たったひとりのために

まつめぐ

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えいえん

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 わたしはゆっくり目を開いてぼ~っと前を見ていた。

(あれ? わたし 寝てた・・・?)

 何もわからないままわたしは、ゆっくり体を動かすと上から黒い布が肩から被されていた。

 よくは見ると、それは男性用のジャケットですぐに持ち主が誰か思いついた。

「あっ!? たっちゃん?」

 ジャケットを見てようやくここが車の中だとわかって、わたしはあわてて隣の運転席のほうを見るとそこには、少しシートを倒してサングラスをはずして静かに寝息をたてて眠っている杉山さんの姿があった。

(よかった 夢じゃない!)

 ホッとしながらしばらくながめていると、視線に気づいてか杉山さんがゆっくり目を開いてこちらを見たのでわたしは思わずドキッとした。

「おっ 起きてたか?」

「う うん っていうか ごめんね 寝ちゃって」

「いや いいんだ せっかく寝てるのに 起こすのも悪いしな」

 そう言いながら杉山さんは、ゆっくり身体を起こして自分の座席シートを元の角度まで戻していた。

「あ そうだ 腰大丈夫か? ずっとシート倒してなかったから痛くなったかと思ってさ」

「うん 大丈夫 別に痛くないよ」

「そっか よかった」

 心配そうな目で見つめながら聞いてくる杉山さんに、わたしは明るく答えた。

すると、杉山さんはニカッとはにかんで左手でわたしの頭を撫でて安心したように大きく背伸びをしてからゆっくり前を見た。

 2人でどのくらい眠っていたんだろう・・・外を見るといつの間に夕暮れで空が暗くなりかけていた。

「なぁ?」

「ん?」

「ちょっと降りるか?」

「え??」

 前を向いたまま突然言う杉山さんに、わたしはビックリして思わず振り向いて横顔を見た。

「よし! 降りよ・・・ちょっと待ってろ? 車椅子出してくるからな」

 わたしの答えを待たずに、杉山さんは車から降りてトランクから車椅子を出して慣れた手つきで広げて乗れる状態にして助手席の近くに止めてから、ゆっくり車のドアを開け、わたしを抱き上げ助手席から車椅子に乗せてくれた。

 そしてさっきまでわたしの肩までかけていたジャケットを車椅子に座るわたしの膝の上にそっと掛けてくれた。

 杉山さんはその後も黙ったままドアを閉め、車椅子の後ろに立ってハンドルを持ちゆっくり押して歩いていた。

 外は時々風が吹いて気持ちよく感じた。

 車から降りてしばらく進んでいくと高台に着いて手前で車椅子を止めた。

 その先を見るとあれから夜になり暗くなって街全体に夜景が広がっていた。

「わぁ キレイ!」

 わたしはそんな風景に思わず見とれていた。

 すると杉山さんも隣でわたしの目船に合わせるようにしゃがみこんで一緒に夜景を見ている。

 2人で夜景を見ながらずっと無言だった杉山さんが話しかけてきた。

「どうだ すごいだろ?」

「うん すごい すごいね」

「だろ? 前に通ったときにここ見つけてさ いつか一緒に来たかったんだ」

「そうだったんだ」

 しばらく夜景を見たあと、わたしは杉山さんの横顔を見ていると視線に気づいてか杉山さんもこちらを向いて見つめ合う感じにドキドキしていた。

 そんなわたしに杉山さんは緊張で震える身体と止めるように肩に手を回し。しっかり抱き寄せてきた。

 そして、ゆっくり顔を近づけて唇を重ねてきた。

 最初は軽く間もなく優しいけどすこし深く長いキスをした。

 キスが終わり恥ずかしそうに見つめるわたしに息が触れるくらいの近さで見つめる杉山さんがゆっくりとした口調で話した。

「1年経ったんだな 俺たち」

 杉山さんの言った言葉に既にわたしはわかってはいたことなのにドキッとした。



 そう 杉山さんと付き合うようになって1年が経ったんだ。

 こうやって初めての彼氏の杉山さんと付き合うことが出来てから1年経つなんて正直言って自分でも信じられなかった。



 キスの余韻に慕っていると杉山さんはわたしの肩から腕をはずしてゆっくり離れ立ち上がった。

 そしてわたしの膝の上にあったジャケットをとり背中を向いたまま自分に着ていきサングラスをかけて、すこし髪型を手グシで直しそのままくるっと向きを変えてわたしと向かい合うように立っていた。

 夜景をバックに立っているその姿はまさに彼氏としてではなく、つまりプリズナーズのリーダーとしての杉山 辰弥さんだった。

 わたしはドキッとしながらも訳がわからずにただ黙ってその姿を見ていた。

 すると杉山さんはゆっくり深呼吸をしてからわたしに微笑んできた。

 そして片脚でゆっくりとしたリズムをとりながら歌いだした。

 その歌にわたしはまたドキッとした。

 わたしがプリズナーズの中で1番好きな曲だった。

 それと同時に思い出した。

 ちょうど1年前、地元でのプリズナーズのライブで大勢の客がいる中で1番前で見てるわたしに向かって杉山さんが言った言葉を・・・。

『この曲を目の前にいるたったひとりのために歌う!』

 あのライブのときは5人の中でメインで歌っていたが今は違う。

 杉山さんは本当にわたしの目の前で歌ってる。

 ここがどんな場所かも関係なくステージも観客も1人の空間だった。

 1人アカペラで歌う杉山さんの姿を聞きながらわたしはいつの間にか自分で車椅子のブレーキをはずしゆっくり前に進んでいた。

 杉山さんはそんなわたしに少しビックリしながらも歌い続けていた。

 そしてそのままわたしに視線を合わせるように片膝をついたところでちょうど歌い終えサングラスを1度はずしてからカチューシャのように上にかけなおし、すぐ手前まで来たわたしに微笑みながら見つめていた。

 わたしは目の前にいる杉山さんに満面の笑顔で拍手をした。

 そんなわたしに杉山さんは「サンキュ!」とお礼を言いながらそっと右手でわたしの頭をやさしく撫でてくれた。

 そして杉山さんは手を戻し、そのままわたしの前で無言のままゆっくりいろいろ動かしてきた。

 右手で自分を指さしてからわたしに指をさし そして左手の甲に右手のひらを重ねゆっくり撫で回している。

 わたしはその手の動きを見てビックリしたと同時にうれしさと恥ずかしさとドキドキでいっぱいになった。

 杉山さんは『手話』でわたしに話している。

『俺は君を愛してる』

 そう言えばわたしはすこし手話を知っていることを前に杉山さんに話したことがある

 杉山さんはきっとそれを覚えていたんだ。

 わたしが手話を覚えようと思ったきっかけは、緊張でなかなか言葉が出なかったときに簡単な手話で話せればいいなって思ったからだった。

 そんな手話をまさか杉山さんと出来るなんて思ってなかった。

 そしてわたしも無言のまま左手で同じように自分に指をさしてから杉山さんに指をさし、右手の甲の上に左手のひらを重ねゆっくり撫で回した。

『わたしもあなたを愛してる』

 わたしの手話を見て少し照れくさそうに微笑んでいた。

「なぁ あや?」

「ん?」

「東京来るか?」

「え? 東京? そうだねぇ 久しぶりに行きたいなぁ ほかのみんなにも会いたいし・・・」

「・・・おい 遊びに行くんじゃないんだぞ?」

「え? 違うの??」

 てっきり東京は遊びに行くと思っているわたしに杉山さんは「やっぱりな」ってくらいの呆れ顔で見ている。

 すると杉山さんはそっと頭からサングラスを外しジャケットの胸ポケットに入れ、わたしの顔をまっすぐ見つめてきた。

 そしてまた深呼吸をしてから真剣な顔でゆっくり言葉を言いながら両手をゆっくり動かしてきた。

 右手で自分を指を指してからわたしに指を指し、右手の親指と左手の小指を立たせたままゆっくり横に動かしそれぞれをくっつけてから右手で拝む仕草をした。

「俺と結婚してください!」

 思いもしなかった杉山さんからのプロポーズにわたしは言葉が出ずにいた。

「え? あ あの 本気で言ってる の?」

「あぁ 本気だ」

「ちょ ちょっ と待ってよ わたし どうするの? わたし何も できないよ??」

「おい? なぁ あや? お 落ち着け?」

「そ そりゃあ わたしだって たっちゃん と ずっと 一緒にいたい できれば け 結婚したい!! でも・・・!?」

 パニック状態と緊張で身体が硬直しながら話すわたしに、杉山さんはいきなりわたしの左手をとり身体を引き寄せて右手で頭を抱え込むように強く抱きしめてきた。

「わかってる! あやの言いたいことも気持ちもちゃんとわかってる! それでも俺はあやと結婚したい! あやとずっと一緒にいたいんだ!」

 ゆっくりと真剣に話をしていくにつれて、わたしを抱きしめる力がさらに強くなっていく。

 それくらいにわたしへの想いが強いかってことが痛いくらいに伝わってきて、次第にわたしの緊張が解け身体の力が緩んでいく。

 それを確認したように杉山さんはゆっくり身体を離し、まっすぐに目を見つめてきた。

「・・・たっちゃん?」

「ん?」

「ほんとに わたしでいいの?」

「あぁ 俺には お前以外誰もいないんだ」

 今にもまたキスができるくらいの顔の近さで見つめ合ったまま、やさしい表情でゆっくりした口調で杉山さんが話してくる。

 わたしは、その言葉にうれしくて黙って聞いて、そのまま深呼吸をして微笑んでからゆっくり両腕を杉山さんの首に回し抱きついた。

 そんな行動に杉山さんは受け入れるようにわたしの背中に両腕を回して抱きしめてくれた。



 そう、これがわたしなりの返事だった。



 こうしてわたしは「松木 あやの」から「杉山 あやの」になった。



 生まれてから、こんな障がいが重いわたしに恋愛・結婚なんて一生無理だって思っていた。

 でも、そんな思いをひっくり返すように彼に出逢い付き合うことになり、そして結婚までできた。



 これはわたしにとってすっごく奇跡なことだと思う。

 こんな奇跡をこれからも信じて彼と一緒に歩んでいこうと思う。



























                                      fin
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