11 / 20

11.甘いもの

しおりを挟む


 フェイは制止する女王を悠々振り払って玉座の間を後にした。
 変身したイリスに乗って、王宮から発つ。
 
 ――しかし、こんな風に空さえ飛べれば誰でも自由に侵入できてしまう状態で、本当に大丈夫か……?
 フェイは他人事ながら王宮の防備が心配になった。

「イリス、この辺で降りてくれる?」

 王宮からしばらくしたところでフェイはイリスに声をかけた。

「はい、ご主人様!」

 適当な路地裏に着地する。フェイが背中から降りると、イリスは元の少女の姿に戻った。

「せっかく王都に来たから、ちょっと買い物をしていこう。穀物とか野菜の種が欲しい」

 村で育てているのは芋と幾らかの葉物だけだった。それもあの土地に適しているわけではないので効率はよくない。
 せっかくなので、荒野でも育てやすいものを手に入れたかった。

 フェイはイリスと二人並んで、王都の市場に繰り出す。

「ご主人様、すごい人ですね」

 見た目が立派な?少女なので忘れかけるが、イリスは生まれたてなのだ。知識として王都というものを知ってはいるが、目にするのは初めてだ。

「そうだね。ずっと王都に住んで来たから、あまり意識したことはなかったけど」

 フェイたちはすぐに目的の店にたどり着いた。農家向けのものを売っている店だ。

 そこで目当ての種を購入する。

「これは魔力があると早く育つんだ。育てるのに莫大な魔力がいるからあまり常用はできないけど、いざという時に役に立つ」

「へぇ、そんなのあるんですね」

「王都の市場はなんでも売ってるからね」

 ――さて、これさえ手に入れればあとは特に用はない。

 フェイは目当てのものを手に入れたので、市場から出ようと歩き出す。

 ――だが、途中で突然イリスが立ち止まった。

「どうかした?」

 フェイがイリスの方を見ると、彼女の視線はあるものに向けられていた。

「お茶?」

 イリスの目線の先にあったのはお茶を売る露店だった。
 最近王都で流行りの砂糖を入れた紅茶である。

 どうやらいい匂いに釣られたらしい。

「飲んでみる?」

「あ、いえ、その、でも私お金ないです」

「お金ならいくらでもあるよ。紙幣をたくさん持ってるけどどうせ王都でしか価値がないから、いくらでも使っていいよ」

「……ほんとですか?」

「もちろん」

 フェイが言うと、イリスは飛び跳ねそうなほど嬉しそうな表情を浮かべた。
 フェイはお金を露天商に渡して、お茶を買う。

 器に入ったルビー色の液体を受け取って、イリスはますます目を輝かせた。

「い、いただきます!」

 生まれて初めて飲む甘い飲み物――――

 と、それを口に入れた瞬間、イリスは目を見開いた。

「こ、これは!?」

 その甘さに驚くイリス。

 もちろん竜人である彼女は生まれながらに多くの知識を持っている。
 だから甘みという言葉は知っていただろう。
 だが、それは野菜などからほのかに感じるものであって、甘みの塊を口にすることなどない。
 実際、砂糖は王都の人間を驚かせ、一大ブームを巻き起こしていた。

「こんなに美味しいもの……生まれて初めて飲みました」

 イリスは生後数週間なので、あまり言葉に重みはないが、その気持ちは十分に伝わってくる。
 あっという間に紅茶を飲み干すイリス。

「…………あのご主人様」

 イリスはものすごく言いにくそうにフェイの方を見る。

「なんだ?」

「あと、一杯……いいですか」

「ああ、もちろん」

 フェイが言うと、イリスはまた目を輝かせた。

 ……砂糖の甘さに喜ぶ姿は、子供そのもので、見ていて幸せな気分になるフェイであった。

「ご主人様、砂糖は一体どうやって作るんですか? 畑で芋みたいに育てるんですか?」

 イリスは、村でも砂糖をご所望らしい。
 すっかり気に入ったようだ。

「そうだね、畑で育てられるけど、ただ材料になるサトウキビは雨が多くないと育ちにくいから、村では育てられないかも……」

 フェイがその事実を告げると、イリスは背中越しに「ガビーン」と言う音が聞こえそうなほど、勢いよく頭を垂れた。

「も、もう砂糖は手に入らないんですか……」

 最愛の人間と生き別れるような落ち込みようであった。

 フェイは、そのあまりの落ち込みように、すかさずフォローする。

「い、いや。サトウキビは無理なんだけど……でも、他で同じようなものを作れるかも」

 フェイがそう言うと、今度はぱぁっと明るい表情を浮かべるイリス。

「ほんとですか!?」

「あ、あぁ。多分だけど……」

「やったぁ!」

 イリスは文字通り飛び跳ねて喜ぶ。

 もう、「無理でした」とは言えない雰囲気だった。
 フェイにとって砂糖を作ることが第一の使命になった瞬間であった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

処理中です...