していたが、まさか威嚇するとは。
先ほど隊長には普通に挨拶していたので、なおのこと焦る。
「はは。ドラゴンはたくさん見てきたが、この子は一番元気がいいな」
イリスは全く気にしていない様子でそう言った。
「元気と言いますか、人見知りと言いますか……」
と、リートが頭をかきながらそう言うと――
アイラはリートの方に振り返って、短い前足をリートの胸に押し付けた。そして翼をパタパタと羽ばたかせる。
なにやら、リートを押そうとしているらしい。
「はは! どうやら、私からお前を遠ざけたいようだな!」
イリスは笑いながら言った。
「す、すみません! アイラが失礼な真似を……」
「かまわん、かまわん」
それでもイリスは本当に全く気にしたふうでは無かった。
「どうやら私はリートを巡るライバルだと、見抜かれているようだ。さすが、ドラゴンは賢い」
言っている意味がリートにはわからなかったが、とにかく許してくれているらしい。
だが、やはり心臓に悪い。
リートは帰ったらアイラをちゃんと躾けなければと心の中で誓うのだった。
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