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けっせん
しおりを挟むここは地元の地方都市にある大きなホール。
今日ここでプリズナーズのライブが行われる。
わたしと優希ちゃんは、電車と地下鉄を乗り継いでここまで来た。
ホールに到着すると、既に大勢のファンたちが開場時間を待っていた。
(うわぁ 相変わらず すっごいなぁ)
その光景に、わたしは改めてプリズナーズの人気に驚いていた。
そして、そんな大勢の人に交えてわたしたちも待つことにした。
開場を待っているとわたしはだんだん緊張をしてきた。
そんなわたしに、優希ちゃんは後ろから話しかけてきた。
「大丈夫だよ リラックスリラックスね?」
「う うん」
優希ちゃんの励ましに、少しずつ落ち着いていた。
しばらくして、わたしたちの前に1人のスーツ姿の男性が来て声をかけてきた。
「あの すみません 失礼ですけど お名前は?」
突然名前を聞かれてわたしはまた緊張で声が出なかった。
「松木・・・松木 あやのです」
でも、すかさず優希ちゃんが代わりに答えてくれた。
「そうですか では失礼ですがチケットを見せてくれませんか?」
「あ チケットですね・・・あやちゃん出せる?」
「うん」
わたしは、バックからゆっくりチケットの入った封筒を出して男性に渡した。
「はい ありがとう じゃあ・・・」
男性は軽くお礼を言って、封筒からチケットを少し出して確認をするように見ていた。
「あ~ はいはい」
チケットを見た男性は何やら納得したように何度もうなずいて、わたしの顔を見て微笑んでくれた。
わたしは、改めて男性をよく見て、この人はライブのスタッフだとわかった。
ほかのアーティストのライブは行ったことはないからわからないけど、プリズナーズのライブスタッフはみんなスーツでキメているようだ。
(う~ん メンバーのスーツ姿はもちろんカッコいいけど こうやってスーツ姿のスタッフもカッコいいから結構気になって周りも見ちゃうんだよなぁ)
男性は確認を終わるとゆっくりチケットを元に戻し封筒をわたしに渡してから小さく笑顔で話してきた。
「メンバーから話は聞いてます 開場までまだ少し早いですけど 席まで案内しますんで」
「あ そうですか じゃあ お願いします」
「はい それじゃこちらから あ ちょっとすみません 車椅子が通るので間を空けてくださ~い!」
スタッフの男性は大声で言いながら歩き、わたしたちをホールの中へと誘導してくれた。
(いつも思うことだけど案内してくれるのはありがたいんだけど、大声で知らせながら誘導して歩くのって恥ずかしい気もするんだよなぁ)
会場の中に入り、客席までの階段まで誘導してくれた男性が優希ちゃんに話しかけた。
「あの? ライブは車椅子で見られますか? それとも車椅子から降りて席で見られますか?」
「えっと・・・どうする?」
優希ちゃんは考えながらわたしを見た
(確かに車椅子から見るほうが安心するけど せっかく武本さんたちがわたしのために席を用意してくれたんだし降りて見るのも悪くないよね うん)
わたしは、少し考えてからいつもよりゆっくりした口調で答えた。
「降りて 見たい」
「うん わかった・・・それじゃ 車椅子から降りて見ます」
「わかりました じゃあ 席の近くまで移動しますね?」
「はい」
わたしの代わりに優希ちゃんが返事をすると、男性はトランシーバーで誰かと何かを話していた。
「ほかのスタッフの人に手伝ってもらいますから 少し待ってくださいね?」
「あ はい」
男性は笑顔で言ってきたので、わたしも笑顔でうなずいた。
しばらくすると、奥から何人かのスーツ姿の男性がやってきた。
そしてわたしたちと待っていた男性は、その人たちに説明しながらそれぞれを車椅子のハンドルや足元を捕まらせた。
「それじゃあ ちょっと怖いかもしれませんけど 大丈夫ですからね?」
「は はい」
「それではいきますよ いっせ~の!」
男性の掛け声で、ほかの人たちも一斉に力を出した。
すると、わたしを乗せたまま車椅子が浮きあがり、男性たちはゆっくりそのまま席までの階段を下りていった。
席の近くまで着くと、ゆっくり車椅子を床まで下ろしてくれた。
「あ ありがとう」
わたしはホッとしてお礼を言うと、言葉がわかってくれたのか男性たちは笑顔でうなずいていた。
そして、男性たちは わたしに笑顔だったり軽く手を振ったりしてそれぞれの担当場所に戻っていった。
「あやちゃん この席だけど大丈夫?」
後から着いてきた優希ちゃんがわたしのとこまで来て指を指したほうを見ると、まさに1番前の席で背もたれのとこには『特別席』と書かれた紙が貼ってあるのが2つ並んでいた。
その席にうれしい半面、正直言ってわたしは1番前の席には不安があった。
前につかまるのがないから、ひょっとすると椅子からずり落ちることもあるからだった。
そんな心配に気づいてか、さっきから案内してくれた男性が黙ってわたしの車椅子をバックでゆっくり動かした。
「え? あ あの?」
わたしは少しビックリしたけど、男性はそのままだった。
そして、普段なら通路になる席と席の間に車椅子を入れた。
「おぉ ちょうど入りましたね さぁ 前を見てください? これなら ステージも大丈夫ですよ?」
男性に言われるままステージを見ると、なんでわたしをここまで連れて来たのかようやくわかった。
そこは1番前だけどステージからど真ん中の位置の場所だった。
わたしはそっと上を見上げると、男性もこちらを見ていた。
「あ ありがとう」
「どういたしまして 今日はゆっくり楽しんでくださいね」
「はい」
優しい感じで話してくる男性に、わたしはなんだか安心した。
「ほんと助かりました どうもありがとうございます」
「いえいえ 別にいいんですよ それじゃあ 何かあれば近くのスタッフにでもいいのですぐに呼んでください ではボクは失礼します」
お礼を言う優希ちゃんに男性は笑顔で言ってから小さく頭を下げてまだ外へと歩いていった。
「ちょっとあやちゃん よかったねぇ」
「うん そうだね」
「じゃあ あたしはここに座るね」
そう言って優希ちゃんは、本当はわたしが座る予定だった通路側の席に腰を下ろした。
「それにしても すごいね?」
「うん」
わたしたちは、誰もいないステージを見つめながら話をしていた。
「ここだったら きっと杉山さんも あやちゃんに気づいてくれるよ?」
「・・・そうだと いいな」
わたしが不安でぼそっと言うと、優希ちゃんは顔を覗きこんできた。
「ほら またぼそっと言わないの・・・大丈夫だって! だからほかのファンに負けないように盛り上がろうよ! ね?」
「うん!」
優希ちゃんに、また励まされてわたしは満面な笑顔でうなずいた。
しばらくしてから開場時間になり、あっという間に満員になっていった。
さっきまで静かだった会場のあちこちから話し声が聞こえてきてくる。
ここにいる人たちはみんな彼らの姿や歌を楽しみにしている。
だけど、こんな大勢の中にいるわたしはこの人たちと同じなんだけどある意味では違う。
そう考えただけでわたしは緊張で身体が硬直していた。
なんとか自分で落ち着かそうとしたとき、会場内が一瞬真っ暗になり周りからゆっくりざわめき始めた・・・。
次の瞬間、ステージから聴きなれた歌声とともにライトが当たりだしたと同時に一気に客席中から歓声が沸きあがった。
そしてステージの中央から5人の姿を現すと、歓声も大きくなっていった。
そんな歓声にこたえるように5人が歌いながらゆっくり前に歩いてきた。
そう、プリズナーズのライブがはじまったのだった。
わたしも優希ちゃんも、周りの歓声に少し驚きながらも、間近で歌っている彼らに感激していた。
お揃いの色のスーツで歌う5人はみんなかっこよかった。
ライブではダンスな曲あり、バラードな曲ありでいろんな曲があってテレビでは味わえない盛り上がりで曲の間にある5人のトークもおもしろかった。
ライブ中、武本さんや小坂さんが客席にいるわたしと優希ちゃんに向かって微笑んだり手を振ったりしてくれたけど、杉山さんはこちらに気づく気配はなかった。
わたしは、それでもいいと思っていた。
このまま杉山さんに気づかれなくてもいいと思っていた・・・。
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