たったひとりのために

まつめぐ

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せんげん

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 俺たちは長いツアーで全国を回っている。

 そしてこの日のライブは、俺にとって1番楽しみにしていた場所からだった。

 そう、俺が最も会いたい人の地元。

 だけどその人が見に来るということは、俺は知らない。

 あの時以来、その人から連絡は全然来ないままだった。

 でも俺は来ることを信じていた。

 そう思うだけで、俺はドキドキしていた。

 そんな中で、いよいよライブは始まった。

 俺はいつもと変わらずに、ほかのメンバーたちと一緒にステージに立った。

 客席にはあふれるほどの数の人たちでいっぱいだった。

(きっと この大勢の人の中にあやちゃんがいる!)

 そう思い、俺は歌いながら後ろの席のほうばかりを見ていた。

 後ろのほうなら、車椅子席があるとスタッフから聞いていたからだ。

 それでもライブは盛り上がる一方だった。

 そしていつの間にかライブも中盤になり、俺は次の曲のために気持ちを落ち着かせるために少し奥で客席を背に水を飲んでいた。

 次の曲は俺がメインで歌う曲で、実はあやちゃんが好きな曲だって知っていた。

 そんな時に、武本が俺のところに来てヒソヒソと小声で言ってきた。

「ねぇ? たっちゃん いいこと教えようか?」

「いいこと? 別にいらねぇ」

「も~ そんなぶっきらぼうに言わないでよぉ? まぁいいから1番前の真ん中あたり見てみなよ?」

 軽く客席のほうを指差しながら言う武本に、半分呆れ気味で俺はそのほうを見るとそこに座ってこちらを見る女性がいるのがわかった。

 俺はその姿を見て、一瞬体が固まった気がした。

 だけど、俺はまさかと思い1度顔を戻し、深呼吸してまた武本が指差すほうを見た。

 そんな俺の視線に気づいてその女性も視線を合わせた。

(やっぱりそこにいるのは、俺が1番会いたかった人なのか?・・・)

 すると、その女性は俺に気づいて微笑んでくれた。

 それを見た瞬間、俺はその女性に対する想いがあふれてきた。

「え? おい!ウソだろ? あやちゃんがなんで?・・・」

 小声で確認するように言いながら武本を見ると、俺に向かって小さくVサインをしてニカッとはにかんでからステージに戻っていった。

 ステージでは、ほかのメンバーも俺に向かって武本と同じようにはにかんでいた。

 その時、俺はようやく自分がメンバーにまんまと騙されていたことに気がついた。

(くそっ やってくれたなぁ)

 そう思ったら俺の中で、怒りを通り越して一気に体の力が抜けた感じがした。

 そして、俺はゆっくりステージまで歩いた。

 ステージの前に止まり 俺は改めて客席の1番前のほうを見た。

 そこにはちょうど真ん中で車椅子に乗ったあやちゃんが俺を見ていた。

 ふと、あやちゃんの隣を見ると優希ちゃんが笑顔でこちらを見ていた。

 あの川のところで、いやな別れ方をしてから久々に見るあやちゃんの姿に俺はうれしかった。

 そのうれしさに俺は思わずステージから飛び込もうとしたけど、やっぱりほかのお客さんに見られるのはさすがにまずいと思い我慢をした。

 その代わり、俺はあやちゃんに向かって小さく手を振ってみた。

 そんな俺に対して、あやちゃんも小さく手を振ってくれた。

そんな時、俺を真ん中にほかのメンバーがそれぞれにスタンバイで立った。

 次の曲に期待をしている大勢の人たちが見ている中、俺はマイクを持ってゆっくり口を開いた。

「えっと 次にいく前に ひとこと言わせてもらう!」

 突然の言葉に客席から少しざわめきだした。

「いつもならこの曲も メンバーと一緒にここにいるみんなのために歌うとこだけど・・・」

 広い会場で客席からのざわめきが大きくなる中、俺は胸に手を置いて大きく深呼吸をしてからゆっくりと言葉を続けた。

「だけど俺は今日 今日だけ この曲を目の前にいるたったひとりのために歌う!」

 そう言って俺は、まっすぐあやちゃんを見つめてこくりとうなずいた。

 正直言ってこのことは俺の考えていたのと違って、まったくの予想外のことだった。

 でも、これも俺なりの告白だから後悔はしていない。

 俺の言葉に会場中が自分のことだと動揺や大歓声が響いていた。

 そんな中、あやちゃんは目を丸くしながらも、すぐに満面な笑顔で喜んでいた。

 そして、俺は歌った。

 あやちゃんに俺の想いをこめながら歌った。



 そう、『好き』という想いを・・・。



 ほかのメンバーも、いつもと変わらずに歌っていた。

 さっきまでざわついていた客席はいつの間にか静まり、歌声が響いていた。

 俺が歌っている間、あやちゃんはずっと視線をはずさずにこちらを見ていた。

 そんなあやちゃんに答えるように、俺は一生懸命に歌った。

 やがて歌が終わり、俺たちは深く頭を下げると客席からあふれんばかりの大歓声と拍手が止まらなかった。

 そんな歓声の中ゆっくり頭を上げると、歌を聴いて涙を流しながらも笑顔で拍手をするあやちゃんの姿が俺の目に映った。

ほかのメンバーも、拍手やハイタッチをして喜んでくれた。

 俺は周りのその姿に、なんだか照れくさい感じもあったけどとりあえず伝えたことには満足することができた。



 ライブは、その後の曲も大いに盛り上がった。

 あやちゃんも優希ちゃんも、ほかの大勢の人たちと負けないくらいに一緒に盛り上がっていたからよかった。

 そして、いろいろなことがあったこの日のライブもこうして混乱することもなく終わった・・・。

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