5 / 5
発表会3
しおりを挟む
発表会の練習が始まって3週間がたった。ルビンの演奏はぐんぐん良くなって曲間違いをすることも少なくなった。しかし、今度は次の課題が見えてきた。
「ルビン様、今のところ指が走ってますよ」
ダンスが苦手なことからもわかるとおり、ルビンはリズム感がイマイチだった。音符が細くなるとつい走り気味になってしまうし、細かいリズム感が曖昧になってしまう。メウラは再びメトロノームを鳴らして練習を開始した。
「すみません。先生もう一度練習させてください。」
この頃になるとルビンも素直になってきた。自分が何ができて何ができていないのかを把握してきたのだろう。メウラも感心するほどの成長ぶりである。この分ならあと2週間で曲の完成まで間に合いそうだ。それにしてもルビン様の音楽の才能はズバ抜けているなぁ。メウラは内心感心していた。
「ねぇ先生。この部分の音って緑とも青とも言えない不思議な色で、甘い香りがしますよね。私大好きな部分なんです。ここはどういった物語があるんですか」
ルビンは音楽を奏でていると時折面白いことをいう女の子だった。音に色が付いているとか、匂いがあるとか。最初のうちは、ふざけて言っているのかと思っていたのだが、本人は真剣なように見えた。
「青緑とはまた不思議な色ですね。この部分は、英雄御一行が村に帰る途中、1人星空を見上げながら詩(うた)を詠う(うたう)シーンです。皆で祝杯の宴をあげている中、英雄だけ席を外して、詩を読むなんて、村に愛しい人でもいたんでしょうかね」
ルビンはメウラのいったことを思い浮かべていた。そして、鍵盤に手を置くと音を奏で始めた。
キラキラと輝く星の瞬きとと英雄の詩がそよ風に乗って村に届いていくそんなことをイメージしながら指を走らせた。練習している細かいリズムを基本にして色をつけるようにルビンのオリジナルの旋律がキレイに乗っかっている。聴いていたメウラも最初はまたかって表情をしていたが、次第に顔の筋肉が緩んだ。今部屋にはルビンとメウラの2人しかいないが、ここにある家具や空気でさえルビンの演奏に耳を傾けただろう。
「ステキなシーンですね。私今まで以上に好きになりました!」
ルビンは指を止めると満面の笑みを浮かべてメウラにそういった。メウラもルビンの言葉に対して最初は表情を緩めていたが、すぐさま冷静になって答えた。
「今のはルビン様のオリジナルでしょう。今の演奏は忘れなさい」
「えーなんで先生は褒めてくれないの。素直じゃないなぁ。私の渾身の演奏だったのになぁ」
「や、演奏としては私もいいなぁとは思いました...でもそれとこれとは別です。発表会では一番やってはいけないことです。音間違いの方がまだいいですよ」
「はーい!わかりました。」
ルビンはだいぶメウラに心を開いているようだった。今まで嫌で仕方なかったシュリーのレッスンだったが、近頃は素直に行くようになっていた。部屋に戻ってからも空いた時間があればルビンなりに練習をしていた。ルビンもメウラが自分の演奏についていいところは認めていることになんとなく気づいているようだった。だからこそ以前より、出来ないことを修正するのも素直になった。
「そろそろ今日のレッスンは終わりにしましょう。」
メウラがそういうとルビンは上を見上げた。
「もう少しやりましょうよ」
「ダメですよ。次の生徒も待っているんだから。私はルビン様の専属の先生ではないんです。だだ、ルビン様がそのように思ってくださるのは嬉しいです。では、また次回」
ルビンは次の時間のダンスレッスンに行きたくなかった。それもあってかメウラにもう少し練習がしたいとお願いしていた。メウラからしてもルビンからもう少し練習がしたいと言われるのは嬉しい反応だったが、腰を下ろしてルビンの目線でいった。
「ルビン様。ダンスのレッスンもしっかり行ってください。あなたは耳がいいのにリズム感が勿体無い。ダンスのレッスンでしっかりリズム感を身につけてきてください。物事はみんな繋がっているんですよ。」
ルビンの心に通じるようにしっかりいうとルビンはうんと頷いた。そしてメウラはルビンの頭を撫でてやった。
「ではまた明日頑張りましょう。ルビン様ならきっといい演奏ができますよ。」
そういってメウラは部屋から出て行った。メウラが部屋から出ると外で待機していたお世話がかりが入ってきた。
「さぁルビン様、ダンスのレッスンに行きましょう」
そう言われるとルビンは珍しく力強くうんと首を縦に振った。お世話がかりもその態度には驚いたが、そのままダンスのレッスンに向かった。
メウラはレッスンの合間にジェノに呼ばれていた。
「メウラさん。最近のルビンの様子はどうですか。」
「ええ。ジェノ様が言っておられた通り、演奏会の練習が始まってからメキメキ演奏が上達しています。」
ジェノはその言葉を聞いてまず安心したのか安堵の表情を浮かべた。
「ただ、まだ自分のオリジナルの演奏をしたいっていう気持ちは無くならないようです。時折曲を脱線してしまうことがあります。」
「でも、以前より楽しくレッスンができているというなら安心したよ。上達するしないに関係なく、楽しくなければ続けることもできないですから」
ジェノの言葉を聞いてメウラが引っかかっていることを話してみた。
「ルビン様は演奏をしているとたまに音に色が見えるとか、匂いがあるとか、柔らかい、硬いなど面白いことをいうことがあります。私にはわからない感覚なんですが、ルビン様の独創的な演奏に関わっているのかと思います。」
ジェノはメウラの言葉を聞いて思い当たる節があった。ルビンと一緒にいる時間をとって外で絵を書いていていたときのことだった。木のある風景を描いているはずだったが、ルビンはそれぞれの木にいろいろな色をつけていた。ジェノはその理由をルビンに聞いてみた。
『木は緑なのにどうしてルビンは赤とか青の色で塗っているんだい。』するとルビンはこう答えた。
『木は緑だけど、あの木は青に見えるし、あの木は赤に見える。みんな同じに見えるけど、それぞれ違う色や匂いがあるんだからそれを描いてあげないと木がかわいそうだよ』
ジェノはこの時ルビンが何を言っているのかわからなかったけど、メウラの話を聞いて少し分かった気がした。
「ルビンにとっては音楽をしながら頭の中のキャンパスに絵を描いているんじゃないだろうか。今のメウラさんの話を聞いてルビンがオリジナルの演奏がしたいって言うのが少し理解できた気がします。あの子にとっては音と色は近い感覚なんですよ」
ジェノは何か掴んだかのように話し始めた。
「音楽の楽しさは人それぞれあるかと思うけれど、あの子にとっては音とイメージの繋がりが大事なんだと思う。音楽を学ぶにつれてルビンの中の感性がどんどん磨かれていって今までにない感覚を味わうのが面白いんだと思う。そしてそれをコントロールできた時にいい演奏ができたと思うんじゃないのかな。」
メウラは音に色や形を感じる音楽家に出会ったことがなかったので、その感覚がどんなものなのかわからなかったが、ジェノの話を聞いてなんとなくルビンのことがわかったような気がした。ルビンは短いフレーズなら何度か聴けば弾くことができた。でも、それで喜んでいる顔は見たことが無い。ルビンの顔が輝いている時は決まって新しい音楽を聴いた時や、自分が弾いている曲で何かを得たと感じた時だった。メウラはルビンの音楽の指導の方向性が少し見えてきた。今まではルビンが言っていた音の色やイメージを軽く流してきたが、もっと聞いてあげようと思った。それを真剣に受け止めて指導できれば曲の表情はさらに豊かになるはずだと考えたからだ。
次のレッスンの日。メラウは、まずルビンに曲を通しで演奏してもらった。そしてルビンの表情をよくチェックしていた。音ばかり気にしていると気付かなかったが、ルビンは演奏している時様々な表情をしていた。嬉しそうな表情に、悲しい表情。時折力を込めて顔が引きつることもあった。それと同時に曲の表情も変わっていった。そのどれもが楽譜に書いてある指示通りではなかったが、メウラは指摘したい気持ちをぐっと抑えて聴いた。しばらくするとルビンの演奏が終わった。
「先生。今日は途中で曲を止めなかったけど、今の演奏はどうでしたか?結構上手くいったと思うんだけれど!」
『先生』と問いかける言葉は若干不安を感じているトーンだったが、今の演奏は上手くいったというのは自信を持って言っていた。するとメウラは一呼吸して頷くと、ペンを手にとって楽譜に指差した。
「今の演奏を聴いていて少し気になったんだけど、この部分はどんなイメージで演奏していましたか。」
「この部分は最初は真っ暗なんだけど、白い光が所々に見えて、段々増えていく感じ。白い光が多くなると突然一面が明るい赤になりました。最初は何も匂いがしないんだけど、色が変わると同時に酸っぱい匂いがしてきます。」
今までで聞かれたことのない質問だったので最初戸惑った表情を見せたが、その後落ち着いて思ったままを答えた。
「先生のお手本を聞いた時と同じようなイメージなんだけど、何か違いますか?」
メウラは再び一呼吸して口を開いた。
「ルビン様は誰もが音から色や匂いが感じられると思っているかもしれないけど、私にはそういう感覚はわからないんです。ただ今の部分は私が思い描いている演奏に近かった。ルビン様にとって同じフレーズを弾いていても違って見えることがあるんですか?」
「またまたー。嘘つかないでくださいよー!音には色があるじゃないですか!」
少し口元が緩んで冗談言わないでくださいと言わんばかりに答えた。メウラは冷静に嘘ではないといった。ルビンはその反応に最初は信用していなかったが、小さな声でメウラに質問してみた。
「え!また私だけ色が見えてるのー?」
メウラは『また』という反応が引っかかったので聞いてみた。ちょっと考えたのちにルビンは答えた。
「絵のレッスンの時に実際とは違う色が見えると言ったら不思議がられたし、文字に色が見えるというのもおかしいといわれました。さすがに音に色や匂いがあるのはみんなそうだと思っていたのに音にも色はないんですか?!」
その反応にメウラはまた驚いた。ジェノから風景が違う色に見えるというのは聞いていたが、文字にも色に見えるとは。果たしてルビンには一体どんな景色が見えているのかと興味を抱いた。
「ルビン様にとって音はどういう風に見えるんですか。」
メウラは率直に聞いた。ルビンは少し考えこんでしまう。
「どういう風に見えるかといわれてもなぁ...」
困っていたルビンを見てメウラは音階を弾いてみせた。するとルビンは、各音階の音名が何の色に見えているのか答えた。幾つかの音域で音階を弾いてみたが、オクターブが変わっても見えている音は同じようだった。次に和音を弾いてみるとまた、それぞれ違った色で認識しているようだった。適当に言っていない証拠として、同じ和音は間違えなく同じ色を答えた。そして、単音と和音で見える色は被っていた。被っている色同士の関連性はわからないが音の見え方は一種類ではないのはわかった。色々な音を弾いてみてはルビンにどう見えるのか聞いて聞いてみた。次第にルビンがどういう風に音を認識しているのか知りたくなってくる。
「いろんな風に見えるんです。何を聞いているかによって見え方は変わります。」
ルビンにテストしていくうちに色々な見え方があるというのが納得できた。単音としてみるか和音としてみるか、曲の中のフーレズとして見るか、曲全体をみるか。見方によってルビンは異なる見え方をしているのがメウラにもわかった。おそらくルビンが一度聞いたフレーズをすぐに弾けるのは音を色としてみているからだとメウラは思った。
メウラはさっき聞いたルビンの演奏で気になった点をもう一点聞いてみた。メウラは楽譜の箇所を再び指差した。
「この部分は緑色です。先生が弾いた手本では黄色に見えたんだけど、私は黄色く弾くよりも緑に弾いた方が気持ちよく弾けたので緑で弾きました。」
この部分は確かに楽譜の指示に比べてルビンの演奏の方がボリュームが大きくて音のアクセントが強いと感じた箇所だった。しかし、ルビンが言うとおりメウラもルビンの演奏の方がしっくりくると思った。同じフレーズでも弾き方によって色が違って見えるかを確認してみたかった。ルビンの回答はイエスで違う色で認識していることがわかった。つまり色の違いは音だけでなく微妙なニュアンスも聞き分けられるということだろう。
「確かにこの部分はルビン様の演奏では楽譜とは少しニュアンスが違います。でも先生はルビン様の演奏もいいと思いました。音を変えてしまうのはダメですが、今のルビン様の弾き方は先生は好きです。」ルビンの顔が一気に笑顔になる。
「でも、楽譜通りの演奏が大前提です。こうした方がいいと思ったらまず先生に聞いてください。」
「先生!わかりましたー!」
ルビンは笑顔で空返事した。
「先生!この部分がどうしても先生が弾いたように弾けないんだけど、どうすればいいですか。先生が弾くと紫になるんだけど、私がやると青くなっちゃう。」
そういうとルビンは不安そうに楽譜を指差した。メウラが一度弾いてみるようにいうとルビンはそのフレーズを弾いてみせた。メウラにはすぐに改善策がわかりルビンに指示を出すとルビンの顔が再び笑顔に変わった。
「先生すごいよ!私が何回やってわからなかったのに一回で!」
メウラは、そりゃ先生ですからという感じ誇らしい顔をした。こんなにルビンとコミュニケーションが取れたのは初めてだった。困っていたルビンに対する指導だったが、指導の糸口がわかってきた。そして、ルビンの音楽の見え方にますます興味をいだくのであった。
「ルビン様、今のところ指が走ってますよ」
ダンスが苦手なことからもわかるとおり、ルビンはリズム感がイマイチだった。音符が細くなるとつい走り気味になってしまうし、細かいリズム感が曖昧になってしまう。メウラは再びメトロノームを鳴らして練習を開始した。
「すみません。先生もう一度練習させてください。」
この頃になるとルビンも素直になってきた。自分が何ができて何ができていないのかを把握してきたのだろう。メウラも感心するほどの成長ぶりである。この分ならあと2週間で曲の完成まで間に合いそうだ。それにしてもルビン様の音楽の才能はズバ抜けているなぁ。メウラは内心感心していた。
「ねぇ先生。この部分の音って緑とも青とも言えない不思議な色で、甘い香りがしますよね。私大好きな部分なんです。ここはどういった物語があるんですか」
ルビンは音楽を奏でていると時折面白いことをいう女の子だった。音に色が付いているとか、匂いがあるとか。最初のうちは、ふざけて言っているのかと思っていたのだが、本人は真剣なように見えた。
「青緑とはまた不思議な色ですね。この部分は、英雄御一行が村に帰る途中、1人星空を見上げながら詩(うた)を詠う(うたう)シーンです。皆で祝杯の宴をあげている中、英雄だけ席を外して、詩を読むなんて、村に愛しい人でもいたんでしょうかね」
ルビンはメウラのいったことを思い浮かべていた。そして、鍵盤に手を置くと音を奏で始めた。
キラキラと輝く星の瞬きとと英雄の詩がそよ風に乗って村に届いていくそんなことをイメージしながら指を走らせた。練習している細かいリズムを基本にして色をつけるようにルビンのオリジナルの旋律がキレイに乗っかっている。聴いていたメウラも最初はまたかって表情をしていたが、次第に顔の筋肉が緩んだ。今部屋にはルビンとメウラの2人しかいないが、ここにある家具や空気でさえルビンの演奏に耳を傾けただろう。
「ステキなシーンですね。私今まで以上に好きになりました!」
ルビンは指を止めると満面の笑みを浮かべてメウラにそういった。メウラもルビンの言葉に対して最初は表情を緩めていたが、すぐさま冷静になって答えた。
「今のはルビン様のオリジナルでしょう。今の演奏は忘れなさい」
「えーなんで先生は褒めてくれないの。素直じゃないなぁ。私の渾身の演奏だったのになぁ」
「や、演奏としては私もいいなぁとは思いました...でもそれとこれとは別です。発表会では一番やってはいけないことです。音間違いの方がまだいいですよ」
「はーい!わかりました。」
ルビンはだいぶメウラに心を開いているようだった。今まで嫌で仕方なかったシュリーのレッスンだったが、近頃は素直に行くようになっていた。部屋に戻ってからも空いた時間があればルビンなりに練習をしていた。ルビンもメウラが自分の演奏についていいところは認めていることになんとなく気づいているようだった。だからこそ以前より、出来ないことを修正するのも素直になった。
「そろそろ今日のレッスンは終わりにしましょう。」
メウラがそういうとルビンは上を見上げた。
「もう少しやりましょうよ」
「ダメですよ。次の生徒も待っているんだから。私はルビン様の専属の先生ではないんです。だだ、ルビン様がそのように思ってくださるのは嬉しいです。では、また次回」
ルビンは次の時間のダンスレッスンに行きたくなかった。それもあってかメウラにもう少し練習がしたいとお願いしていた。メウラからしてもルビンからもう少し練習がしたいと言われるのは嬉しい反応だったが、腰を下ろしてルビンの目線でいった。
「ルビン様。ダンスのレッスンもしっかり行ってください。あなたは耳がいいのにリズム感が勿体無い。ダンスのレッスンでしっかりリズム感を身につけてきてください。物事はみんな繋がっているんですよ。」
ルビンの心に通じるようにしっかりいうとルビンはうんと頷いた。そしてメウラはルビンの頭を撫でてやった。
「ではまた明日頑張りましょう。ルビン様ならきっといい演奏ができますよ。」
そういってメウラは部屋から出て行った。メウラが部屋から出ると外で待機していたお世話がかりが入ってきた。
「さぁルビン様、ダンスのレッスンに行きましょう」
そう言われるとルビンは珍しく力強くうんと首を縦に振った。お世話がかりもその態度には驚いたが、そのままダンスのレッスンに向かった。
メウラはレッスンの合間にジェノに呼ばれていた。
「メウラさん。最近のルビンの様子はどうですか。」
「ええ。ジェノ様が言っておられた通り、演奏会の練習が始まってからメキメキ演奏が上達しています。」
ジェノはその言葉を聞いてまず安心したのか安堵の表情を浮かべた。
「ただ、まだ自分のオリジナルの演奏をしたいっていう気持ちは無くならないようです。時折曲を脱線してしまうことがあります。」
「でも、以前より楽しくレッスンができているというなら安心したよ。上達するしないに関係なく、楽しくなければ続けることもできないですから」
ジェノの言葉を聞いてメウラが引っかかっていることを話してみた。
「ルビン様は演奏をしているとたまに音に色が見えるとか、匂いがあるとか、柔らかい、硬いなど面白いことをいうことがあります。私にはわからない感覚なんですが、ルビン様の独創的な演奏に関わっているのかと思います。」
ジェノはメウラの言葉を聞いて思い当たる節があった。ルビンと一緒にいる時間をとって外で絵を書いていていたときのことだった。木のある風景を描いているはずだったが、ルビンはそれぞれの木にいろいろな色をつけていた。ジェノはその理由をルビンに聞いてみた。
『木は緑なのにどうしてルビンは赤とか青の色で塗っているんだい。』するとルビンはこう答えた。
『木は緑だけど、あの木は青に見えるし、あの木は赤に見える。みんな同じに見えるけど、それぞれ違う色や匂いがあるんだからそれを描いてあげないと木がかわいそうだよ』
ジェノはこの時ルビンが何を言っているのかわからなかったけど、メウラの話を聞いて少し分かった気がした。
「ルビンにとっては音楽をしながら頭の中のキャンパスに絵を描いているんじゃないだろうか。今のメウラさんの話を聞いてルビンがオリジナルの演奏がしたいって言うのが少し理解できた気がします。あの子にとっては音と色は近い感覚なんですよ」
ジェノは何か掴んだかのように話し始めた。
「音楽の楽しさは人それぞれあるかと思うけれど、あの子にとっては音とイメージの繋がりが大事なんだと思う。音楽を学ぶにつれてルビンの中の感性がどんどん磨かれていって今までにない感覚を味わうのが面白いんだと思う。そしてそれをコントロールできた時にいい演奏ができたと思うんじゃないのかな。」
メウラは音に色や形を感じる音楽家に出会ったことがなかったので、その感覚がどんなものなのかわからなかったが、ジェノの話を聞いてなんとなくルビンのことがわかったような気がした。ルビンは短いフレーズなら何度か聴けば弾くことができた。でも、それで喜んでいる顔は見たことが無い。ルビンの顔が輝いている時は決まって新しい音楽を聴いた時や、自分が弾いている曲で何かを得たと感じた時だった。メウラはルビンの音楽の指導の方向性が少し見えてきた。今まではルビンが言っていた音の色やイメージを軽く流してきたが、もっと聞いてあげようと思った。それを真剣に受け止めて指導できれば曲の表情はさらに豊かになるはずだと考えたからだ。
次のレッスンの日。メラウは、まずルビンに曲を通しで演奏してもらった。そしてルビンの表情をよくチェックしていた。音ばかり気にしていると気付かなかったが、ルビンは演奏している時様々な表情をしていた。嬉しそうな表情に、悲しい表情。時折力を込めて顔が引きつることもあった。それと同時に曲の表情も変わっていった。そのどれもが楽譜に書いてある指示通りではなかったが、メウラは指摘したい気持ちをぐっと抑えて聴いた。しばらくするとルビンの演奏が終わった。
「先生。今日は途中で曲を止めなかったけど、今の演奏はどうでしたか?結構上手くいったと思うんだけれど!」
『先生』と問いかける言葉は若干不安を感じているトーンだったが、今の演奏は上手くいったというのは自信を持って言っていた。するとメウラは一呼吸して頷くと、ペンを手にとって楽譜に指差した。
「今の演奏を聴いていて少し気になったんだけど、この部分はどんなイメージで演奏していましたか。」
「この部分は最初は真っ暗なんだけど、白い光が所々に見えて、段々増えていく感じ。白い光が多くなると突然一面が明るい赤になりました。最初は何も匂いがしないんだけど、色が変わると同時に酸っぱい匂いがしてきます。」
今までで聞かれたことのない質問だったので最初戸惑った表情を見せたが、その後落ち着いて思ったままを答えた。
「先生のお手本を聞いた時と同じようなイメージなんだけど、何か違いますか?」
メウラは再び一呼吸して口を開いた。
「ルビン様は誰もが音から色や匂いが感じられると思っているかもしれないけど、私にはそういう感覚はわからないんです。ただ今の部分は私が思い描いている演奏に近かった。ルビン様にとって同じフレーズを弾いていても違って見えることがあるんですか?」
「またまたー。嘘つかないでくださいよー!音には色があるじゃないですか!」
少し口元が緩んで冗談言わないでくださいと言わんばかりに答えた。メウラは冷静に嘘ではないといった。ルビンはその反応に最初は信用していなかったが、小さな声でメウラに質問してみた。
「え!また私だけ色が見えてるのー?」
メウラは『また』という反応が引っかかったので聞いてみた。ちょっと考えたのちにルビンは答えた。
「絵のレッスンの時に実際とは違う色が見えると言ったら不思議がられたし、文字に色が見えるというのもおかしいといわれました。さすがに音に色や匂いがあるのはみんなそうだと思っていたのに音にも色はないんですか?!」
その反応にメウラはまた驚いた。ジェノから風景が違う色に見えるというのは聞いていたが、文字にも色に見えるとは。果たしてルビンには一体どんな景色が見えているのかと興味を抱いた。
「ルビン様にとって音はどういう風に見えるんですか。」
メウラは率直に聞いた。ルビンは少し考えこんでしまう。
「どういう風に見えるかといわれてもなぁ...」
困っていたルビンを見てメウラは音階を弾いてみせた。するとルビンは、各音階の音名が何の色に見えているのか答えた。幾つかの音域で音階を弾いてみたが、オクターブが変わっても見えている音は同じようだった。次に和音を弾いてみるとまた、それぞれ違った色で認識しているようだった。適当に言っていない証拠として、同じ和音は間違えなく同じ色を答えた。そして、単音と和音で見える色は被っていた。被っている色同士の関連性はわからないが音の見え方は一種類ではないのはわかった。色々な音を弾いてみてはルビンにどう見えるのか聞いて聞いてみた。次第にルビンがどういう風に音を認識しているのか知りたくなってくる。
「いろんな風に見えるんです。何を聞いているかによって見え方は変わります。」
ルビンにテストしていくうちに色々な見え方があるというのが納得できた。単音としてみるか和音としてみるか、曲の中のフーレズとして見るか、曲全体をみるか。見方によってルビンは異なる見え方をしているのがメウラにもわかった。おそらくルビンが一度聞いたフレーズをすぐに弾けるのは音を色としてみているからだとメウラは思った。
メウラはさっき聞いたルビンの演奏で気になった点をもう一点聞いてみた。メウラは楽譜の箇所を再び指差した。
「この部分は緑色です。先生が弾いた手本では黄色に見えたんだけど、私は黄色く弾くよりも緑に弾いた方が気持ちよく弾けたので緑で弾きました。」
この部分は確かに楽譜の指示に比べてルビンの演奏の方がボリュームが大きくて音のアクセントが強いと感じた箇所だった。しかし、ルビンが言うとおりメウラもルビンの演奏の方がしっくりくると思った。同じフレーズでも弾き方によって色が違って見えるかを確認してみたかった。ルビンの回答はイエスで違う色で認識していることがわかった。つまり色の違いは音だけでなく微妙なニュアンスも聞き分けられるということだろう。
「確かにこの部分はルビン様の演奏では楽譜とは少しニュアンスが違います。でも先生はルビン様の演奏もいいと思いました。音を変えてしまうのはダメですが、今のルビン様の弾き方は先生は好きです。」ルビンの顔が一気に笑顔になる。
「でも、楽譜通りの演奏が大前提です。こうした方がいいと思ったらまず先生に聞いてください。」
「先生!わかりましたー!」
ルビンは笑顔で空返事した。
「先生!この部分がどうしても先生が弾いたように弾けないんだけど、どうすればいいですか。先生が弾くと紫になるんだけど、私がやると青くなっちゃう。」
そういうとルビンは不安そうに楽譜を指差した。メウラが一度弾いてみるようにいうとルビンはそのフレーズを弾いてみせた。メウラにはすぐに改善策がわかりルビンに指示を出すとルビンの顔が再び笑顔に変わった。
「先生すごいよ!私が何回やってわからなかったのに一回で!」
メウラは、そりゃ先生ですからという感じ誇らしい顔をした。こんなにルビンとコミュニケーションが取れたのは初めてだった。困っていたルビンに対する指導だったが、指導の糸口がわかってきた。そして、ルビンの音楽の見え方にますます興味をいだくのであった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる