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たまむし

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【二年前】切っ掛け

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 夕方近くのファミリーレストランは空いていた。
 拾い店内にチラホラ座っている花商の制服姿が詮索するように目線を向けてくるが、三人はそれを無視して奥のボックス席に陣取った。清高と有香が並び、テーブルを挟んで宮脇が座る。

 注文を済ませて、それぞれドリンクをテーブルに置くと、

「それで?」

 と有香が宮脇に向けて問いかけた。普段めったに家族以外の女と話さない宮脇は、気まずさを隠すようにメロンソーダのグラスをスプーンでかき回し、

「それでって?」

 と聞き返す。

「だから、妹さんが襲われたのは、いつ、どこでよ? 一応、私が知らないとこでキヨが悪さした可能性もあるでしょ。アリバイ調べだよ」

 有香はカップから紅茶のティーバッグを皿に取り出して、真面目な顔でそう言った。

「取り調べかよ。パパに教わった?」

 からかう清高の足を、有香はテーブルの下で蹴りつける。

「パパは関係ない。で、どうなの?」

 宮脇は四角い顎を撫でてちょっと考え込み、

「……オレが知ったのは三日前だな。学校も休んで様子がおかしいから、なんでか問い詰めたら、先週末の塾帰りに変な男に乱暴されそうになったって白状した」

 と答えた。

「先週末の金曜? 何時頃? 現場はどの辺?」

「夜九時過ぎ。塾は駅前や。いつもはオレが送迎するんやけど、この日はちょっとゴタついて……」

「金曜九時、キヨはどこに居たの?」

「マジで取り調べじゃん。ちょっと待ってよ……」

 清高はぺしゃんこのスクールバッグを開け、中を漁って財布を取り出す。中からいくつもクシャクシャのレシートを引っ張りだし、テーブルに並べた。

「あ、あった。コレ、霞町のコンビニのレシート。21時3分! 駅前から霞町まではバイクでも10分かかるし、あの日は電車だったからもっとかかる。だからオレは無罪よ。疑うなら竜弥りゅうやさんに聞いてもらってもいい」

 皺の寄ったレシートを丁寧に広げて確認した有香は、盛大に顔をしかめる。

「アンタまだあの男と付き合いあるの?」

「それについてはノーコメント」

 宮脇は何気なく有香が投げ出したレシートを手に取り、そこに書かれた避妊具の品名を目にして、すぐにテーブルに伏せた。耳の先が赤くなっているのに目ざとく気付いた清高が、

「何? ミヤワキクン、ドーテー?」

 とニヤつく。宮脇はギョロリと清高を睨み、テーブルを拳で叩いて

「関係ないやろ」

 と低声で凄んだが、清高は気圧される様子もなくヒャハハと笑う。
 そこへ注文したメニューが運ばれてきて、有香がテーブルの上に散らかったレシートをまとめて清高の鞄に押し込んだ。

 有香は宣言通りマロンパフェを一人で味わい、清高はアップルパイの中身の煮リンゴばかりをスプーンでほじくり出して食べている。
 何も頼まなかった宮脇が手持ち無沙汰でドリンクをすすっていると、清高がパイ皮とソフトクリームだけを載せたスプーンを宮脇の方へさしだしてきた。

「食う?」

 機嫌の良い猫のような顔で笑っている。嫌がるのを分かっていてやっているのだろうその顔が癪に障ってスプーンに噛みつくと、清高は一瞬切れ長の目を丸くして瞬かせ、そして爆笑した。

「アハハハ! おもしれー! ミヤワキクン、おもしれーな!」

 宮脇はしかめ面のまま口の中のものを飲み込み、

「一つ言うとくけど、今日ワシは岩瀬川のアタマとして花商に抗争ふっかけに来たわけやないからな! お前が花商トップの清高やて知らんかったから……」

 と釘を刺すように清高に宣言した。

「ああ。それはもう良いよ。抗争にするつもりなら、最初から手下連れてくるデショ。一人で来たって事は、大事にする気はねえんだろ」

 笑いを納めた清高がダルそうにテーブルに頬杖をついて返事する。

「ワシは誰がやったんかを知りたいだけや」

「ミヤワキクン、マジメじゃん。オレは、アンタの妹に乱暴しようとした犯人を探す義理はねえんだけど、オレの振りして悪さしてるヤツのさばらしとくのは示しがつかねえ。だから、この件については協力する。有香のパパもなんか掴んでるんだよな? ミヤワキクンの件以外にもなんかあるんだっけ?」

 紅茶のカップに口をつけつつ高速でスマホをいじっていた有香は、画面から目を離さないまま、

「今パパに詳細送ってもらった。始まったのは先週くらいかららしいね。花邑の制服着た金髪の長髪が、繁華街で他校の不良に喧嘩売って通報されたり、ちょっかい掛けられた女の子が交番に訴えてきたり……そんな大した悪さじゃないけど、犯人がキヨじゃないかって噂が結構流れてるみたい」

 と言った。

「チッ、めんどくせ! 誰だ、んなしょーもねえ事やってるヤツ! いっぺん心当たりあるヤツ全員ブチのめすか」

 清高はイライラとストローを噛みつぶす。

「やめなよ。キヨに隠れてそんな事する人、ウチにはいないでしょ」

「どーだろーね……まあちょっと探り入れてみる。なんか分かったら連絡するから、ミヤワキクンの連絡先教えてよ」

 チョイチョイと手の甲をつつかれて、宮脇は慌てて尻ポケットからスマホを取り出した。ヒビの入った画面を目にして、清高はヒャハハと笑う。いちいちリアクションがムカつくが、笑った顔に邪気はなかった。


◆◇◆◇


 連絡先を交換し終えた宮脇は、引き留める清高の声を無視して、金だけ置いてそそくさとファミレスを後にした。
 あの二人組……いや、清高と話していると調子が狂う。妹の仇を取るつもりで勇んでやって来たのに、女の子を交えてお茶をしただけに終わってしまい、肩透かしを食らった気分だ。
 
 キヨタカモトイの名前は以前から知っていた。
 清高の花邑商業高校も、宮脇の岩瀬川工業高校も、どちらも学力レベルは底辺で、県下でもそれなりに悪名の知れた不良校だ。二校は線路を挟んで東西に位置するライバルのような関係性で、岩瀬川の不良どもを牛耳る宮脇の耳には、花商のキヨタカの噂がしょっちゅう飛び込んできていた。

 曰く、腕っ節よりもずる賢さでのし上がった卑怯者、やたらとツラが良く、女を侍らせて貢がせている、女に稼がせた金を賭博につぎ込んでいる……等々。

 しかし噂は色々出回る割に本人を知るものは少なく、宮脇も今日初めて顔を見た。
 ツラを拝んだ後では、彼が人前に出たがらないのも良く分かる。あんな整った容姿では、出て行くだけで恨みを買う。イチイチ相手をするのも面倒なんだろう。

 ケンカの弱い卑怯者だという噂は、ウソだと思った。
 本格的に殴り合う前に止められたから実力は分からないが、アレは明らかに慣れていた。清高は殴ることにも、殴られることにも、まるで躊躇いがなかった。
 喧嘩はフェアなスポーツじゃない。腕力よりも、躊躇いがないヤツが強い。だからアイツはきっと強い。

 もう一度本気でやり合ってみたい気もするが、あのお綺麗なツラを思い切り殴れるかというと、もう無理な気もした。
 残念だ、と宮脇は寄りかかった電車のドアに向かって溜息をつく。口の中には、まだ清高に食わされたパイのしつこい甘さが残っていた。


◆◇◆◇


「良いヤツだったね、ミヤワキクン」

 ファミレスに居残った清高は、宮脇が置いていった千円札二枚を摘まんでニヤニヤと笑った。

「今頃向こうはアンタみたいなのと知り合ったことを後悔してるわよ」

 有香が二杯目の紅茶にミルクを注いで言う。

「それよりアンタ、未だに原田と付き合ってんの? いい加減、止めなよ」

「心配してくれてんの? 有香ちゃん優しい~」

「……心配するわよ。アンタになんかあったら泰巳やすみさんが悲しむもん」

 茶化す清高にに、有香は俯いて唇を尖らせる。
 泰巳というのは清高の年の離れた姉で、姉弟仲は最悪だった。姉が家を出て行ったのはもう三年も前になるが、未だに一度も連絡を取っていない。

「姉貴はオレがどっかで野垂れ死んでも泣いたりしねーし、悲しまねえよ」

 清高は鼻の頭に皺を寄せて不愉快さを全開にした。

「そんなことない。アンタは泰巳さんのこと全然分かってないよ」

「有香よりは分かってる。もういい加減姉貴に夢見るの止めな?」

「だったらアンタも原田に夢見るの止めな?」

「そりゃ無理だ。オレまだ竜弥さんのこと好きだもん」

 本当はもう原田への気持ちを諦めかけている自覚はあるが、まだ好きだということにしておきたい。そういうことにしておかないと、ただ抱かれに通っていることになってしまう。それはなんだか清高のプライドが許さない。

「……だったら、私も無理だよ。まだ泰巳さんのこと諦めきれない」

 掠れた声がして、テーブルの上に置かれた有香の手がわずかに震えた。ウォームグレーのネイルが似合うすんなりした細い指。清高はそれに手を伸ばしかけて止めた。

「……難しいね。有香が好きになったのがオレだったら簡単だったのにね」

「馬鹿にしてんの?」

 有香は目元を赤くして清高を睨む。
 清高は睨み合いになるのを避けるように、グラスの底に残った薄いアイスコーヒーをすすり、ボンヤリと窓の外に目を向けた。

 トラックばかりが行き交う広い道路。都会ではありえないが、ことさら田舎でもない、何の特徴もない町が薄闇に沈んでいく。
 清高と有香は、この中途半端な町で生まれた時から一緒に育った。

 有香は昔から姉の泰巳にべったり懐いていて、思春期頃には泰巳に恋い焦がれているような素振りを隠さなくなった。泰巳も随分有香を可愛がっていたけれど、高校を卒業するなりアッサリ家も有香も切り捨てて、たった一人で東京へ出て行ってしまった。
 泰巳はそういう女なのだ。自分勝手、唯我独尊、冷酷無比な女王様。
 一番身近で被害を受けていた清高は姉の出奔を心から喜んだが、有香は泣いた。

『泰巳さんが好きだったの。お姉ちゃんとしてじゃなくて、恋愛対象として好きだった』

 泣きながら打ち明けられた清高は、ひどく苛立った。。
 当時、清高は自分の性的嗜好に気付いたばかりで、それを自分自身でも受け入れられずに一人で苦しんでいた。誰にも相談できず、一生一人で秘密を抱えて生きていくのだと絶望していたところに、さも自然な事のように同性に対する恋愛感情を打ち明けられたのだ。
 清高は、有香に対して憎悪に似た感情を抱いた。
 だから、彼女に向かって「代わりになろうか?」と姉に似た顔で囁いたのだ。

 今から思えば、あれはひどい仕打ちだった。
 即座に絶縁されてもおかしくなかったが、有香は凍り付いたような目で清高をにらみつけ、「代わりになるつもりなら、完璧になってよ」と、ひび割れた声で宣戦布告した。
 自分から言い出した清高は引っ込みがつかなくなって、姉の服に着替え、姉の使っていたボディミストを全身に振りかけた。
 元々顔の似た姉弟だったから、目立つ喉仏だけ隠してしまえばそっくりになる。有香は泣きながら姉に化けた清高に縋った。

 キスをしたのはどちらからだったか、もう覚えていない。
 あれは、恋愛感情や性欲に突き動かされたものではなく、ただの意地の張り合いだった。

 それ以来、清高と有香は秘密を共有する共犯関係になった。
 どちらも目立つ容姿をしているから、お互い付き合っていることにしておくと安全だと言うのもある。余計な異性に言い寄られて、イチイチ嘘の理由で断るのも面倒なのだ。

「オレたちって、ややこしい関係だよねえ……」

 苦い過去を思い出して呟く清高に向かって、有香は

「別に何もややこしくないわよ。アンタと私は負け犬同士でツルんでるってだけでしょ」

 とぴしゃりと言い放ち、伝票を持ってさっさと立ち上がった。

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