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たまむし

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【二年前】出会い

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 清高 基キヨタカ モトイは思う。

 セックスと喧嘩って似てるんじゃない?
 特に一対一のタイマンは。

 どっちも身体の感覚を研ぎ澄まして、みっともなく息を荒げて、マウント取ったり取られたり。イイ相手と当たれば、アドレナリンが脳内でジャブジャブ湧き出して、理性も恥も外聞も吹っ飛ぶ。
 今は世界中にお前とオレだけ。
 相手の目線一つ、呼吸一つ見逃さないように神経を張り詰めて、追いかけて追い返される。
 そんな風に誰かと寝られたら、どんなに気持ちが良いだろう。

 ケンカの度にそんな事を思う。
 相手は、まさか花邑商業のテッペン張ってるキヨタカがそんな男だとは思いも寄らないだろうけれど。

 清高は切れた唇から流れた血を舐め取って薄く笑った。

「何笑とんじゃい!」

 ブンと拳が耳元を掠る。

「あっぶね!」

 身体を反らしてパンチを避け、すぐに体勢を立て直してジャブ。アッサリとガードされるが、それは計算の内だ。

 今日の相手は、170cm半ばで痩せ型の清高よりも、ウェイトもタッパもありそうな大男。
 下校途中に待ち伏せられて、突然殴りかかられた。黒い学ランは多分駅の向こうにある工業高校のものだろう。普段は関わりのない学校だ。
 四角い顎に大きな丸い目が印象的で、一度見たら忘れないご面相だが、清高の記憶にはない。多分初対面で、個人的な怨みを買っている訳でもないはずだ。

 体格からして力はありそうだが、パンチは大ぶり。最初は不意を突かれて一発良いのをもらってしまったが、よく見りゃ避けられない程じゃない。力押ししか知らないタイプだと清高は判断した。
 相手の足の膝めがけてローキックを放つ。掴みかかってくる腕をかいくぐってもう一発。相手の上体がわずかに揺らぐ。
 足元から徐々に崩せば勝てる、と清高は剣呑に目を細めた。

「キヨ~、がんば~」

 遠巻きに見まもる女子生徒から面白がるような応援が飛んでくる。清高はそれにヘラリと笑って手を振った。

「さっきからヘラヘラしやがって! オドレ自分のやったことわかっとんのか!」

 大音声と共に重い拳が飛んでくる。片手で受け止めると肘までしびれた。そのままもう片方の拳でも殴りかかられ、うっかり受け止めてしまって両手でつかみ合いになった。
 体重をかけてのし掛かられると、軽さが強みの清高は不利だ。踏んづけたローファーの踵がズルリと滑る。
 間近で睨み合うと、激しい暴力への衝動が相手の目の奥に燃えているのが見えた。きっと自分の目にも同じ炎が燃えている。ぞわりと興奮が背骨を這い上がってくる。

───ああ、セックスしてぇ~……

 昂りすぎた頭の中で、ごちゃ混ぜになった色んな欲が膨れ上がって爆ぜそうだ。
 竜弥との行為では満たされないと分かっているから、誰でも良いから満たして欲しくて清高の脳みそはヤケを起こす。


 清高は、バイセクシャルだ。どちらかというとゲイ寄りの。
 けれども、それを口に出すことはできない。

 あまり治安の良くない地方都市の、あまり頭の良くない高校の、あまり素行の良くない生徒たちのリーダー格を背負わされている清高は、強者らしく、、、、、振る舞うことを強要される。

 そもそも細身で女顔なせいで、清高はナメられやすい。
 舐めてかかってくるヤカラをぶん殴って黙らせるのは楽しくて胸がスッとするが、クソみたいな不良どもに繊細な秘め事を明かす気は無い。
 だから黙っている。
 代わりに喧嘩をふっかける。
 セックスもタイマンもどっちも似たようなもんだろと、やけくそで同じ箱にぶち込んで蓋をする。

───このまんまキスでもしてやったら、コイツどうすんだろ?

 至近距離で睨み合ったまま微かに唇を歪めて笑うと、相手は仁王のようなイカツイ顔をさらにしかめ、頭突きを食らわせてきた。
 デコがぶつかって目の前に星が飛ぶ。

「……っ、つぅ~!」

 たまらず手を離して後ろへ下がり、清高は額を押さえた。とんでもない石頭だ。クラクラする。

「キヨ!」

 女子の声で我に返る。
 すんでの所でボディにストレートを食らうのは避けられたが、頭突きの余韻で足がふらつく。
 清高は片手を出して、さらに拳を固めている相手に待ったをかけた。

「待てよ! 岩瀬川工業だろ、その学ラン! ウチとはやりあってねえのに、いきなり何のつもりだよ!」

「学校は関係ない。オンドレがワシの妹に乱暴して泣かしたんやないか!」

 またストレート。ギリギリで見切ってかわす。

「は!? 妹!? 何のことだよ!? 知らねえよ!」

「宮脇良子! 一中の二年! 知らんとは言わせんぞ!」

「ハぁ!? 中坊!? ねーよ! ロリコンかよ!」

 清高は相手と距離を取って向き合い、眉間に深く皺を寄せた。中途半端に伸ばした金髪が額に落ちかかって鬱陶しい。手で払いのけていると、甲高い声で援護射撃が飛んできた。

「そうだよ、中学生に手を出すほどキヨは困ってない」

 後ろで喧嘩の成り行きを見まもっていた一人の女子生徒が、両手でサムズダウンして唇を尖らせている。真っ直ぐな黒髪を額の真ん中で分けて首元でシャープに切りそろえ、メイクで目元をキッパリと強調したクールな風貌の女子だ。清高と同じ高校のジャケットを着ている。

 問答無用で殴りかかってきていた相手は、戸惑ったように目を瞬かせて手を止めた。

「ホンマか……?」

 清高は力強く頷いてみせる。

「ない! オレは高校生より下に一切興味はねえ!」

 後ろの女子も大きく頷いた。

「うん。キヨはそゆとこキチッとしてるよ。アンタの妹泣かせたの、それホントにキヨだった? アンタ直接見たの?」

「いや、直接は見てないけど……」

 相手はさっきまでの闘志をすっかり失った様子だ。清高は肩をすくめて溜息をついた。残念ながら今回の喧嘩はこれまでだ。なかなか好みのタイプだったんだけど、と密かに落胆する。

「喧嘩すんのは良いけどよ、理由が分かんねーのは嫌だぜ。オレがなんかムカつくとかなら相手になるけど、人違いで殴られるのはイヤだよ」

 目の前の男は下校途中の清高を待ち伏せしていたのだ。
 清高にとっては、喧嘩を売られるのも、それを買うのも日常茶飯事だから、特に何も考えず応戦してしまったが、アウェーの土地に単身乗り込んできて待ち伏せまでしていた相手には、それなりの理由があるはずだった。

「……宮脇良子、ホンマに知らんのか?」

「知らねえ。しつこいな。その子、ホントにオレになんかされたって言ってんの?」

「……花邑商業の制服着た金髪ロン毛の男に、腕掴まれて路地に連れ込まれそうになったって……逃げようとしたらナイフで脅されてスカートを切られたらしい」

「ひでえな! そりゃ絶対オレじゃねえ! 大体花邑の金髪ロン毛って、オレ以外にも一杯いるだろ」

「あんまいないよ~。最近長髪流行んないもん」

 大げさに天を仰ぐ清高に、女子が茶々を入れる。

「マジで? え、オレ、ダサいの?」

「キヨは顔がキレイだから似合ってるけど」

 清高は一瞬片眉を上げて嫌そうな表情をしてから、

「でもそりゃオレじゃねえ。オレは死んでも女に刃物向けたりしねー。人違いだぜ」

 と相手の学ランの胸元を軽く拳で叩いた。相手はすぐにその手を払いのけて清高にズイと近寄る。

「ほな誰が良子をやったんじゃい!」

「知らねーよ! 他の金髪ロン毛探せや!」

 二人が再び額を付き合わせて睨み合い始めると、女の子がポツリと言った。

「……私ちょっと心当たりあるかも。最近花邑の名前出して他校にちょっかい掛けてるのがいるらしいんだよね」

「あ? 何ソレ? オレ知らねえよ? 誰がんなことしてやがんだよ」

「私が知るわけないじゃん。パパからの情報だもん。今はキヨが花邑のアタマなんだから、ちゃんと校内シメめとけってパパ言ってたよ」

「ッカー! 今時そーゆーの流行んないって。おじさんに言っといてよ」

「それはパパに直接言って」

 清高は女の子と言い合いを始めてしまう。

「待て、話が分からん。お前が花邑のキヨタカモトイなんか?」

 一人蚊帳の外に置かれていた喧嘩相手が戸惑ったように指さすと、清高は表情をパッと険しくして相手の指をはたき落とした。

「人に名前聞く前に自分の名前を名乗れって、幼稚園で教わらなかったか?」

 ゆうに10cmは上にある相手の目をわざと下から睨み上げる。男は額に青筋を浮かべつつも、律儀に答えた。

宮脇大志みやわき たいし。岩瀬川工業で番張っとる。せやけど、今は岩瀬川の番として来たんやないぞ」

 それを聞いた途端、清高は腹を抱えて笑い出した。

「『番張っとる』!? ヒーッ! ねえ有香ありか聞いた? 今時真顔で『番張っとる』っていうヤツいるんだ?」

「……喧嘩売っとるんか、ワレェ。お前が聞いたんやないかい!」

 宮脇と名乗った男の青筋がビクリと震える。

「ごめんごめん。喧嘩は売ってねえよ。オレは買い専だから。売られりゃ買うけど、こっちからは売らねえ。岩瀬川のアタマ張ってるミヤワキくんね。オレあんま他校の不良に興味ねえからアンタのことも知らねえんだけど、今覚えた。りょーかいりょーかい。オレは清高基。清潔、高潔、基本のキ、でキヨタカモトイ。こっちの彼女は山上有香やまがみ ありか。父親がケーサツカンやってる。オレの……一応カノジョでいーんだっけ?」

 清高は笑い含みの滑らかな口調で説明し、有香と紹介した女子の方へ目線を向ける。有香はひどく嫌そうに顔を歪め、

「ただの腐れ縁よ」

 と言い返し、清高はヘラリと笑った。
 宮脇は厳つい顔に似合わないドングリ眼を瞬かせて清高と有香の顔を何度も見比べた。

「キヨタカはカノジョおるんか」

「あっ、ミヤワキクン、花邑の清高はオンナ転がして稼いでるとかそう言う最低な噂信じてるタイプ? それデマだから。オレがモテるのやっかんだヤツが流した真っ赤なウソ。オレ意外とマジメよ?」

 図星を指されて宮脇は「すまん」と小声で呟く。清高は宮脇の肩に軽く自分の肩をぶつけ、クククと鳩のように笑った。

「そんで? ミヤワキクンの妹の話聞かせてよ。なんかオレにも関係あるっぽし。ここじゃなんだから、ファミレスいく?」

 清高が道路を挟んだ反対側に掲げられた派手な看板を指すと、有香がすぐに頷いた。

「良いね。行こ。私パフェ食べたい。限定の栗のヤツ」

「オレはアップルパイ食べたい。半分こしよ」

「イヤ! パフェは一人で食べるもの!」

 二人はじゃれ合いながら横断歩道へ向かう。宮脇が取り残されていると、

「何? 来ねえの?」

 と清高が振り返った。

 初秋の透明な日射しが清高の色の抜けた髪と白い肌を儚く透けさせている。
 ずいぶん見た目の良い男だと宮脇は感心した。

 しゃべりも巧みで、あっという間に距離を縮められた。
 出会って半時間ほどだが、花商のキヨタカに女を取られたと嘆くヤツが多い理由が分かった。こりゃモテて当然だ。
 ついでに、中学生にちょっかい掛けるような男ではないのも、もう分かった。わざわざチョロい年下になんぞ言い寄らなくても、この顔と性格ならいくらでも女が寄ってくるだろう。

 その端正な清高の頬が赤く腫れ、形の良い薄い唇の端が切れていた。自分が勘違いで殴ったせいだ。
 急に申し訳なさに居ても立っても居られなくなり、宮脇は直角近くまで腰を折って清高に頭を下げた。

「すまん! 確かめもせずに殴りかかって悪かった!」

 清高は切れ長の目を一瞬見開いた後、端正な顔をクシャクシャにして笑い崩れる。

「マジメ~! 良いよ。後で一発ヤラしてくれるか、パフェとドリンクバー奢ってくれたら許す」

「奢る! 殴ってくれてもエエ!」

 宮脇がキッパリ言うと、清高は

「そういう意味じゃないけど……アンタ面白いなあ」

 と、ますます笑い、有香に尻を蹴飛ばされていた。
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