絶望の島と死霊の王【完結】

緑のひつじ

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絶望の島と不憫な騎士1

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 むかしむかし、世界の外れの島国で、希少な金属や宝石が見つかった。
  沢山の人がその島を訪れ、採掘を行い、町を作り豊かな暮らしが生まれ、束ねる者が王になった。

  しかし、ある日、からん、からんと鳴る鐘が響き渡って、すべてを変えてしまった。
  わらわらと坑道にから湧き出す人、その後に噴き上がる黒煙と怒号。

 「逃げろ!」

  煤と埃で真っ黒になった男が叫ぶ。
  吹き出した噴煙は、ぐるぐると空に舞い上がり徐々に大きな頭蓋骨の形になった。
  かたかたと骸骨は音を立てて人々に襲いかかった。

  誰かが地下に残されていた古い封印を解いてしまったのだ。

  太古の昔、封じこめられた死霊の王は復活した。

  坑道からは沢山の死霊の王の眷属たちが這い出し、島に住む人々は生きた屍になった。
  豊かな国は一瞬で滅びを迎えた。
  響き渡る悲鳴と嘆きの声。

  そして、この小さな島は絶望の島と呼ばれるようになった。


  * * *

  どっこい俺たち、生きてます。

  この島の地下資源すごいからね。金銀宝石に、ミスリル銀、オリハルコンにアダマン鉱。ざっくざく出るから。その中のちょっとでも採掘出来れば、贅沢三昧とかはいかなくても暮らせるわけ。
  そして、この島は貴重な金属やその特殊な環境から大国同士での奪い合いが禁止されている。どこかが占有しようとすれば、他の大国が結託してその占有を解除することが密約で決まっているんだ。どこかの国が一国で持つには危険すぎるって判断なわけ。この島のルールはこの島の者が決める。治外法権で、地図の上にも載っていない。絶望の島は伝説の島なんだ。
  だけど……実在している。
  死霊やゾンビの類いは、物理攻撃がほとんど効かない。死霊はガスみたいなもんだし、ゾンビは自己再生の能力があるから、切ってもくっついちゃうんだよな。炎で焼けば……なんだろうけど、魔力の加わっていない自然の炎の場合、かなりの火力が必要で、墨小屋にでもとじこめて焼けばいいんだろうけども拘束して炭になるまでってなかなか難しい。
  そんな奴らは魔法にはめっぽう弱くて、回復はもちろん、火、雷、水、氷、ちょっとでも魔法が付加されれば、バタバタと斃れるんで、魔導士が天敵ってことになっている。

 「トリスタン!」

  ざっくりとクワを土に突き立てて、布で汗をぬぐいながら視線をあげる。
  誰だよ俺のリラックスタイムを邪魔するのは。言葉をしゃべる奴らはみんなうるさい。それに比べて俺の畑のやつらは物静かで、手入れをすればするほど美味い野菜になってくれる。あいつから離れてこうやって土をいじってるときが一番幸せだと思うんだよ。あ、あそこのはっぱに芋虫がついている。
  駆除しないと……。

 「トリスタン!」

  おいと肩を叩かれて、あっと思った時には投げ飛ばしていた。
  見事に飛んだのが親衛隊のグスタフだと気がついて、嫌な予感がした。
  ぐえっほみたいな音が聞こえて、でかい身体が掘り起こしたばかりの土の上でバウンドする。
  あーあ、せっかく掘り起こしたのに……

「なにしてんだよ!」

  ごろりと土の上を転がったグスタフがそう叫ぶと憤然として起きあがる。
  すまんすまんと背中の土を叩くと、その衝撃でグスタフがはっとした顔をした。

 「それどころじゃない、お前の魔導士様が……」

  いや、ソロモンは全然、全く、これっぽっちも俺の魔導士じゃないけどな。
  腐れ縁だって言っても誰も信じてくれないのは困ったものだ。
  学校で同じ組だっただけの間柄なんだが……そもそも、ソロモンが難しすぎるやつなんだ。なまじっか顔がいいだけに誤解されやすい。にこにこ鷹揚にしていればいいものを、人形みたいに固まったような顔しやがって。それに、口が酷く悪い。毒舌も真っ青な口汚さなんだ。しかも、気分が超絶悪い時にだけは艶やかに微笑む。
  これがまた、万人をたらしこむ綺麗さで、始末に負えないっていうか。
  でも、かろうじて俺の言うことだけは聞くし、いやそれでもかなり無視されるんだけど、大事なところは聞き分けてくれているので、悲劇は避けているというか……そんなんで頼られているもんだから、しぶしぶなんだが守護騎士になって後始末をしてるんだけどな。

  ああ、畑仕事だけして暮らしたい。

 「凄い勢いで、微笑んでいたぞ!」

  ふぁっ?
  今日の一日を思い出す。今日の採掘は東のダンジョンの浅い階で、この間見つかったばかりの鉱脈の本堀だったはず。浅い階だってこともあって、死霊はいないはずだし、ゾンビは昨日駆逐して……だから俺は久しぶりに一日畑を弄れることになって……

「北の城壁にすぐ来いって」

  北?

  北はやばいぞ、いろいろやばい。北でソロモンが笑っているんだとしたら、そりゃもう悪い予感しかしない。北には死霊の王の住処があって、人は近づけない。結界を貼って、この城塞の中に入って来ないようにするのが精いっぱいなんだ。

  俺は北の城壁を目指して猛ダッシュをはじめた。 

 ぐるぐると続く円形の階段を駆けのぼって、城塞の上をソロモンを探して走る。
  黒い外套にフードを深く被ったほっそりとした姿を見つけてほっとした。

 「ソロモン」
 「トリスタン」

  視線を北側から動かさずにソロモンが俺を呼んだ。呼ばれたのが、トリスタンでよかった。ソロモンは機嫌のいい時や、悪い時には俺をトリスと呼ぶ。最高にガチ切れしている時にはトリストラムと呼ぶんだ。あんまりそっちの呼び名は聞きたくない。

 「あれは、どういうことだと思う?」

  すっと外套の中の腕が持ち上がって、白くて綺麗な指先が北を指さす。
  北の山を見て、すうっと血の気が引いた。大きなしゃれこうべが三つ、遠目からでもその歯の辺りがかちかちといっているのが見えた。周りでひゅんひゅんと飛び回っているのは、力の弱い死霊だよな。うわ、下の砂埃はゾンビがわいてるんじゃないか?
  昼間だってのになんだよこれ。

 「死霊の軍団、だな」

  こくりと頷いたソロモンの指がくいっとしたを指さした。

 「で、あれはなんだと思う」

  城壁から下をのぞいて、頬がひくつくのを感じた。
  もこもことした白い塊が北の門の外側に密集している。その中には馬まで混じっているじゃないか。その馬の一頭が、樹の中に頭を突っ込んでいる。その枝先にはつやつやとした収穫間際のリンゴがぶら下がっていた。それはいい、それはいいんだ。
  その後ろ脚が地面をひっかいている。土にまみれでゴロゴロと転がっていく水晶。
  ……水晶、デスカ。

 「封印の石が、動いて……」
 「動いているな。くそが」

  バタバタと階段を登る音が響いて、西門の門番がひいひいと荒い息を吐きながらこちらに向かって来る。

 「に、にしがわで、草を、食んでいた、家畜ども、が、破れた、柵から、草の多い、北に入って……」
 「デブが。聞くに耐えん」

  ぼそっと呟くソロモンを無視して、西の門番に声をかける。

 「ヒツジ飼いはどうした。何故、馬までいるんだ。馬丁はどこにいる?」

  剣呑な雰囲気を漂わせているソロモンにびくつきながら、門番が呟く。

 「あいつら、サイコロで、夢中に……」
 「くそ、門番も気がつかなかったのか!」
 「あの、その……昨日はちょっと、その……」

 「賭け事好きなサルどもに、ブタの居眠りとは傑作だな」

  ソロモンが能面のような顔で毒を吐く。ああ、傑作すぎて涙が出そうだ。

 「まず、ヒツジ飼いどもにヒツジを回収させろ。馬丁にも連絡するんだ」

「もうしてます」
 「じゃあお前は持ち場に戻れ!」
 「ひゃい」

  太った西門の番兵がだばだばと戻っていく。

 「なあ、トリス」

  トリスと呼ばれてぎくっとした。

 「あいつ、何を食ってると思う」

  城壁から身を乗り出したソロモンが下を見ている。視線の先にはリンゴを貪り食う馬がいた。
  ソロモンは若干目が悪いから、馬が何をしているのかに気がつかなかったのだろう。

 「あれは……オレのパイになるやつじゃないか? 中に入ってるやつじゃなく、甘く煮たのがびっしり上に乗ってる……タヌキがたんとみたいな名前の……樽がタップだったか……」
 「タルトタタンか」
 「それだ。オレは毎年楽しみにしていて……確かあれで作るんじゃなかったか?」
 「そうだな。リンゴだ」
 「馬を殺していいか?」
 「いや、だめだ」
 「トリス」

  ふわっと黒いフードが後ろに跳ねる。北の山からおろす風が漆黒の短い髪を揺らした。冬の空より深い青の瞳がきらりと輝いて、薄い唇が弧を描く。恐ろしく整った顔が眩しいほどの笑顔を作って、俺の背筋にびびんと稲妻が走った。どっくんと心臓が大きく鳴って、忙しく動きはじめる。途端に息が苦しくなった。

  ああ、俺はこの顔に弱い。やめてくれ、ソロモン。

 「馬は乳を出さないだろう。たぬきがたんとの隣のクリームを作るのは牛の乳だ」

  鮮やかに微笑みながらソロモンが言う。どんどん心臓の音が早くなっていく。

 「いや、出す。出さなければ馬の子供は育たないからな」
 「でも、人は馬の乳は飲まないな? 白いクリームも出来ない」
 「それは、そうだ」

 「じゃあ、馬は死ね」

  ぎゃあって出そうな声をかみ殺す。でた、でた、でたよ、ソロモンのとんでもが。この島でどれだけ馬が貴重だと思ってるんだ。島の外との交流が希薄なこの島で、馬の輸入なんてそう簡単にできっこない。巡回や農耕や荷引きに使えるんだ。その価値はさっきの居眠り門番の三人分はある。
 それに、俺は騎士だぞ。馬がいなかったら騎士じゃないよな。
  ソロモンの唇が開いて言葉を紡ぎ出そうとした。猛ダッシュでソロモンの口をおさえる。

 「まて、まて、まて」

  間に合った。だけど、心臓がとんでもない音で鳴っている。
  ここで舵切りを間違ったら、貴重な馬と沢山のヒツジが失われる。
  まだ微笑んでいるソロモンの顔を間近で見ながら思考を巡らせた。目の隅のしゃれこうべが一回り大きくなってるのも忘れちゃいけない。
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